2023年1月8日日曜日

ヴェネツィアのレデントーレ教会


「・・・あの石の虚構を極限にまで押しすすめたような、レデントーレ教会のファサード・・・。これを設計した建築家パッラーディオは、もしかしたら、完璧なかたち以外に、人間の悲しみをいやすものはないと信じていたのではなかったか。 しかし、同時に、完璧な世界、すなわち、当時パッラーディオもふくめたこの島の知識人たちにもてはやされたユートピの思想さえ、虚構を守ってくれるはずの石を海底でひそかに浸食しつづける水のちからには、いつか敗退する運命にあるという意識が、どこかで彼らを脅かしていたからではなかったか」。 
 長い引用だが、この部分は須賀敦子さんの「時のかけらたち」。 パラーディオの建築は訪れる機会が度々あったが、しかし、彼女のヴェネツィアは美術書・建築書ではつかみきれない「マニエリスム」を「目から鱗」的に説明してくれている。

 

「地図のない道」ではそのヴェネツィアの広場と橋と島に的を絞って触れている。   そこは観光客はあまり関わらない、ユダヤ人のゲットとザッテレのデリ・インクラビリのこと。   特に引き込まれるのは、ジュディッカ運河をはさみデリ・インクラビリとレデントーレを対峙させ語っている部分。 
 デリ・インクラビリはかってのヴェネツィアの娼婦たちが病を得て不治のまま収容されていた施設があるところ。 須賀さんは書くべきこと、書かずにはいられないことのすべてをここに書き尽くしているように思えてならない。
  「・・・河岸に立つと、対岸のレデントーレ教会がほぼ真正面に望めた。私がヴェネツィアでもっとも愛している風景をまえにして、淡い、小さな泡のような安堵が、寒さにかじかんだ手足と朝から不安で硬くなった気持ちをいっぺんにほぐしてくれた。」  

 須賀さんのヴェネツィアは確か、愛するペッピーノを失ってからの体験がすべてであったはず。   
 そして、パッラーディオのレデントーレ教会、その対岸のデリ・インクラビリから、かっての不治の病の娼婦たちが毎日眺めたであろう理想世界。
 建築はやはり、いつの時代も多くの人が各々の物語を生み出す芸術なのだ。
 この「・・・いっぺんにほぐしてくれた」に触れ、彼女が残した著述の全貌と訪ね続けた人と建築への思いを強く実感した。

2022年7月28日木曜日

ポストアートセオリーズ

ここのところ北野氏の「ポストアートセオリーズ」を読んでいる。読みながら終始、気になるのはヴィクトル・ユーゴの「ノートル=ダム・ド・パリ」。なんとも場違いな話しだが、「現代芸術」は14・15世紀と同様のメディアの変容のなかにある。
かって、音楽と美術は建築と一体化し、神話やキリスト教の世界を顕現させていた。やがて、音楽はアルスノーヴァ、絵画は透視画法によりあるがままの世界に関わり自律する、そして作品は教会から各々自由に飛翔していく。ユーゴはそんなパリのノートルダム大聖堂を書いていた。
18世紀、建築はニュートラルな建物に変わり、誕生したのが「近代芸術」の鑑賞空間。文学・絵画・彫刻・音楽は教会とは異なるライブラリー・ギャラリー・コンサートホールという空間を獲得する。現在はニューメディア技術が一般化する21世紀、「現代芸術」はいかなる世界を必要とするのだろうか。

参考:ノートル=ダム・ド・パリ ヴィクトル・ユゴー文学館第五巻 辻とおる松下和則 潮出版
司教補佐はしばらく黙ってその巨大な建物をながめていたが、やがて溜息をひとつつくと、右手を、テーブルにひろげてあった書物のほうへ伸ばし、左手を、ノートル=ダム大聖堂のほうへ差し出して、悲しげな目を書物から建物へ移しながら言った。
「ああ!これがあれを滅ぼすだろう」
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現代における「芸術とは何か」という問い、現代芸術のはじまりはデュシャンの「小便器」であり、ウォーホールの「工業製品」にある。見るモノ聞くモノ、全てが溶解、それがモダニズム芸術の始まり。

「現代芸術」は理解の溶解のみならず「芸術対象」そのものの溶解でもあった。作家の意図と作品、その意図を読み取る受け手、この二者が構成する場、その全体が現在のアートワールドを構成している。
メディアが「建築術」「印刷術」から「映画術=電脳術」に変容するとき、その渦中にあるアートワールドはどんな様相を呈するのだろうか。

ポストモダニズムは美学の転換、それは文化現象への記号を巡る知の戯れによる芸術の拡張。しかし、1970年代以降、その転換に促がされ記号の戯れは市場主義に包摂されてしまう。
モダニズムの「フォルムの解体」から「記号の戯れ」によるシュミラークルはショッピングモールに包摂されるという歴史認識がポストモダニズムの美学ということになる。
しかし、そこにあるのは自律を失った現代芸術の状況に他ならない。そして、21世紀の今日、もはや批判的記号という知の戯れに興じるものは誰もいない。

リオタールに言うモダニズムの大きな物語はアヴァンギャルド的な小さな物語へと横滑りし、芸術を支える意味の世界はお祭りドクトリンとフェスティバル、市場化されたインターナショナル・アートワールドへと変容した。
同じポストモダニズムの「記号の戯れ」はアートと建築の複合態を加速する。精神より物体への問い、理論に疲れた風景の中で現実的なものに対峙する作品の群れが一斉にアートシーンに登場し、作品は同時代状況にいかに向き合うかが課題となった。
アートと建築が一体化しながら「デザイン」という名のもとに資本主義に飲み込まれていく、二十一世紀の光景を抉り出し、ハル・フォスターは2011年「アート建築複合態」を書いた。

工業技術化された抽象と装飾的な歴史主義の狭間に建つ建築は企業からのブランド化の要請に応え、抽象的なシンボリズム(記号操作)で彫刻的で巨大なアイコン建築によって「人間の都市」を覆っていく。
やがて世界は後期(金融)資本主義社会に飲み込まれ、結果として、芸術や都市の終焉まで、真実味を持って論じられるようになったのだ。

20世紀末から今世紀はじめにかけて、生活世界の多くの局面がデジタル技術によって再構築(再デザイン化)されるプロセスが進む。記号論的意味合いでの脱構築という言葉に酔いしれている間に新たな構築が進んでいた。
モノはデジタル技術が操作しやすいような水準で組み立てなおされていた。わたしたち人間が向き合うモノはもはや安定的な風景のなかには収まっていない。記号論的世界観にとらわれる身振りが、感覚の平面にある時代状況からかけ離れている。
美術史研究では「感覚」や「知覚」という言葉が多く見られるようになる。そして、「メディア」という言葉に浮かれだすという事態もあちこちにみられるようになった。

すべてを商品化しようするグローバルな資本主義が、暮らしのなかのモノの理解までをものみこんでいく。もはやフラット化する社会どころかリキッド化する社会。そうしたなかにあって、現代芸術に対するかたりかたもうねり、逡巡し、彷徨っている、と著者はみている。
「芸術の終焉」を書いたアーサー・ダントーは「芸術固有の意味はまったく別の次元で推移する、と期待されていた。言語的理解を越え、感覚器官の水準さえも越え、芸術作品は作品として屹立せねばならない」と言っている。

2022年7月27日水曜日

「世紀末の思想と建築」から

「フランス革命と芸術」は建築を含めルネサンス・バロックから近代への変容の解説。200年後の現在はその世紀末となる。
既に触れたC.ダントーの「芸術の終焉」、欧米では多くの反響を呼び、今や古典なっている。二人の対談であるこの書は現在の建築が持つ基本的な問題。消費社会という批判できない資本主義において建築を建築たらしめるものはなにか、というテーマでの二人の対談。
「アート建築複合態」でも触れているが、消費社会と芸術という問題をどんなかたちでとらえるか、というプロブレマティックを提出するのが建築家であり芸術家、何も言わなければ商業職人と言うことだ。

2022年7月1日金曜日

アドルノのミメーシス

アドルノの「今日の機能主義」では直接ではないが、彼の美学における「ミメーシス」がこの講演には大きく関わっている。原千史氏の著書「アドルノ入門」は美学と哲学をつなぐものとして「ミメーシス」を取り上げている。
ミメーシスは古代ギリシャ芸術を規定する際に用いられた。それは「まねること」「模倣すること」「周囲の環境や自然といった自分とは異なるものに密着し、それと一つになる行動様式」を意味している。
イディア論のプラトンにとってはミメーシスは劣った認識形式であり危険視すらされ、文明化の過程では貶められタブー視されているが「理性による概念的認識のように主観と客観が固定的にされていない」というところから19世紀の唯物論者からは拒否された。

