2010年2月3日水曜日

サンジョルジョ・マジョーレ

16世紀、名も知れぬ庶民の息子として生まれたパッラーディオとモンテヴェルディがともにヴェネツィアを飾る偉大な建築家そして音楽家となった、という話は前述のブログだが、二人の最も重要な照応はその建築と音楽の構成にある。
その照応とは「重ね合わせ」と言う手法、そして、その手法が意味するものと言っておこう。

言葉だけでは説明出来ないことだが、まずは、サン・ジュルジョ・マジョーレのファサードの構成は二つの古代神殿の「重ね合わせ」となっているということを確認しておきたい。
それも、キリスト教にとっては異教であるはずのギリシャ神殿のファサードが二つ重なりあって、教会堂の正面が形づくられている。
背の高い身廊とそれを支える側廊を持つ教会建築では、その高さの異なる形態をどのように一つの建築として纏めるかが建築家の手腕の発揮どころ。
パッラディオはその正面を二つの神殿の「重ね合わせ」ることで解決した。
さらに重要なことは教会の内部空間もまた「重ね合わせ」だと言うことだ。

ファサードだけではなく、「重ね合わせ」が内部空間にも及び、身廊と側廊という二つの部分を意識的に区分けしてデザインを施した教会の例はこの教会以外ほとんどみられない。
これもまた図版で確認できることだが、サン・ジュルジョ・マジョーレの身廊の柱脚はファサードの注脚がそのまま内部空間でも使われ、背の高いデザインとなっている。
一般に内部空間では身廊・側廊全ての柱は同じ高さの脚の上に載っているが、ここでは身廊と側廊の注脚の高さを変えることで、外部と同様内部空間もまた、二つの建築の「重ね合わせ」、つまり、空間と空間の「重ね合わせ」として表現されている。
パラーディオはギリシャの円柱を正面の飾る記号として用いたのではなく、二つの二つのギリシャ神殿その空間そのものを「重ね合わせ」ることで、内部空間もまた二つの神殿であることを明確に意識づけデザインしたと考えなければならない。

面白いことに、モンテヴェルディもまた「聖母マリアの晩課」を「重ね合わせ」の手法で作っている。
詳細は件のガーディナーがこの楽曲の解説を詳細に語っているので、DVDを見ていただきたいが、ここでは簡単にガーディナーは「聖母マリアの晩課」は最初の5曲と最後の2曲が聖母に捧げられた聖歌であり、その他はソロの歌曲を含んだ小曲によって構成されると解説している。

その全体は荘重な宗教的大曲、しかし魅惑的官能的なラブソング集でもある。
特に独唱モテット「私は色が黒くても」は旧約の中の雅歌を典拠としていても官能的快楽がテーマが奏でられている。
ガーディナーはこのことを指し、「聖母マリアの晩課」は世俗の世界と宗教的聖なる世界とが巧みに重層化した音楽と呼んでいるのです。

世俗世界と宗教的聖なる世界とが巧みに重層化していると言えばまた、パッラーディオのサン・ジョルジョ・マジョーレもまた同様です。次の部分は「パッラーディオ:福田晴虔」に詳しく書かれている内容、簡略化すると、この教会は互いに独立した三つの部分の集合と言うことです。
バシリカ風の会堂、四柱の間のような完結性を持った内陣、劇場風の聖歌隊席。俗衆が集う会堂と修道僧達の聖歌隊席が互いの対峙したかたち。修道院建築は本来、修道士達の日々の勤行や修道会の催すミサのための施設。そこは一般会衆のためと言うより僧侶達が特権的に占有する場という性格を持つ。
従って彼らの修行の場である聖歌隊席は大祭壇に最も近くそれがよく見える場が与えられ、一般会衆はその背後の、大祭壇からははるか遠くに追いやられるのが通例であった。
つまり、この「教会」もまた「晩課」同様、世俗の世界と宗教的聖なる世界とが巧みに重層化した建築と考えて良いようです。

聖職者の一般信者に対する優越的な扱いが反省され、大祭壇が一般信者に開かれるようになるのは、実は今世紀の第二ヴァチカン公会議以降のこと。サン・ジョルジョ・マジョーレの教会堂はこの公会議の決定を400年遡って実行している。
つまり、パッラーディオは400年も前に現代の教会建築在り方を先取っていたのであり、モンテヴェルディーもまた同時期、「重ね合わせ」による今ある教会音楽の形式を切り開いていたのです。



(San Giorgio Maggiore Church from RockhavenW on YouTube)