2010年4月30日金曜日

アルスとウースス

(アルスとウースス) 初期の教会の音楽には全音階を用いなければならいという不文律がある。半音階は悪魔の音階と考えられ教会の中では許されていないからです。
十三世紀になるとこの音楽上の制約から、いかに表現の可能性を汲み尽くすかがポイントとなり技法の開発がなされた。
その技法をアルスという。

アルスの対語がウースス、一般的慣習を意味する。
ウーススが支配する民族音楽、世俗音楽には半音階が多用されていたが、これらの音楽とは別個に、楽譜の上でアルスの開発を進めたことが、その後のヨーロッパ音楽を大きな発展に導いた。
ヨーロッパの音楽はウーススから離れアルスの開発に向かうことにより、教会の音楽のみならず世俗の音楽もまた、単なる感情の表現媒体として捉えたのではなく、人間による思考や学問の一形態として位置づけられるようになった。
音楽は多くの知識人や貴族たちにより、人間の思考の結果としての産物、作品として認められたことが重要です。

ギリシャ・ローマの世界では作品を生み出すことが可能なのは詩神(ムーサ)、あるいは詩学を学んだ詩人のみ。
十三世紀、アルスの開発により、音楽は詩学とみなされ、音楽家は詩学を学んだ詩人と同列に位置づけられた。
つまり作品の誕生は、同時に音楽家あるいは作曲家の誕生を意味していたのです。 (作品の誕生)
十四世紀になり音楽の状況は大きく変わった。
教会に仕える聖職者であり「捧げものの職人」たちは、世俗にあっては娯楽を提供する役割をも担うようになっていった。
司教座聖堂参事会員という肩書きを持つギョーム・ド・マショーは様々な世俗音楽を生みだすと同時に、アルス(技法)にのった自由な音楽作品を作曲した。
「楽譜」の上での作曲はヨーロッパ音楽を途方もない大きな世界に導くことになります。
もともと音楽という世界は絵画や建築とは異なり、全体が見渡すことが不可能な分野です。
常に演奏している一部分だけが存在し、作品の全体は終わった後の余韻としてしか残らないもの。
しかし、楽譜に書き留めることで、全体を見渡し思考することが可能となった。
つまり、建築と同じように音楽に空間性を与えることが出来たのです。

空間性を与えられた音楽は始まりから終わりまでという時間の中に、あるくぎりを獲得することが可能となる。
ひと区切りの全体を一つの「作品」として捉えることで、音楽は職人による演奏ではなく、全く新たな道を歩き始めることとなる。
現代の私たちは当たり前のように近代ヨーロッパにおけるたくさんの音楽作品を楽しんでいるが、西洋人でもない私たちが、なぜ、自国の音楽以上にヨーロッパの音楽を楽しむことが出来るのか。
それはヨーロッパの人々が作品に対し、より自覚的であったからにほかならない。
どんな物事に対しても自覚的に関わろうとすることから、より理性的に客観的に、誰にでもわかるようなやり方で作品を生み出してきたからだ。
古代ギリシャ以来、人間が生きる「自然の世界」以上に、人間が住まう「観念の世界」に対し揺るぎない信頼を与えてきたヨーロッパの人々は、神様が絶対の中世から、人間が中心となるルネッサンスの時代をむかえると、音楽的を作ることは神の世界と同じように、信頼に足る確かな世界を生み出すことみなされた。
そして、その創作にあたっては人間の持つ主知・主情のみがなせることであると強く意識していたのだ。この強い意識が複雑・多岐な想像的人工物の総体である音楽を、オペラ(=作品)として積極的に生み出していくことに繋がっていったのではなうだろうか。
先を急ぐ前に、次の節で理性を尊ぶヨーロッパに触れてみよう。