芸術では概念による認識(合理性)では損なわれやすく掬い取ることができないものをミメーシスというしかたで表現する。芸術家個人の感受性こそ作品を表現する主体に不可欠なもの、この繊細な感受性が自分の経験を表現するとき不可欠、それこそがミメーシス衝動というのはアドルノだ。

ミメーシスを通じて表現される経験はリアルな体験の質や経験とは異なり、あるいは主観的感動をただ単に伝えているだけでは体験の域を出ず、概念による認識でも掬い取ることができないものをミメーシスというアリストテレス的方法で表現する。作品は自律したものでありながらも社会との結びつきを失ってはいない。作品は社会的、歴史的なものとの媒介をへた経験こそミメーシスを通じ表現にもたらされるべきとアドルノは考えている。

早急に言ってしまうと、アドルフ・ロースに始まる現代建築では19世紀の折衷主義的建築からピュアでリアル、無装飾になったが、アドルノはそれは伝統主義建築からの自律かもしれないが、社会的にも歴史的にも抽象的で均質な道を建築が選んでしまったと言っている。結果的には、建築は現在、世界中のどこの都市でも見るような、抽象的形態で無味乾燥、機械的なインターナショナル・ビルディングに変容してしまった。

アドルノは真正なる芸術作品はミメーシスと合理性という相反する契機が相克しあう弁証法的な力の場に生じるものとしている。構成とは芸術作品を合理的に形象化すること。合理性とは作品に内在する独自の論理技術のこと。それは作品のありようを呈示するものであって、現実の社会が破綻している様を写し出すことによって現状を告発し批判するものとして機能しなければならない。建物はもとより建築もまた芸術ではないが、建築はしかし、歴史的には自律した人間にとっての<意味ある世界>でなければならない。

芸術作品とは異なり建築は社会に利することがその役割であるが、建築は時代が変われば機能はもとより役割も変わってしまう。論理的整合性とうわべだけ繕うことをやめ矛盾をそのままのかたちで呈示せざる得ないのが建築ではないのか。今日の機能主義が持つ論理的整合性から解放されてこそ新たな機能主義建築ではないかと、アドルノは問うている。
アドルノは機能主義の問題と実用的機能の問題とは別問題としている。目的というものが人間を支配することに対して断固として反抗するのが芸術というもの。モダニズム建築の機能主義は人間を支配する道具となっていないか。そこには娯楽という商品化の目的も入り込み溶け込んでいる場合もあるのではないか、と鋭く問いているのだ。

ルネサンス以来、あるはずの世界を形象化してきた建築は今日、何を形象化するのか。自律しながら矛盾を隠蔽することなく、事柄に即しながら概念的手段を通して表現する。論理的整合性をうわべだけで繕うことをやめ、矛盾をあえてそのままのかたちで呈示せざるを得ない、それがアルベルティの建築だ。同一化思考が矛盾を恐れるあまり意識的に度外視している細部の差異、特殊なものにこだわり、そこに潜む非同一なものの経験にユートピアの可能性を探る。ここにはまさにアドルノ哲学の同一性・非同一性における弁証法的力の場が意味を持つのだ。

仮象の危機
仮象としての芸術作品こそ、同一性に向かうための論理的整合性や目的合理性から解放された領域。モダニズム芸術に見られる「錯乱の痕」が和解の形象といかに両立しうるかをアドルノは問うている。
今日の芸術作品は快の感情や表現といった感性的契機を排除してゆくあまり、芸術を成立させるのに不可欠とされている仮象までもが敵視され、やがて否定されるようになった。仮象とそこに宿る精神を捨てた芸術はもはや単なるモノ、文化産業によって毒を抜かれ商品化された芸術となんら区別がつかないではないか。

アドルノがいう仮象の救済、それは美しい仮象によって不調和な現実と理念の調和をはかるといった古典主義・ロマン主義的な態度の復活ではない。仮象はあくまでも現に存在するものへのアンチテーゼを意味するのだ。仮象はうちに破綻をふくむことによってのみ、和解を指し示すのであって、仮象を完全無欠のかたちで提示することによってではない。

芸術は個人の経験をミメーシスを用いて表現しようとするが、その表現は構成という合理性の契機と弁証法的に媒介されることによってはじめて単なる主観的なものから客観的なものへと質的変化を遂げる。
アドルノにとって芸術とはまさに正反対の側から出発するもの、それが否定弁証法。否定弁証法は概念をヒエラルキー化して上位の概念で下位の概念を並列関係のもとに布置し、論じる対象にミメイシス的に密着してゆく。
合理的ミメーシスである芸術とミメーシス的合理性である哲学とは、どちらかが優位に置かれるという類のものではない。ただひたすら特殊なものに希望に満ちたまなざしを注ぎつづける、それがアドルノの方法だ。

2021年12月28日火曜日

アドルフ・ロースとテオドール・アドルノ

1965年、19世紀末以降の現代建築が沈みつつあるこの年、アドルノはドイツ工作連盟大会に呼ばれ講演した。「今日の機能主義」はその時の記録であり、内容はロースの装飾批判と機能主義をテーマにアドルノ自身の美学と音楽を関連させ講演している。1921年ジョルジュ・クレ出版社からの「虚空へ向かって語る」がロース自身が語った闘いの記録であったとするならば、アドルノのこの講演は、その後のモダニズム建築の低迷を論じ、建物とは異なる建築の自律その内実に関わり呻吟している。この講演から早くも50年余り、それは丁度、ロースからは100年と言うことになるが、建築が相変わらず「虚空へ向けて」であることは全く変わらない、現代建築はどこへ行くのであろうか。

装飾批判とは装飾が持つ機能的、象徴的な意味を失い、ただ腐敗的組織、有毒なものとして存在するものを批判するもの。必要なものと余計なるものとの差異は作品に内在するものであって、かたちとして表れているかどうかの問題につきるものではないとアドルノは言う。つまりロースが主張した無装飾でザッハリッヒカイトな建築を良しとしているわけではないのだ。

ロースの言う建築の自律は非装飾とは直結しない、アドルノは言う。モダニズムを自律的芸術の時代とするなら、現代の音楽と建築は今、危機的状況にあると言える。アドルノはその状態を素材自体からは何ら意味あるものを引き出すことが出来ないことにあるとしているのだ。

機能と装飾
装飾批判とは、アドルノはそれはロースの選択ではなく、歴史的必然であったとしている。

純粋に表現と構造から組織だてられた音楽においては、建築においてと同じようにそうした装飾は容赦なく淘汰された。共に凋落したロマン主義的虚構性と無力であることを知りながらなお魔力を発揮させたいという願う装飾に対し、新しい芸術家は敵対したのだ。それがアーノルト・シェーンベルク、カール・クラウス、アドルフ・ロースに他ならない。

機能主義の問題と実用的な機能の問題とは別の問題であって、本来、目的に拘束されない純粋芸術と使用目的が決まっている芸術(建築)はロースが主張するようには極端に相反するものではない。必要なものか余計なものかの差異は作品に内在するものであって、ただ作品のかたちとして表れているかどうかの問題に尽きるものではないとアドルノは言う。

皮肉にもロースが評価するシェーンベルクの室内交響曲第一番は装飾的な性格を持つテーマが現れている。そこでは装飾は主要な楽想であって、新音楽における極端な構成主義的傾向の中で、むしろカノンの多様な対位法的展開のモデルとなっている。つまり、ここにある装飾的なカノンは余計なものではなく、作品に内在するもの。カノンを装飾・無装飾と安易に決めつけるのではなく、その音楽の内実に沿った楽想であるか否かがアドルノにとって問題なのだ。

全ての芸術が自律的なものとなりおおせたとしても、装飾的要素を完全に放棄することはできない。何故なら芸術自体がすでに実生活からすれば一つの装飾なのだから。そして、アドルノはロースのザッハリッヒカイトとならざるを得ないモダニズム建築は、素材とフォルムに対する内部的想像力を通じて、貧弱な合目的的建築を乗り越えなければならないと鼓舞している。

建築家の想像力、素材とフォルム
もう少し、講演の中身に踏み込んでみよう。始まりはロースの装飾批判における矛盾の指摘。想像力は実用の世界では無用というロース。しかし、想像力についてのベンヤミンの見解は「細々とした細部においてその間を補いつなげる作業」と言うことだ。造形に関わる創造的な仕事での想像力とは、むやみやたらに創意を膨らませる慾求、無からの創造の欲求とは異なるとアドルノは言う。彼の美学からは想像力とは、素材とフォルムに働きかけ、多くのものを引き出すことにあるのだ。

