2010年4月9日金曜日

法隆寺・室生寺・長谷寺・阿修羅像(奈良国宝館)

法隆寺
今回の奈良は塔を見るのが目的。 
最後の一日は室生と長谷に行こうと決めていた。 
しかし、まだ斑鳩にいる。 
朝は8時から法隆寺西院伽藍の見学は出来ると昨日知った。 
春の花咲く斑鳩、もうしばらくここに居ることとし、朝一番でまた西院伽藍に入場した。 
昨夕に比べ、天候は曇り、霧雨か空気が重く、気温も低い。 
見学客もまだいない。 
中門、回廊、金堂、五重塔、修理中の講堂・・・、朝の冷気の中、全く初めて見るんだという気分に引き戻し、中門の前にたった。

そして、突然思い出した、中門の柱列が偶数(4間)であることの意味。
かって、岡本太郎が建築家の無知に怒ったエッセー「今の建築家はなにも知らない、門は当然、奇数間であるのに、この中門は敢えて偶数間でデザインされている。何故なら、この門は入るべからずがメッセージなのだから」。
伊東忠太も中門の偶数間に触れたエッセーがある、確か、怨霊封じという説明だった。
どちらにしろ、門は出たり入ったりを意識させるのがその役割、ただただ意味もなく建築された訳ではない。
この門は敢えて偶数間のデザインつまり、真ん中に柱が立ち進入を妨げるメッセージを持っていることは事実だ。

謹んで入門し、改めて木組みの詳細を眺め回った。 
再三書いているが、法隆寺の木組みは部材が大きく、簡素。 
今回とくに印象的なのは回廊だ。 
その柱・虹梁・回廊幅・柱間隔・棟木・垂木・連司格子・腰と天井の小壁そして床。
 この全体の構成の見事さはほかでは体験できない。 
凛々しく、清楚、伸びやか、ゆるみは無く緊張感があるが決して息苦しくはない、伸びやかでおおらかだ。 
素晴らしい、プロポーション、空間間隔。 
人に邪魔されること無く、一人、靴音を響かせていると、人知れず古代楽器の音楽が聴こえてくるような気がする。
 
帰り際に再び境内から真近かに塔を仰ぎ見た。 
そして、一つだけ気になる。 
松は邪魔だ、貧弱だ、汚らわしい。 
何故、この聖域に松があるんだ。 
どんな意味を持っているのか。
 西洋でも東洋でも、聖域に自然木があることは珍しい。 
火あるいは水はあっても、自然木が植えられていることはほとんどない。 
それと植えられた松の位置が気に食わない。 
多分、この空間内に意味をもって植えたのではなく、外からの眺めのみで決めたに違いない。 
それも、江戸時代だろう、この時代の見識者はすでに聖域に対するセンス、聖域の持つ意味を理解していない。  

もう一つ、昨日拝観損ねた大宝蔵院に行く。 
管理人が床を掃く中、百済観音を拝む。 
いい仏です。 正面から拝む、柔和、やさしい、あたたかな微笑み。 
側面から眺める、ゆるやかな曲線、ここにもまた古代の楽曲。 
大宝蔵院にはさらに夢違い観音、玉虫厨子、金堂の壁画等々。 
東京の展覧会では決してあり得ない、最高の国宝群を独り占めするという贅沢な朝だった。


 

室生寺

法隆寺バスセンターから近鉄の小泉に向かう。 
ここから大和八木、そして青山町行きの急行、室生寺大野はあっという間だった。 
室生寺は友人とレンタカー等でクルマで行くことが多かったが、今回は久しぶりの電車。 
じつは前回も電車だったが、その時は三重の仕事のついで、名張経由でとんでもない時間がかかった覚えがある。 
今日はウソのよう、法隆寺ですっかり朝の時間を楽しんだので、到着は昼過ぎてもしょうがないと思っていた。 

高台のある駅のスロープを広場に降りると、そこにはバス、便利だ、車内は満員だがわずか15分、早い。  
赤い太鼓橋が迎える、女人高野と言われる室生寺。 
ここはいつも山深く寂寥な雰囲気。 今日は参道の茶店の呼び込みも賑やか、花も新緑も人も皆あでやかだ。 赤い門をくぐり階段をあがり本堂をぬけると、赤い三重塔、ここはまた、なお一層あでやか。
 小振りで繊細のこの塔、鎌倉ではない、平安か室町と思っていたが天平だった。 
周りの杉木立の猛々しさに比べ、まさに女人の趣、五重に屋根を広げ舞を舞うかのような印象。

塔まで登れば、ここからは胸突き八丁。 
奥の院までは延々と階段が続く。 
大方の女性客、さすがに、この階段にチャレンジする人はほとんどいない。 
いやぁ!きつい!まだかまだか!脚はガクガク、心臓バクバク。 
ようやっとも思いで奥の院の小さな境内に昇りつく。 
正面には朱印をいただける窓口があり、のほほんと年配の寺守さんが、昇りつく参拝客を見守っている。 
ここまでチャレンジしたのは今日で2回目。 
前回は友人と一緒だが今日は一人。 
苦難を制覇した証拠になるなら、おでこで良いから朱印をいただきたい気持ちだ。
 人心地してから舞台に出る。 
木の間がくれだが、里の屋根が垣間見える、わずかだが、薄赤い山桜の花と一緒に。

