2015年6月21日日曜日

ウォッチメーカー ジェフリー・ディーヴァ

ジェフリー・ディーヴァは現代アメリカのベストセラー作家だが、このミステリーが初めてだ。 amazoneのプロモーションに乗りpaperwhiteにDLした。 さすがにベストセラー。 ニューヨーク、ロワーマンハッタンのチェルシー埠頭に残されたクラシックな置き時計がドラマの始まり。 死体はハドソン川だろうか、残された置き時計だけがチクタクと時を刻む。 しかし、ドラマの魅力は、よくあるサスペンスの刻々と動く針音ではない。 時計というメカニカルな装置の持つ徹底したコンプリケーションがテーマとなっている。 時を刻みドキドキさせるのは時間ではなく、自分自身の身体がこのドラマの中に引き込まれ、登場する多くの刑事たちと一緒に謎解きに参加しているという感覚。 この楽しみは映画では味わえない。 映画ではどこまでも自分自身はドラマの外側にいて、刑事たちの動き回る街や状況を文字通り動画として眺めているに過ぎない。 しかし、ウォッチメーカーではドラマの中、読んでいると言うより参加しているのだ。 この人気作家の作品の映画化が少ないのがよく判る。 彼は小説は映像では描けないドラマの臨場感を文章にしている。 そんな小説を日本語にしてくれている訳者も素晴らしい。 ボクにとってはニューヨークはたった二度しか無い体験だが、 彼の小説は その空間と時間体験をまざまざと蘇らせてくれる、驚くべき魅力だ。 追加コメント 「ウォッチメーカー」投稿後の昨晩、ディーヴァの「ボーン・コレクター」をレンタルビデオをで観た。 デンゼル・ワシントンのライムとアンジェリーナ・ジェリーのサックス。 好きな二人の共演、見逃せないと思い早速借りてみた。しかし、成功しているとは思えない。 小説にある知的な部分がエキセントリックで残酷なイメージの連続となってしまっている。マンハッタンも夜のシーンばかりで、小説にあるマンハッタンのの喧騒が描かれていない。 ディーヴァの作品は映像化するより、電子ブックの中の想像世界として楽しむのが良さそうだ。 作者が映像化したくないの良くわかる。彼の小説は映画の素材として地味すぎ映像化しにくい。映像の押し付けではなく、文章のイメージをいかに描くかがミステリーやサスペンスの映画化の役割と言える。

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