素材とフォルムに関わるのが自律した芸術の想像力。ロースが存在すると信じた自律的な芸術には想像力はない。素材とフォルムに関わるのが自律した芸術の想像力。自律的な芸術はそれをつくった芸術家による付加的な創意、素材とフォルムに本来以上の力を発揮させるもの、それは無限に小さく極限値である。他方、想像力という概念を素材あるいは目的への適合性の先取りという点に狭めて考えれば、今まで考えてきた想像力の概念とは相反する。素材とフォルムに関わる想像力とはこれに働きかけ、これより多くのものを引き出すことである、とアドルのは言う。

フォルムも素材も自然の所与のものではない。それには歴史と、歴史を通して精神もまた蓄積されている。素材とフォルムとがものの言語で語りかける沈黙の問いに、想像力は一歩一歩答えていく。そして、目的と内在するフォルムの法則が一体となり作品をつくりだす。目的と空間と素材は相互に内的に関わり合いを持っている。ひとへに全体の機能との関連の中でのみトーンは意味を有する。それなしではトーンは単なるフィジカルなものにすぎない。そこからは潜在した美の構造を引き出し得ることはない。ここでいうトーンはアドルノの音楽的発想、フィジカルな機能を超える建築はここからトーンを如何なるカタチ(意味ある言葉)にするかが問題なのだ。

目的と空間
建築の内部についてはどうかというと、内部空間の感覚は抽象的なもの、それ自体ではない。建築空間は目的と内的に関わりを持ちながら、その質を獲得する。建築においては内部空間が合目的性を乗り越えた時点において、それは同時に目的に内在する。目的と空間が一体となっているかどうかが、偉大な建築であるか否かを判断する中心的基準となる。

アドルノの言う機能主義はある特定の目的がいかにして空間となり得るか、いかなるフォルム、如何なる素材において可能か、と問うている。建築における想像力とは、目的を通して空間をイメージし表現する能力のこと、目的を空間たらしめる能力であり、目的にしたがってフォルムを形成する能力を意味しているのだ。

空間と空間の感覚とは、想像力が合目的性のなかに沈殿してしまったような貧弱な合目的的なものより、より豊かなものになり得る。想像力は自らの存在の拠りどころとなっている内在する目的との関連というものを吹き飛ばしてしまう。空間の感覚とは、抽象的な空間のイメージと相違して、視覚的な分野においては、音楽的なものに対応するに相違ないとアドルノは言う。音楽的なもの、音楽性とは抽象的な時間観念に帰するものではない。したがってメトロノームが音楽を生み出すのではない。

空間的イマジネーションというものは音楽家が楽譜を読むのと同じで、図面を読む建築家には不可欠な資質と言える。しかし、空間感覚はより以上のものを要求している、その空間から人が何かを想起してくれ、と。その何かとはその空間の中に身をおいて、その空間に無関係ではない何か、勝手気ままなもんではない特定の何か、それを想起しなければならない。

空間と機能
建築家が空間を形成するフォルムの構成に比して、はるかに大きく目的というものが、空間の内容の役割を担っている。建築とは、そのフォルムの構成と機能という両極が相互に、より内的に結びつけばつくほど、より高い質を獲得するのではあるまいか。

しかしながら、人間のための機能とは、人体によって規定された人間にとっての機能のことではない。その機能とは社会的に見た人間一般を対象としている。したがって、知性によってのみ、ものごとを把握する知的性格を機能的建築は持つものだ。それは人間の潜在能力であって、非常に進歩的意識を有するものだが、内面まで無力とされる人間の中では簡単に押しつぶされてしまうたぐいのもの。

ヒューマンな建築とは、人間を実際より美化するものなのだ。建築はイデオロギーを歴史に刻むことなく、単に「用」に奉仕するや否や、今ここで要求される用とは矛盾することになる。100年前、ロースが書いたように、建築はいまだ虚空に向かって語りかけているようで、人々からなんの反応もなく理解されていない。

そこには社会的対立に要因があるわけで、人類の生産力を想像もつかないほど発展させた同じ社会が、人類の生産力を上位の生産関係に縛りつけていること、人間である生産力が人間をその生産関係の尺度にしたがって歪めている、という事実が、建築への無理解を深めている、とアドルノは言う。社会のこうした根本的な矛盾が建築において現象しているのだ。建築は消費者とおなじで、建築は自身からその矛盾を取り除くことは殆ど不可能。
生身の人間の正当でない要求の中にさえも、何がしかの自由がある。生身の人間にとって、正統とされる建築は必然的に敵対するものと思われる。それは経済理論が、かって抽象的な交換価値に対して使用価値と名付けたものに他ならない。なぜならばそうした建築は、現実のあるがままの人間が欲し、また必要とさえするものを、充足させることはしないからである。

どうやら、ここらあたりがこの講演のポイントのようだ。商品の持つ交換価値と使用価値、アドルノはその二重性を彼の美学の中で鋭く考察しているが、それは別掲ブログで取り上げたい。

芸術の自律と技術
芸術は、完全に芸術たり得るには、自己固有のフォルムの法則に従って、自律的に作品として結晶せねばならない、とアドルノは言う。これこそが芸術の真のありようだが、そうでない場合、芸術は否定した当のものに従属することとなってしまう。芸術は、自己の中に自らが抵抗するものを内包している。芸術が固有の魔術的なそして神話的な始原とのつながりを断ち切ろうとすればするほど、芸術はそうした技術への適応には危険性が増す、芸術はこれに抗する確固たる術を有してはいないからだ。

人間は本来自分のためにある技術に追従するのではなく、技術が人間に従わなければならない。しかし今の時代では、人々は技術にどっぷり浸り、自分達のより良き部分を技術に遺伝として伝えた後、抜け殻のように取り残されてしまったかのようだ。人々の固有な意識は技術を前にして物質化されており、だからこそこの技術について物質化という点から批判する必要がある。技術は人々のために存在するのだ、と言った至極当然の言は、今や時代に取り残された陳腐なイディオロギーなのだろうか。

都市計画の問題
機能主義の問題は有用性への従属なのかという問題がある。不必要なものは捨て去られるので問題ないが、その機能主義の展開を見ると、それに内在する美的な不十分さが明らかになってきた。単に有用であることだけでは、あまり役にはたたず、世界を荒廃させる手段になるし、慰めのない絶望的な世界とする手段となってしまう。ものごとの核心に迫るには、そのザッハリヒカイトをものから離れて問題点を抽出する思考が必要とされる。

専門家は自分の仕事が社会においてどのような位置にあるのか、またいたるところで遭遇するであろう社会的障害について、自己の芸術家としての立場から説明しなければならない。このことは都市計画の問題において深刻かつあからさまだ。都市計画はカオスに陥るか、そして生産的な建築物の出現を阻む危険性を孕んでいるのだから。

建築は今まで断罪された美的省察をあらためて必要とする。芸術における有用性と有用でないことの概念や、自律的芸術と目的に拘束された芸術とに区分することが議論の対象となっていることが事実とすれば、美学は実際的必要性を持っている。今日、美に深さ以外の尺度はない。美とは力の平行四辺形の合力としてあるか、あるいはそんな美は全然存在しないのか、そのどちらかなのである。

2021年8月15日日曜日

シェーンベルクとルイジ・ノーノ

オペラ劇場の指揮者であるインゴ・メッツマッハーは「新しい音を恐れるな」という興味深い本を書いている。シェーンベルクの無調「三つのピアノ曲」を暗譜で演奏したことが、ピアニストの道に進むキッカケになったという。
時間、色彩、自然、ノイズ、静寂、告白、遊びという7項目から、11人の音楽家を平明に解説していく。従来のクラシック音楽を批判し、壮大な嵐の中から各々の音楽を発見していく20世紀の音の探求者たちの紹介といって良い。

「世界が調和に満ちているなんて、一度も感じたことが無い時代、音楽にあるのもまた軋轢と不協和音だ。」というシェーンベルク。彼は「モーゼとアロン」により、「見ることの悲劇」をオペラ化した。それは仮象を見ることではなく、現実を聴くことの意味をモーゼで表現したのだ。

「聴くことの悲劇」をオペラとし「プロメテオ」を作曲したのはヴェネツィアのルイジ・ノーノ。人類に火をもたらした彼は、言うならば現代の原子力に繋がる、人間の力ではどうにもならないリスクの大きい技術を手にしてしまった現代の象徴。シェーンベルクを引き継いだ彼は「聴くことの悲劇」によって群島状に分布する様々な人の声、矛盾と敵対を孕んだ歌や合唱を響かせる。そこでは、オペラを脳内のシナプス連繋のように響き渡る世界を聴く装置として作り上げた。