帰りのバスでは一駅前の大野寺で降りる。 
曇り空とは言えここは花の名所、室生参りの客は今日は皆ここにも立ち寄るようだ。 
小さな境内のほとんどがしだれ桜か、その豊かさに息を飲む。 
ここはこの境内から室生川の対岸に掘られた磨崖仏を参拝する場。 
しかし、圧倒的に咲きそろう花の見事さにほとんどの客が目を奪われている。 
大野寺の階段をおり、河原に目をやると、大きな磨崖仏の下、ハイキングのお弁当を広げている幾重かの集団。 
生きとし生きるものを眼下にした大仏は、ものみなの幸せを微笑んでいるかのようだ。
 となるとこちらもあやかりたい、道路脇には幸い、屋台の列。 ひと串百円のこんにゃく玉を所望しパクついた。



長谷寺

長谷寺も近かった、室生からは電車でふた駅。 
この寺はちょくちょく訪れる、真言宗豊山派の総本山、わが寺、青梅即清寺の源だからだ。  
当然、わが父もここに眠る、したがって、奈良に行けば立ち寄り、三重に行けば立ち寄ることになる。  
室生とおなじ、駅を出て山を下ればそこは初瀬川、橋を渡れば参道だ。 今日は丁度昼時、橋脇のいつもの店でうどんをすする。 
いやぁ、ここの店主もいつものおばあさんだ。 
わずか600円のうどんだが、決し決して、侮れない。 
もちろん、ここの名物はそうめんには違いない。  
しかし、ボクはこの店の、このばあさんのうどんが好き。

 
人心地ついて参道を歩く、今日は観光客が一杯。
 ツァーバスもあえて山門前を避け、参道を歩く、ゆっくり参拝がメインのようだ。 
したがって、寺まで700メートル位だろうか、まるで、都会の繁華街のようなにぎわい。  
にぎわいは山門をくぐるとなお一層だ。 
この寺は奈良でも大きい。 
今回は東大寺も興福寺も訪れてないが、ここのにぎわいは薬師寺、法隆寺にも負けることはないようだ。 
名物の階段回廊はラッシュの渋谷駅か、当然だろう、 周辺はここぞとばかり花一杯咲き誇っている。 
立ち止まりカメラに家族を納めたい集団、段数の多さにややへばり、一息つきたいご老人、 その脇をざっとのごとく駆け抜ける高校生らしい男女の華やぎ。 
今日はさすがに、仏となった親父と会うのは難しかろう。 
正式参拝をあきらめ、かって知ったる抜け道を上がり下ろし、 花と塔と舞台をiPhoneに納め、早々に退散した。 


阿修羅像(奈良国宝館)

さぁ、終わった。 
帰ろう、あとは近鉄で京都に出れば、もう東京だ。 
たぶん、法隆寺から室生に行く時間と変わらないかもしれない。 
しかし、まだ3時。 
大急ぎ、駅に引き返し、奈良の国宝館に寄ってみることとした。 
国宝館には4時過ぎには入館出来た。 
当然の人ごみだが、ここにはなんと言っても八部衆とそのメイン阿修羅像がある。 
人ごみと言ったって、東京の国立博物館とは違う。  
目の前でたっぷり全像を拝観出来るのだ。 
コースはよく出来ていて、まずは旧山田寺の仏頭、あの凛々しい少年のような仏様。 
そして回り込み、興福寺の国宝の数々を見学し終わると、 最後がいよいよメインの阿修羅。 
その周辺は先ほどの仏頭と入れ子の配置で興福寺西金堂の本尊、 大きな釈迦如来像が君臨している。 手前はこれもまたすばらしい。 
八部衆とは面白い対比となる十大弟子立像。 
そして振り返れば、かの乾漆八部衆。
 このスペースは国宝中の国宝がすべて一望のもと。
 大げさな言い方だが日本で最も贅沢な場所と言って良いかもしれない。 
幸い、ここも閉館は午後5時、まだ時間はある。
 居座りながら阿修羅をたっぷり眺めた。 
そして、気がついた。 
面白い、この像だけが鎧兜がない。 
その仕草、外の七体いや実質六体ははほとんど動きがない。 
手前の十大弟子も同じだ。 
しかし、どうして阿修羅だけ、こんなに手を広げ、首を動かし舞っているのだ。 
まるでギリシャの踊るサチュロス! 
さらに、もう一つ、阿修羅の目は涙目だ! 悲しんでいるのではない、むしろ喜んでいる、 しかし、その瞼には涙が浮かんでいる。
時間が来て国宝館を追い出されたのは定時だが、 その目の前には興福寺の五重塔がまた明るくなったかのような夕の光に照らされていた。 
どうだ、もう帰れるか、もうひとまず、猿沢の池に下り、塔を眺める。 三条をぶらつき駅近のアーケードで土産と車内弁当を仕入れ、 近鉄奈良駅に向かった。