2010年2月24日水曜日

インビクタス


夕方から、新宿バルトでインビクタスを観る。 評判のラグビー映画だ。 しかし、映画は大統領マディバ(マンデラの黒人仲間の愛称)と ラグビーチーム主将フランソワの物語ですね。 アメリカ特有の愛国精神強調はボクの好みではないが、 題名はインビクタス(負けざる者たち)。 チーム(そして国民)に不屈な闘争精神を作り出そうとするリーダーシップ、 人の上に立つ二人の男の話です。 ラストのオールブラックス戦は熱狂と感動に包まれる迫力があるが、 むしろ、試合後のタイトルエンドに流れる音楽がよかった。 それは熱狂とは異なるが、静かな爽やか、気持ちのよい時間だ。 (オリジナル・サウンドトラクが売れていると聞くが解るような気がする。 まだ音楽が続く暗闇の中、ソソクさとせきを立つ隣席のカップル、 彼ら上映中も頓珍漢なラグビー話でうるさかったのだが、 二人はこの映画の何を見たのだろうか。 どうでも良いことだが。) 主人公のキャプテンがフランカー(6番)だというのも興味深い、 原作者はラグビーをよく知っている。 どこの国にもいるおかしな解説者、かれは映画ではコケにされ、 監督やコーチというラグビーの首脳陣は物語にはほとんど登場しない。 そう、ラグビーはキャプテンが中心だからだ。 そして、フィールドの15人とリザーブの7人、22人のゲーム。 ラストのインタビューもインビクタス、 その言葉はラグビーのキャプテンならばこそだ。

2010年2月19日金曜日

可能世界空間論 初台ICC


気になっていたが、行きそびれていた展覧会。短時間だが覗いてきた。 ICCは便利な場所、もっと気軽にと思うが、結構、脚が遠い。何故だろう。 初台はいつもオペラやコンサートという先入観がどうもボクには強い。それも夕方から。 結果、行きなれてる反面、昼間の時間帯、いつも行けるという思いから、 かえって、見るべき展覧会をパスしてしまう結果に終わる。 病み上がりの今日、たまった仕事は切った貼った、 要は何を取り、何を任せるかだ。決めれば簡単、初台には3時に到着。 やはり来て良かった、平日は空いている。 インスタレーションは、眺めるだけではダメ。 体験しなければ。いやぁ、面白い、何が、どれもが。 ここの展示は解説は難しいが、体験すれば5歳でも楽しめる。 プログラムに関心があればICCのホームページを覗いてください。 http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2010/Exploration_in_Possible_Spaces/about_j.html ブログでは今日の収穫を一つだけ、感想を書こう。 やはり、面白かったのはメインの「中心が移動し続ける都市」。 当然、この話は5歳には無理。 そもそも、「空間の表象」とはフランスのアンリ・ルフェーブル。 ギリシャの「ユークリッド空間」やルネサンスの「透視画法の空間」、はたまた近代の「均質空間」等すべての思考する空間を否定する概念。 視覚でも、読解でもない、空間の立ち表れ方を言葉で表している。 そんな空間を展覧会では「柄沢祐輔+松山剛士」の二人が懸命に捉えようとしている。 一つの方法として。 それが「中心が移動し続ける都市」。 ひどい、こんな説明では5歳以上でも何も解らない。 でも、面白い、28日までやっている、覗いてみて下さい。 ごめんなさい、何も説明出来ていないブログです。 5歳に戻って楽しませていただきました。

2010年2月6日土曜日

つばめ


昨晩のBShiのメト・ライブビューイング・オペラはプッチーニの「つばめ」昨年の今頃、銀座東劇で上演されたもの。 ボクにとっては、はじめての「つばめ」、それもTVでは、やはり魅力は半減、主人公マグダとルッジェーロを歌うアラーニャ夫妻にも不満足だった。 
しかし、これは二人の責任ではない、TVだけ見て、ごたごた言う資格はない。 「つばめ」のマグダはマノンとトラビアータのヴィオレッタの間にある女性と、マグダ役のゲオルギューが放送の中インタビューで答えていたが、なるほどと思った。 
オペラは一般的には真実みある女性像より、描かれるのは類型的な女性像。この「つばめ」はヴェリズモのプッチーニの面目躍如のオペラ。 世紀末パリのリアルな女性の一人、その人物描写は克明に描かれている。 金持ちに囲われ愛人生活中の彼女、田舎からの純朴なルッジェーロ(トラヴィアータのアルフレードと全く同じ)に恋をする。 
二幕で繰り出したカフェ(ラ・ボエームと同様)のシーンでは過去のお針子時代の人となりをも細かく表現するリアリティ。 決して単純に愛に生きる可哀想な女性ではないことが真実みを持って描かれている。 そして、最終幕、彼女は(ヴィオレッタやマノン)のように決して死ぬことはない。 「あなたのやさしいお母さんが気に入ッて下さるような女性ではない」と泣き泣きではあるがルッジェーロに告げ、再び愛人生活に舞い戻る。 昨日のオペラのなかでの収穫はマグダとルジェーロに重なるもう一つのカップル、プルニエとリゼットだ。 ストーリのなかでのこの二人の存在は主役二人の表に対しての裏、あるいは、同時代の愛のかたちの対位法、 ドラマと音楽と言うオペラの魅力をより輻輳させ生み出している。 
対位法を歌ったプルニエ役のブレンチューとリゼット役のオロペーサ、その歌声は主役二人より、少なくとも今日のTVの中でも冴えていた。 終わりに一言だけ、好きなバス、サミュエル・レーミーがランバルト役で歌う、風格ある演技と声、いつも魅せられます。

2010年2月3日水曜日

ばらの騎士  


これから、オベラ・ばらの騎士、東劇のメト映画、フレミングです。 from Echofon 昨晩のサロメもどうようだが、シュトラウスの旋律変化に富むソプラノは容易ではない。どうしても、喉を、感じてしまう。しかし、スーザングラハムは素晴らしい。フレミングは前回のタイスと比べるとチョット苦しい。しかし、やはり、シュトラウスはいいですね。 from Echofon オックス男爵、独壇場の第二幕。ウインナワルツの役割が少しわかったかもしれません。三幕はいよいよウイン特有のどたばたと元帥夫人の威厳、たのしみです。 from Echofon 二重唱からはじまったばらの騎士は終幕の三重唱、二重唱で一つの「すり替え劇」の幕がおります。今晩、敢えてこのオペラを幕間ごとにツィットしたかったのはこのオペラ全体がフィガロの結婚のすり替え劇であることを確認する為。オペラの面白さはこの大きな知的韜晦にもあるようです。 from Echofon 元帥夫人の毅然たる退場に今日も感動。 大画面で「バラの騎士」を観た。 すでにTVでも放送されたフレミング・グラハム・シェーハー・ジグムンドソンのメト版。 映像であることから気がついた今日の発見。 一幕の寝室、二幕のサロン、三幕の白鳥亭、 どの舞台背景も床の広がりと天井の高さに偽りがない。 全て2階席正面からの見通しで当時の空間が完璧に表現されている。 今の建築にここまでの周到さが見られるだろうか、 改めてメトのオペラ作りに感心した。