20世紀初頭のブゾーニにとって十二音平均律は代用品に過ぎず、無限の階調を求め三分音、六分音を使用していく。この動きはまさに音楽における最初の自然参加であったのかもしれない。
そして、シェーンベルクの十二音列、従来の協和音から離れ、自然から新たな秩序を引き出そうとする最初の方策と考えれば良い。もっとも、世紀末、音楽における不協和音に関心を持ったのは彼だけではない。始まりはワーグナー、ドビュッシーもまた興味深い作品を作曲している。

オクターブ内の十二の半音が相互に関連づけられる。他の全部の音が現れたあとでなければ、同じ音を繰り返してはならないという規則。
音の現れる順番は音列として定められ、その音列が曲全体を支配する。どんな音も調も、他に対して上位に立つことはなく、すべてが平等な価値を持つ、という一つの基準となるシステムを作り上げる。それはかなり人工的な作業だが、言うならば、シェーンベルクは嵐を表現しようとしてきたのだ。 現代音楽の世界はまさに事前が荒れ狂う壮大な規模の嵐の時代なのだ。

シェーンベルク音楽にあるもの、それは軋轢と不協和音。 緊張を否定し現実の和解をオブラートでくるんでしまおうとする音楽をどうしてつづけなければならないのだろうか、という疑問がまず始まりであったろう。音楽はしっかりとした土台の上にあったのだから。

ワーグナーのトリスタンとイゾルデに嵐の兆し、崩壊の始まりが感じられる。 マーラーの交響曲は前途の危うさを予感のなかにあった。 そして、永遠不変にみえた和声の組立を捨て、新しい音楽言語をつくろうとしたのがシェーンベルクの音楽だ。

彼はシュトラウスの交響詩からストーリーを語り、情景を描写する音楽(標題音楽)の原理を抽象的な形式による音楽芸術の聖域、つまり室内楽に応用しようと考え「浄められた夜 」を作曲している。そして、室内交響曲第一番。
四度音程に規定されたマーラーの第九交響曲で終わりゆく時代に別れをつげ、シュトラウスはエレクトラで既存のあらゆるものの基礎を揺るがし、ブラックとマティスは具象から抽象へ、キュビズムを興し最初の未来派が宣言された。
古い世界の崩壊というより、もはや世界がこれまでのように堅固なものでなくなったため、世界に対するわれわれの認識は大きく崩れさった。 そして、 長二度と短七度という不協和がシェーンベルグの新しい調性の柱となる。

歴史からの離脱、モダニズム建築との違いはここら辺りにあるようだ。
建築は世紀末からもはや100年、合理主義を弁証法的に繰り返し、過去の合理主義を継承するしか方法がない。しかし、これが建築の宿命なのかもしれない。
どの時代も建築は全体主義的なユートピアを希求してきた。
偉大な作曲家たちは、すべての人に語りかけてくいる。
心を開いてさえいれば、その音楽は誰でも迎えいれてくれる。
そしてぼくたちに向かって、つねに何かを語り続けかけている。そして、 ぼくは考え続けている、建築はもはや、なにも語ることができないのだろうかと。

2021年8月13日金曜日

音楽的建築体験

建築は絵画より音楽に近い、その経験は視覚的に明瞭であることより、感情的、触覚的蓋然的である。建築の面白さは何かと問えば、工学的にどう作るか、芸術的に美しいか、実用的で使いやすいか、精神的に居心地が良いか、だけではではないだろう。

それは、建築を経験することから生まれる、日常とは異なる異種の世界に入り込んだという感覚的な楽しみ。

ロマネスクの聖堂では、暗闇の中に据えられた柱頭飾りついての知識がなくとも、反響する音と呼応し、実際にはまったく目には見えないのだが、不可解な妖精に見張られているような体験をする。

そこでは音楽が無くとも、柱が刻むリズムや差し込む光に誘われて耳には聞こえないメロディーを聴く。この異次元の経験が建築の持つ面白味だ。その想像的世界はある種の物語性、音楽性を秘めたオペラなのかもしれない。

2021年6月5日土曜日

かって建築は

かっての建築は
人間の生きている世界は現実的世界と観念的世界、その二つの世界を建築は同時に視覚化してきた。しかし、前者のみを建築とするのがモダニズムあるいは唯物論的視点。ここでは、建築は存在せず、テクノロジーの産物としての建物のみが造り続けられる。かって建築は「建築の背後にある意味・メッセージを形象化する」というところにあった。建築は視覚化できない人間の観念をも外部化し、形にしてきたのだ。形にならないもの、見えないものをどう視覚化するか、その方法は古代のギリシャ以来ヨーロッパ建築を支えている。

ヨーロッパ社会ではまず、観念としてのイディア、我々はどこにいるかという世界観。世界はこんな形をしているという世界模型、そして神(キリスト)の世界、聖書の世界を具現化、その世界はどんなカタチかをしているかを示すことが、建築の役割だった。
16世紀の宗教改革、人間のもつ理知的な知性(美学)つまり新たな秩序がテーマとなり、建築は大きく変容した。
18世紀半ば、近代はモデルネ<新しさ>を探した。個人主義による個々人が持つ理性とか崇高が問題視され、その意味の外形化がテーマとなる。しかし、集団的人間が持つコスモロジーが消滅し、建築は何を手がかりにし、何を生み出したら良いか解らなくなってしまう。結果、この時代のモデルネは実体の建築より建築論の方が盛んになった。
そして19世紀、神の秩序から離れ、全ての芸術は人間の世界を模索する。しかし、近代人が自らの根拠と方法を見うしなう。彷徨を重ねたのは文学だけの問題ではない。美術も音楽も建築も、その後のヨーロッパの芸術分野に共通しているテーマは、ザイン(存在)とシャイン(仮象)の対立、あるいは観念論から唯物論への変容と言って良いようだ。
20世紀に入り、抽象的なイデオロギーに支えられた技術と経済が優先される。しかし、60年代以降の芸術はその解体と終末が実感された。
モダニズム建築は現実世界(リアリティ)の中の機械主義の美学をテーマとなり、その表現はシャイン(仮象)やミメーシス(模倣)であることが批判される。そして今は情報化時代、再びモデルネ<新しさ>が検討されている。しかし、機械には抽象的だが形はあるが、電子情報には形がない、インビジブルな時代、建築はカタチを見出すことは可能だろうか。
建築に何が可能か、視覚化は不要か、不可能か、今は全く見えない。手がかりはモデルネ。消費社会から情報社会、生産重視から生活重視を標榜するなら、建築は社会からの要請に応えるのではなく、社会を切り開く存在に立ち戻らなければならない。

参考:小説への序章 辻邦生
今世紀の芸術全般にわたる問題、それは存在と仮象の対立。小説が自由な散文を使用するためには芸術の自律性を失い、日常の事実性の中に拡散していく。しかし、単に現実をなぞるだけの小説はリアリズム。

自注:神の秩序から人間中心の秩序というモデルネは、自らの根拠と方法を見うしない、彷徨を重ねたのは19世紀文学だけの問題ではない。ヨーロッパの全ての芸術分野に共通しているテーマはザイン(存在)とシャイン(仮象)の対立、あるいは観念論から唯物論への変容と換言される。技術と経済が益々優先される現代、60年代以降はまさにその解体と終末が実感された。
ザインとシャイン
古来より、想像力を持った人間はフィジカルな空間とメタフィジカルな空間という二つの空間を持っている。人間は動物と同じように自然空間、現実的物理的空間に生きるが、もう一つ、観念的あるいは精神的空間をも住処としている。従って、構築される建築とは観念の空間と現実的世界が重ね合わされた想像の空間でなければならない。それはかっての人間が注目した「特別な場所」と言って良い。つまり、我々はどの時代も虚構の空間を必要としている。

ザイン ー>実体としての現実空間・地理的時間と空間・人間の外界にアプリオリに存在している。・自然空間・人工空間。
シャインー>虚構による仮象空間・観念的象徴的時間と空間・世界観としての想像の空間・神話的記号的時空・人間の体験によって想像的に産み出された空間。人間の集団に共有されている心的態度、世界と芸術の関係はいつもシャインを媒介として結びついてきた。




2021年6月4日金曜日

いま建築は

いま建築は
建築は現在、テクノロジーの一環。その形態には意味はなく、文字どうり与えられた役割を機械的に果たすだけ。もし、建築に語る言葉があるとしても、それはジャゴン、体験者が共有するものは何もない。建築は使用価値以外にはなにもなく、安全・便利・快適という、生活する個々人が必要とする役割のみを果たす。かっての建築が持っていた、カタチが表象する集団的意味を問うことはほとんど無い。

建築を含め現代の創作活動は作家個人の持つ知性・感性による制作。創作された作品に集団的意味が必要とされることはない。作品への関心は作家の持つ感性やコンセプト、あるいは知的活動であって、受容者の参加や批評は考慮されない。作品は主観的であって、作者の持つ観念的遊戯の世界に過ぎない。しかし、批評性や意味性を持って多くの人々の自由な感性をネットワークしてゆくような創作活動が本来の人間社会の作品の基盤。歴史はともかく我々は言葉のないクモの巣のような世界と今後どうか関わろうとするのか。問のみが残されている。

情報時代を迎え、プロダクトデザインにおいては機能の視覚化が意味を持たなくなった。プログラムが変容、またはデザインのアルゴリズムが変質することにより、作品の外側にその根拠を求めるようになる、つまり新たなシンボルやアレゴリーやストーリーという集団的意味が必要となったのだ。他のデザイン活動に比べ保守的な性格を持つ建築はもともと個人の問題ではなく、集団あるいは社会的感性の問題。加えて建築は他のデザインに比べ創作のためのプログラムが複雑である。現在の建築においては安全・便利・快適という内部的要請は、他のどんな外部的要請よりも圧倒的優位だが、しかし、もはや機能は可変であり、形態を生み出すものでは無くなった。情報時代を迎え建築もまた新たな外部的要請と関わらざるを得ない。では、建築を生み出すものはなんなのか。それは、かっての時代と同じものであるはずはない。ある種のメッセージ、その意味が必要となっても、今は一時的、個別的、ジャゴーンであることから抜け出すことはない。

2021年5月28日金曜日

情報の建築化




1−モダニズム建築再考
建築論は実在化した建築物を素材として論じられるもの、しかし、実在化のための手段(機能・技術)や、その背景(時代・自然)だけが西洋建築のテーマではない。モダニズム建築論が3人の住宅作家の建築を中心とし論じられているがしかし、かって住宅は建築ではなかったことからを論じなければならない、新たなテーマも浮上する。
現在の建築論では住宅建築の持つ特性(安全、便利、快適、個人的財産価値)が先にたち、建築の持つ意味、特に世界との関係、トポロジーとしての建築という観点が、見えにくくなっている。人間と世界との関係構造のデザインという、本来の建築論が組み立てにくくなっている。

2−工業時代から情報時代へ=テクノロジーからトポロジー
伝統的建築材に変って、工業製品による建物を支える美学は「機能」だった。そして民家も倉庫も工場も全てが美の対象となり、建築になった。伝統的建築群のなかに新たに咲いた初期のモダニズム建築(モデルナ)は光り輝いていた。しかし、その形態がどこにでも見られるようになると、建物はどれも工業生産に準じ、都市は単調・退屈な世界に変わった。私たちは営々とがらくたの山を築いて来たのだろうか。
今は見えない都市、形のない建築の時代と言われる。しかし、そこでは情報が建築であり、人間の経験が建築となるはずだ。景観との関わりが美術であり、街角での出会いが劇であり、コンサートなのだろう。
現代建築はその実態論への反省として、テクノロジーではなく、コスモロジー喪失こそ問題とすべきと考える。つまりザインとシャインの消滅だ。そんな建築への反省からイェーニッヒは芸術としての建築、「芸術の空間」を検討している。彼は書いている。芸術とはなにか、モノではない、それ自体の構造の中で経験されて始めて存在する、芸術は普遍的概念では把握できない、実例・具体・経験によってのみ語りうる、と。

3−情報化時代の建築
見えない都市、形のない建築の時代、情報が建築であり、人間の経験が建築となるのが情報化時代。
そこでは景観との関わりが美術であり、街角での出会いが劇であり、コンサートであるといえよう。
 
ー>建築そのものを情報に還元、身体的空間ではなく、マスメディアを通じ、建築の概念を言語化する
ー>プランニングや建築構造の問題ではなく、エクィップメント(設備)とパフォーマンス(性能)の問題=形より力
ー>実体的な建築空間より、可変的なイメージ空間の方がリアリティーを持つのだろうか
インスタントシティは工業時代と情報時代をまたぐ、優れた建築コンセプトであったと言えよう。そして30年、建築は今どこに行こうとしているのだろうか。

4−情報の建築化->建築は情報である
世界モデル、世界書物であり、そこのはコスモロジーが描かれ、その衰退から人間の自律とその限界、新たな世界との関係構造の構築へ
/情報としての建築・実体化しない建築・タブローとしての建築

参考
インスタントシティーとイエローサブマリーン/情報の建築化
1960年代は情報化社会の始まり/この時代は情報がこれまでになく人々の生活に浸透し始めた時代/平凡パンチの創刊
広告、量産品、写真、テレビなどのマスメディアのイコンが巷に氾濫->社会は産業化から情報化へ変換し始めた
ロンドンが全ての情報の発信源->カ-ナビ-街のミニスカ-ト
アーキグラムー>インスタントシティー
ビートルズー>イエローサブマリーン・リバプールとハンブルグを往復=1963、アメリカ上陸=1964
ー>建築そのものを情報に還元、身体的空間ではなくマスメディアを通じ、建築の概念を言語化するー>プランニングや建築構造の問題ではなく、エクィップメント(設備)とパフォーマンス(性能)の問題=形より力

2021年5月27日木曜日

オペラ(作品)としての建築

18世紀以降の音楽と建築に関心を集中すると、オペラが重要な役割を果たしていることに気がつく。同時代はカントに始まる美的モデルネ。美が自律し、芸術の誕生と多くの人が書いている。モデルネとは<新しさ>、そこでは「実体より認識」「美とはなにか」「世界はどんなカタチか」「批判精神」等々が再検討された。オペラと建築の検討に共通する関心は「虚構の空間」。

「虚構の空間」とはエリオットの言う「現実の外にもう一つの世界を作る」試み。初期のオペラはその誕生の経緯を含め、虚構空間に現実批評あるいは知的教育的メッセージを発っしていた。そんなオペラの目的と変容を概観しつつ、同時代の建築を眺めてきたのが「音楽と建築、そのデザイン」(kindle出版)、そしてこのブログ(Commedia)。10年を経過し、同じテーマを今、モデルネに集中し検討しようと考えている。

パッラーディオ以降の近代劇場が示したプロセニアムアーチの役割。そのアーチを手がかりに、様々な虚構世界が生み出されてきたが、このアーチの崩壊により18世紀のモデルネは20世紀のモデルネに引き継がれた。しかし、関心はまさにカストリアディスが言う「自律からの後退:一般化された順応主義の時代」にある。彼は自治の企ては中世末期に始まると書き、最初の契機は西洋思想の再構築、次に批評の時代といわれる近代(1750年〜1960年)、そして今は「順応主義」。資本主義的合理性に対する体系的な批判がすっかりなくなり、代議制民主主義が消極的に受容されている、と書いている。つまり、我々は現実逃避の策略に堕した半真実の一群にあり、「ポストモダニズムの価値を盲従的に反映しているにすぎない。多元論・差異の尊重に関する流行の駄弁を混ぜ合わせ、折衷主義を賛美して、不毛なことを蒸し返して無方向な原理を一般化している」のだ。

19世紀末、オペラのみならず、調性が批判され音楽は大きく変わった。建築もまた同じ。無装飾に始まるモダニズム建築だが、いまやそれは環境の中の単なる箱。箱を表面的に飾るというパッケージデザインによるイリュージュン作り、それはまさにテーマパーク化現象。建築はもはや人間の持つ想像力に寄与できないのだろうか。あるいは現代人の想像力は新たな「オペラ」を生み出す力を失ってしまったのだろうか。

2021年5月10日月曜日

美的モデルネ

ドレスデン国立歌劇場(1838年)

ベルリン王立劇場(1741年)

現代芸術がますます商業化されていく中、「美的モデルネ」の位置付けが取り沙汰されている。始まりは世紀末そして30年代ドイツ(2つの大戦のはざま)における時代の閉塞感。フランクフルト学派は啓蒙的理性の所産としての近代の文化的諸価値は19世紀市民社会において実現されたかに見えながら、それは国民国家的イデオロギーに吸収され、希薄化されたとしている。この近代への反省から新たな美的モデルネが登場するのだが、そこから生み出されたアヴァンギャルドの芸術領域は果たして現代芸術の世界を切り開いたのであろうか。

理性が実現される場として用いられる「美的モデルネ」は19世紀後半から20世紀前半にかけてのドイツの文学・芸術を意味していた。それは初期フランクフルト学派の芸術と社会の関係を検討する芸術論として、マクルーハン、ベンヤミン、アドルノによって展開されている。

80年代のハーバマスのモデルネ(近代)論はアドルノの美的モデルネにある批判的潜在力を文化モデルネとして一般にまで拡張することを求めている。しかし、その一般化とは、アドルノの限界を突破し、延長したのか、アドルノの概念を変質させたのではないか、という懸念もある。

まずは先を急がず、美的モデルネの批判精神の基底にある19世紀のニーチェに立ち戻ってみたい。ニーチェは市民社会のヒューマニスティックな自己理解を従来のアポロンではなく、ディオニュソスに置き換えた。ニーチェは近代的学問の真理要求や市民的道徳の普遍性要求の虚偽を暴露したのだ。

暴露の象徴となるのがアポロンとディオニュソスだが、そのそこで意味されている事柄は18世紀・19世紀の2つの劇場建築に表現されている。前はカール・シンケルのベルリン王立劇場。第二次大戦で焼失後1970年代に規模が縮小され、ベルリン・コンチェルトハウスとして復元再生されている。この建築は18世紀啓蒙社会の殿堂としてアポロンを含め、ギリシャの神々に捧げられている。

一方、19世紀なかばに建設されたドレスデンのゼンパー・オパー(ドレスデン国立歌劇場)。リヒャルト・ワーグナーも関わったゴットフリート・ゼンパーの傑作。1945年、ドレスデン爆撃で瓦礫の山となったが、1985年に復興再生。現在はイタリアのスカラ座、フェニーチェにならぶ3つのオペラの殿堂の一つ。1990年ドイツ再統一に伴い州立歌劇場として世界中のオペラファンに愛されている。

そしてこのオペラハウスの頂塔はなんと、ナクソス島のアリアドネを救ったディオニュソス。ミノタウロスを退治したアテネのテーセウスを、その迷宮から糸を使って彼を助けたクレタの王女アリアドネ。しかし、二人は共にアテネに向かったはずだが、何故か彼女はひとりナクソス島に取り残された。そんな、テーセウスに捨てられ嘆き悲しむクレタの姫を救ったのはディオニュソス。頂塔はアリアドネを載せたディオニュソスの馬車が天に向かって駆けている。

シンケルはゼンパーの師であり、アドルノの友人でもあったロースはゼンパーに師事している。三人三様の美的モデルネ、その検討はこれからだが、シンケルは古典主義、ゼンパーは新古典主義、そしてロースはモダニズム。建築の検討課題も80年代のハーバマスのモデルネ論、「コミュニケーション的行為の理論」に引き継がれるのであろうか。たしか、ハーバマスはアドルノの弟子でもあったはずだ。

2020年11月21日土曜日

ダゴベルト・フライとジェームス・ファーガソン

19世紀ウィーンのダゴベルト・フライは演劇の現実性に関する考察を展開し、「建築は私の生活空間に所属する」と言っている。

当たり前と思うが「模写的絵画や彫刻では、作品と観照者である自分との間には、時間的・空間的な隔たりや境界があるが、建築ではそのような隔たりがなく、作品と私は同一の時空を共有する」(建築美学・中央公論美術出版)と書かれるとややややと思う。

つまり、一般美学では建築は絵画や彫刻と同じように自然をある種の幻影として表現することがあるが、建築では現実性として表現しなければならない。しかし、実用性がそのまま美となることもなく、建築は芸術的に形成された現実性であるというのだ。
これは現代都市にこそ相応しい言及、彼の「観客と舞台」はちょっと気になる論文だ。


ジェームス・ファーガソンは、宗教改革期以降の西洋建築は全て模倣様式と言い放ち、19世紀イギリスの建設ブームの真っ最中にあって折衷主義建築を鋭く批判した人として有名だ。
その彼がさらに面白いのは、まだ見ぬ近代建築を、野獣によって表現されるほどの喜びや悲しみしか表現できない建築と語っていることだ。
人間の術としての建築は初歩的な技術段階、感性的美術段階、そして最後に言語を用い知性に訴える音声術段階の三段階あるとするのがファーガソンの論だが、20世紀の建築からは形態の持つ人間的意味情報はすべて消去されうると予測していたのだ。

2020年11月18日水曜日

シェーンベルグの音楽と近代建築

「ひとつの基本的な音、すなわち根音が和音の構成を支配し、その連続を制御するという考え方は、拡大された調性の概念へと発展した。すぐに疑問視されるようになったのは、そのような根音が、すべての和声の中心として、依然として維持されうるのかどうかということであった。さらに疑いを持たれるのは、冒頭や終始、あるいはそのほかのどんな 場所に現れるにせよ、主音は構成的意味を持っているのかということであった。」

音楽を生み出す以前から存在している根音や主音に疑問を持ったシェーンベルクは音楽の構成における全く新たな方法を打ち立てた、十二音音楽です。
「互いにのみ関係づけられた十二の音による作曲方法」。

第一次世界大戦勃発までのシェーンベルクは調性和声のシステムに依存することなく、いかにして自律的な音楽構造を達成するかの模索している。
そして1920年から23年、「ピアノのための組曲」など小規模ではあるが十二音技法による重要な作曲された。
しかし、調性を亡くした十二音音楽だが、その後はテクストの内容や感情に依存する、表現主義的傾向を示したことは良く知られている。
シェーンベルクは結局、音楽の外の世界の秩序を、なんらかの形で音楽の内部に取り込むことなしに、音楽を作る方法は見つからなかったのかもしれない。

https://youtu.be/sGLcUfbVF3k
Arnold.Schoenberg' manuscript-Six Little Piano pices op.19

同時代の建築はどうだろうか。
自律的建築の模索は同じウィーンのアドルス・ロースによってなされている。
彼はシェーンベルグとは大変親しい間柄にあった。
「装飾と犯罪」という彼の著作は有名だが、音楽との関連では「ラウムプラン」(三次元の空間中に各部屋空間を切り取っていく方法)がシューエンベルグの十二音音楽の方法に照合する。



ロースは建築を建築空間だけで作ろうとした最初の人。
建築以外の世界の秩序を使って建築を作ること拒否した人であると言える。
その後、彼の建築を引き継ぐ建築家は沢山登場する。
コルビジェがその筆頭です。

表現主義に陥ったシェーンベルグはその後、古典主義的な方法、伝統的な音楽形式を用いるようになり十二音技法による音楽の制作は全く停滞してしまう。
一方、建築はその後ますます自律の道、外部からの指示(物語・世界観・象徴・記念性)には一切頼ることなく、建築の内部にのみ秩序を与えると称する、機能主義、合理主義に向かったのはすでに良く知られていることだ。


図版1−>ロース設計、ルーファー邸:アドルフ・ロース、鹿島出版会より
図版2−>コルビジェ設計、サヴォア邸:ル・コルビジェの建築、鹿島出版会より

2020年11月17日火曜日

ロッシの建築と能舞台



能の舞台上では事件は進行しない。
イタリアの建築家ロッシは、出来事・事件と関わることで形態(タイプ)としての建築は意味を発する、としている。
能の舞台では事件は既に終わっている。
登場人物はそれを思い出しているに過ぎない。
やがて登場する、主役である仕手の大半は幽霊。
今を生きている人にはわからない、仕手のこの世での出来事・事件を幽霊となり語る。
楽屋(鏡の間)と能舞台とを繋なぐ橋(橋掛かり)はこの世(舞台)とあの世(楽屋)を意味する。
仕手の生来ていた世界を語る能では、出来事は起こるのではなく顕れる。
能を観るということは、何もかも(出来事・事件)をも顕現させる現場に立ち合うことを意味する。

ロッシの建築では事物と出来事が重ね合わされる。
建築という事物は出来事を生み出す舞台。
ここでの建築デザインの役割は諸事・人間の関係の調整というより、関係を生起する役割を持つ。
つまり、建築はいつも劇場を意味するようだ。
ロッシの建築には彼のみが創造し得る独特の領域がある。
その領域はイデオロギーではない。
それは論理ではなく想像力の世界だ。
そこでは建築は発展のない形態、機能は変るが形は変わらない、それは能舞台も同じ。

参考:
1−タイプとモデル
何を論理化し、何を物語化するかが建築デザイン
ロッシの類型概念(タイポロジー)ー>集団記憶・都市的創生物・アーティファクト
タイポロジーは形態に先行し、形態をづくる
建築はまず形態、そして、物語・理念つまり美的なるもの
しかし、従来の多くの建築はタイプではなく、モデル(歴史・様式)
モデルは生産のために必要とされる、そのままの形で際限なくできる対象

2-スタンダールの「アンリ・ブリュガールの生涯」の挿し絵=ドローイングと文章
松本竣介の絵画=ホッパーと竣介
事物・出来事・記憶=劇場
人間の生きる世界=祝祭・劇場・都市・建築

2020年11月12日木曜日

ロシア構成主義のまなざし

形あるものから形が失われて行く時代にあって懸命に形を求めるロトチェンコの構成主義はある種の痛々しさを感じてしまう。
展示作品を眺めていて気がついた、建築も絵画も音楽に成りたがっていると。
「建築」と書かれたコーナーに9点ほどのタブローがあり、そこにあるのは空間ではない、運動と時間だ。
形のない現代、二次元の画面に形を生み出そうとするなら、表現されるものは時間、つまり音楽なのだ。

こんな戯れ言を思いつかせる展覧会は明日が最終日。
梅雨の休み、夏の日が輝いたり曇ったりの午後。
同時代の建築、アールデコの旧朝香宮邸、庭園美術館。
昨日、ロトチェンコ展を観ながら気になったことをつけたそう。
感想は上記の通りだが、何か痛々しいものは今も後を引いている。
それはもちろん、作品そのものがではなく、自分自身が、ということなのだが。
同時代の印象派絵画、決して嫌いではない。
しかし、最近何故か、ヌクヌク感じられて空々しい。

名作であろうが傑作であろうが、作品は作品である以上、全て虚構の世界。
その世界が、我々の現在とどう関わるかが、展覧会に行く楽しみ。
「いまなら僕は「デザイン」という言葉に「うぬぼれ」というルビを振るでしょう。」 これは今朝、読んだある人のブログだ。 http://gitanez.seesaa.net/article/153703729.html
建築も絵画もまたデザイン、そしてある種の虚構の世界。
ロトチェンコを観ていて気づかされたのは、このブログに近いもののような気がする。
20世紀初頭、作家は「虚構を生み出す方法」を失った。
少なくとも従来の方法からは模倣はともかく、虚構は生まれない。
印象派は様々な画法を駆使する事で、新たな虚構、作家の現実との橋を作品化した。
しかし、そこにあるのは「うぬぼれ」だ。
かたちは、あるいはフォルムは、虚構と現実を橋渡しする言葉を失って久しい。
ロトチェンコのみならず、モダニストはすべてこの失った言葉の再生に関わった。
しかし・・・・。

最近、なぜ、展覧会に行く事にこだわろうとしているのか。
あるいは、しきりに「いいと思われる作品に出会いたい」と思わせるのか。
秋には京都に、春には奈良に行った。
どうやら、「うぬぼれ」に気がつき始めたようだ。
失ったのは言葉ではない、ライフスタイルなのだ。

2020年9月24日木曜日

修辞から解釈、ドラマとしての器楽曲


音楽の「ドラマとしてのオペラ」が「ドラマとしての器楽曲」に変わったのは18世紀初頭。(ドラマとしてのオペラ・カーマン)それはオペラ時代、いわゆるバロック時代の終焉を意味している。

音楽を歌曲から器楽曲の優勢に導いたのは「ソナタ形式」、カーマンは音楽の持つ連続性が器楽曲においても劇的に展開されていくことをバロックの「建築的な」様式と対比し「ソナタ形式」は「劇的な」様式であり、説明的というよりむしろ機能的であるような展開の方法が用いられた、としている。

諸芸術におけるバロックから古典主義への移行は修辞学的虚構から、機能主義的現実へ、あるいは言葉の持つ意味の世界から、抽象的記号的言語世界への変容と読み取って良いのかもしれない。

と強引に置き換えてしまうと、建築を含め諸芸術の近代は解釈学の時代だ。アリストテレスの詩学におけるミメーシスが無視され、存在論、現象学、精神分析学、歴史学が音楽と建築を解体していく。

ps.
ミメーシスー>20200915
ミメーシスー>20200911
モデルネ ー>20200610
ミメーシスー>20200516
ソナタ形式ー>20200413
オペラの時代>20131221
オペラの時代>20131215

2020年9月16日水曜日

コーラ再考

プラトンの語るコーラ。 自然のままの”場所”を意味するトポスとは違う意味での”場”。 
生成を可能にする養い親のような場とされている。

  ジャック・デリダは『コーラ/プラトンの場』で"コーラは、「これでもなくあれでもないようにみえ、同時にこれであり、かつあれであるようにみえる。」あらゆる概念的同一性を逃れ去る、”場なき場”であると定義している。

 つまり、哲学者 
プラトンのコーラー>生成の場 
デリダのコーラー>生成が無い  

しかし、ギリシャ劇場 
コーラ=神との対話ー>コロスの場ー>コーラス・コレグラフィー  

建築的にはコーラの解釈は「祝祭そして都市と劇場の誕生」にある。

 全員参加の祝祭空間はやがて<観る・観られる>空間に分化し、ギリシャ演劇が誕生。
祝祭の場は劇場空間(ギリシャ劇場)へと変容する。 
ギリシャ演劇の初期においては、俳優は存在せず舞台も不用、コロスの場(コーラ)のみがあった。 
そこでは人々の言葉と身体が不可分であり、全員参加であるためまだ舞台も観客席もない。 
コロスは後の合唱(コーラス)へと受け継がれると共に、コレオグラフィー(Choreography=振り付け)をも意味づける。 
コロスの場(コーラ)は後にオルケストラと呼ばれるが、全員参加の祝祭時には群衆であり、掛け声をかけあい(コーラス)、踊る人々の為の群舞の場(コーラ=空間)。 
コロスは祝祭に参加する人々(合唱・群舞)と祝祭の象徴、超越的なるもの、つまり神と交歓・対話するためのアート行為。 

最初に生み出された舞踏の為のエリアをコーラとすれば、コーラにおいて踊りや演劇的行為=パフォーミング・アートを行った人々はコロス。
コロスは今も群舞や集団という意味で演劇用語として使われている。
また、この言葉は音楽用語で合唱を意味するコーラスの語源ともなっている。

2020年9月15日火曜日

モデルネの美学、アレゴリーとミメーシス

アドルノの「美的モデルネ」はモダニズムではなく、ボードレールの現代性を引き継ぎ、ブルジョワ社会とその商品世界を批判するものだった。
アドルノの友人、ベンヤミンの美学もまたボードレールから始まる。ベンヤミンとアドルノは共に商品の持つフェティシズム(物神崇拝・呪物崇拝)と芸術作品との関係がテーマだが、アドルノはフェティシズムの持つ二律背反性に視点を据えた<ミメーシス>による美学。
一方、ベンヤミンはフェティシズムの二重性を<アレゴリーに変えた美学。二人の方法の違い、アドルノは作曲家でもあり論理的、フラヌールなベンヤミンは経験的と思える方法と言う感想を持った。仲正昌樹氏は「ポストモダン・ニヒリズム」で二人を対比し解説をしている。この書の読み取りから今日はベンヤミンの「アレゴリー」とアドルノの「ミメーシス」の対比を試みる。 
 ベンヤミンは「ドイツ悲劇の可能性」(1928年)で崇高な自然の表象体としての象徴的芸術が解体する過程で現れたアレゴリー芸術の特質を論じる。 バロック芸術のアレゴリーによって表象されるのは<精神を客体化した>自然ではなく、自然が過ぎ去った後に残された廃墟。当時の悲劇によって舞台上演される自然史のアレゴリー的相貌は実際は残骸として現前する。そのような姿をした<歴史>は永遠なる生のプロセスとしてではなく、止まることのない、崩壊の過程として現れてくる。
そして、そこからバロック廃墟崇拝が生まれてくるとベンヤミン。つまりアレゴリーによって表象されるものは<自然>そのものではなく、自然が過ぎ去った後の廃墟。結果、描かれる<歴史>は永遠なる生のプロセスとしてではなく、止まることのない崩壊の過程、<アレゴリー>は自らの美が彼岸にあることを告白する、とベンヤミンは言う。こんな言説から、無謀だが、透視画法による理想都市図の意味、あるいはアルベルティやマキャベリの様々の叙述を思い出していた。
 <アレゴリー>を読む意味作用の主体である私が、自然を取り戻そうともがけばもがくほど、自然は私から遠ざかる。ベンヤミンにとって歴史とは、自然との和解(精神=主体/客体=自然)へと収斂していく救済の歴史ではなく、自然が崩壊していく<歴史>。従って、文字に書き留められた<歴史>の中には、生き生きとした<自然>の現前性を見出すことはできない。
<歴史>とは、もはや生を失った<自然>の死骸を<記号>によって結合した意味作用の連関にすぎないのだ。そして<象徴>が隠蔽してきた<自然>と<歴史>の間の弁証法的関係が<アレゴリー>の中に映し出されてくる、とベンヤミンは言う。 中世から近代への移行期に登場したアレゴリー芸術は、<象徴>形式に付着していた<感性的な美>の仮象を破壊し、死の相貌を呈する<自然=歴史>の本質を露呈してしまうと同時に、抽象化された<記号>の中に<超越的なもの>の痕跡を保持する両義的機能を果たしている。
このバロック芸術における位置付けをめぐる議論は、資本主義社会における芸術の在り方にそのまま引き継がれる、とするのがベンヤミンのアレゴリーなのだ。 ベンヤミンは「セントラル・パーク」(1939年)でボードレールのエクリチュールにおける<アレゴリー>の破壊的性格に言及する。
芸術とは本来、自らが感性的に知覚した<物>を像として再現、模倣しようとする、人間の営み。しかし、第二帝政期のパリで生活したボードレールを取り巻いていたのは高度に発展した複製技術を通して構築された商品世界だった。
 そこでは写真に代表される複製技術の発達で、人間の知覚は関与されずに、<物>を形象化することが可能になったのだ。しかし、商品として大量生産されるようになった<像>からは、かっての芸術作品が身にまとっていた<アウラ>が消えていく。アウラの衰退は、<物>に対する我々の知覚能力の衰退を意味している。 
ボードレールは技術によって画一化され、ステレオタイプが氾濫している商品世界の現実に反抗する戦略として、<アレゴリー>の破壊力を利用する。彼はテクストの中で<アレゴリー>は、生産体制に従って合目的的に秩序づけられている<物>相互の連関を切り裂き、<断片>化する役割を果たしている、としている。 

 人間の環境は仮借なく、商品としての表情を見せるようになると、同時に物の商品的性格を覆い隠そうとする広告が始まる。この商品世界をアレゴリー的なものへと変形するのは、商品世界の欺瞞的な美化に対する反抗と言えるだろう。この試みの対をなすのは、商品をセンチメンタルな仕方で人間扱いする同時代のブルジョワの試みと同じではないかとボードレールは考える。
なぜなら、ブルジョワは家財を包んでいるケースやカバーとまったく同じ意識で商品を覆いアレゴリー化しているからだ。 ボードレールはブルジョワジーが自らの環境である商品世界が紡ぎ出すファンタスマゴーリに無自覚に囚われることに危機感を覚える。人間の願望(ユートピア)を実現するために生産された<商品>が、逆に人間の願望をコントロールし、人間自体を商品化させるという皮肉な事態が生じているのだから。 
 ボードレールはブルジョワジーの倒錯した夢から身を引き離すため、アレゴリーの手法によって商品世界の中での<物>相互の組織的連関を歪んだ形で叙述する。彼の眼差しの中では、パリはアレゴリカルなタブローへと変貌していく。アレゴリー化された都市空間においては、<商品>を拘束していた既成の意味連関は寸断され、個々の<物>はモナドとして粉々に砕け散り、散乱した<物>は自然の残骸の様相を呈するようになる。
こうして商品の持つ物神的な連鎖を断ち切ったうえで、ブルジョワのユートピア願望の反映体である<商品>に潜む固有の<アウラ>を浮上させ、それを自らのまなざしの中で自覚的に捉えなおそうとするのがボードレールの作品なのだ。 
 バロック芸術におけるアレゴリーが、象徴的なものを崩壊へと追い込むと同時に、象徴の中に現前していた<超越的なもの>を抽象的の形式で保存する役割を果たしたのとパラレルに、ボードレールのアレゴリーは<商品世界>の一元的な価値のヒエラルキーを寸断し、商品の持つアウラ的なものを我々のまなざしの中へと現象させるという両義的な機能を担っている。
商品経済の中で硬直化しつつある我々のまなざしは、アレゴリーの破壊作用によって瞬間的に<覚醒>へと導かれる。つまり、ボードレールにとって「アレゴリーはモデルネの武具なのだ」とベンヤミンは言っている。 
 しかし、やがてベンヤミンは芸術作品の脱アウラ化と共に生まれた大衆芸術の可能性について楽観的見解を示すことになる。「複製技術により、その存在の一回性は脱落しつつあるが、今、ここにしかない真正なものであるからこそ、オリジナルはコピーにはない権威を持っていっている。複製技術においてはオリジナルとコピーの関係が根本的に変化するのだ。複製技術によってアウラは衰退するが、芸術作品は伝統の拘束から解放しつつある」とベンヤミンはアレゴリーに新たな意味を見出している。
 しかしアドルノは、大量複製技術はアウラの衰退を加速させ、それによって芸術作品を祭祀価値から開いたことは評価するが、映画などのニューメディアが大衆の主体意識を覚醒させる作用があることを前提としてしまうと、映画自体が生み出す新たなフェティシズムに対して無防備になる可能性があると、彼は懸念する。
 芸術の自律化、そのプロセスは<人間性>という理想の実現。しかし、その方法は脱神話化から啓蒙のユートピア。そこでは芸術として映し出される人間性と一致することはなかったのだ。芸術という尺度から見ると、社会は次第に非人間化していった。芸術が指示する<人間性>は現実社会の基盤である<人間性>とは全く異質なものとなってしまった。
従って、ここからは自律した芸術は、非人間的社会にとっては<他者>という機能を果たさざるを得ない。芸術は自らの進んで行くべき方向に確信を持つことができない。そのため芸術は自らが作り出した<美>の仮象を次の瞬間、自らの手で破壊しなければならない、というジレンマを背負わされている。
しかし、アドルノの<美>の仮象、それは模倣<ミメーシス>の対象となるべき社会的現実は実体としては存在しない。芸術は<現実>とは異なったもの、理解不可能なものを呈示し、間接的に社会を<批判>することが芸術の自律の方法としたのだ。 世界とのコミュニケーションは、非コミュニケーションを通してしか成立しない。
アドルノは自律的な芸術は生産秩序を支えているコミュニケーションを破壊することによって、メタコミュニケーションを開示することを目指した。従ってミメーシスは逆説的機能を帯びている、と言って良いだろう。
 アドルノからみれば、後期資本主義社会における文化産業は交換経済の中で<新しいもの>、それはアウラ的なものを内包している<展示価値>であり、交換経済における反復再生産するシステムにすぎない。 アドルノのミメーシスによって<芸術>に映し出されるのは、社会が自覚していない、あるいは自覚することを回避している社会自体の物象化された姿。
後期アドルノの美学は、市民社会を支える合理性をトータルに否定するのではなく、合理性の根底に沈澱している呪術的なものの残滓を内側から露呈する戦略を取る。アドルノは一切の救済の仮象を破壊することで、形而上学の誘惑に抵抗する。 
モデルネの芸術作品の抽象性は、それが一体何のために存在しているのか理解できない苛立ちを我々の内に引き起こすことにある。それは、抽象的な<同一性>に仲介されるコミュニケーションのリズムを乱すことに意味がある。モデルネは商品世界のグロテスクな抽象性をむき出しにすることで、同一性の支配に変調をきさせるのだ。そこには、同一化の原理の圧迫の下で<人間性>の仮象が完全に死滅してしまうことだけは最低限阻止するという戦略しか残されていないのだから。

2020年9月14日月曜日

アドルノの美的なるもの、そのミメーシス


アドルノの美的なるものの構成は、キルケゴールの人は自己の中の美的なるものによって生きる、を引き継いでいる。
しかし、キルケゴールは自己の理性・精神の行き詰まりを、そのかなたに神を捉え、それにすがってしまうところにはアドルノは納得しない。
形式としての主体が、内容としての客体の正当な権利を侵害してしまうからだ。
アドルノはキルケゴールの主張を、弁証法で乗り越える方法的態度をとる。

本来、精神ないし理性は自然(外部)なくして存在することは出来ない。精神の批判は自然との和解の自覚を示唆するものなのである。(同一性・非同一性の弁証法)
アドルノの理性批判は自然との和解、自然こそ根源的なもの。精神(理性)は自然について由来する自然の一契機にすぎない、と言うところにある。

キルケゴールの実存主義は、資本主義から自己喪失され、大衆化・物象化していく歴史に対し、自己の自由・自律・主体性を頑なに守ろうとするもの。
それは客観的精神・理性の展開に真理を見る、ヘーゲルに対抗している。
つまり、人間とは精神、精神とは自己、内面的精神が行為の尺度なのだ。
しかし、アドルノのキルケゴール批判のポイントは客観的・外的な対象を持たない内面性としてのみの主体性にある。

アドルノの美的理論のポイントは自己の中にある美的なるもの自体が客体に対する関わりを示している。つまり、美的なるものは動的であると同時に、ミメーシスなのだ。
アドルノの美的理論は18世紀のカントの観念論と同時代に誕生したばかりの芸術家の主観主義(反ミメーシス論)を批判している。
アドルノのミメーシスはシェーンベルクの無調音楽から読み取れる。それはシェーンベルクの弟子であり、アドルノ自身の音楽の師でもある、アルバン・ベルクに引き継がれていく。