2013年8月3日土曜日

フィレンツェの二つの聖堂

(サン・ロレンツォ聖堂)
透視画法の発見によって生み出された考え方が直接的に表現された建築がフィレンツェに二つある。 サン・ロレンツォ聖堂とサント・スピリト聖堂。ともにブルネレスキの設計。
 サン・ロレンツォ聖堂(図版)は1419年頃設計が完了、資金難のため工事は何度か中断し1461年になってようやっとその交差ドームが完成する。 しかし、ファサードは補修されただけの未完のまま現在に至っている。 平面図を見ると、聖堂は交差部の正方形が基本単位となり、身廊は四つの正方形、両脇の側廊はその二分の一の八つの正方形で構成されていることがわかる。
 実際の建築の交差部に立ってみる。(写真) ここでは前後左右均質に作られた透視画法の空間を真のあたりに体験させられる。 さらに、床の正方形パターンと格天井のグリッドにより透視画法の空間的座標が一層協調され、まるで自分自身が絵の中の世界に入り込んだかのような感覚にとらわれる。 事実、この時代、建築と絵画の違いは、今のような種類の違いではなく、芸術的手段の違いに他ならない。
 建築空間を体験することと絵画空間を眺めることは全く同質の空間体験と同じ。 建築空間と絵画空間どちらも共にシンボルによって生み出されたイメージ空間(虚構の空間)、建築空間をリアルな日常空間としてのみ体験し、絵画空間と同様の虚構の空間としての体験を軽視する現代の我々、建築は想像力で体験するイメージ空間であったということを忘れてしまっている。 

十五世紀の人々にとって建築空間はリアルな日常空間である以上に、想像によるイメージ空間、それが西ヨーロッパの建築空間を読み解くためには不可欠。 サン・ロレンツォ聖堂で体験者が持つイメージとは、それは合理的な人間的空間の中に位置付けられた、己の身体そのものを実感すること。 その体験は神の絶対的支配を前提として生きているこの時代の人々にとって、全く新しい世界、新しい神の発見に他ならない。 何故なら、彼らはいままでは神の国の内にのみ己の場所を見いだしていたはず、しかし、透視画法による距離、あるいは「数」という概念で神なしで生きる、自分自身の空間を発見する事が可能となった。透視画法の中の建築を体験することで「神の存在」ということより、古代ギリシャに通低する宇宙の秩序を実際に目にする。 神なくして秩序を目にすることを可能とした建築、ブルネスキはサン・ロレンツォ聖堂を作ることで透視画法の持つ意味を多くの人々に示している。
(サント・スピリト聖堂)

サント・スピリト聖堂はブルネレスキ晩年の仕事。この聖堂もまた交差部の正方形が基本単位となっている。 図面をみれば基本単位による幾何学的構成がサン・ロレンツォ聖堂より一層徹底して適用されていることがわかる。(図版) さらに特徴的なことは、この聖堂の入り口である正面部分を除けば、周囲の全ては側廊部の基本単位を直径とするニッチで囲まれている。 左右の両翼は内陣と全く同じ平面形状を持ち、バジリカ形式(長方形プラン、身廊が長く軸線をつくる)であるが故に身廊部分のみが内陣の三倍となっているが、このことを除けば、前後左右全く同型の点対称図形として構成されている。
 ブルネレスキはここでは最早、伝統的な教会建築ときっぱりと訣別した。 従来の教会とは全く異なる空間イメージの表出を試みている。 それはまるでチェス盤の上に立っているような体験。 そのイメージとは後の十六世紀の建築家パラーディオにも引き継がれるが、神を中心として序列化し、秩序づけられた空間を、敵でも味方でもない等質な空間に変質させていることだ。
サン・ロレンツォ聖堂とサント・スピリト聖堂が示す明瞭さと穏やかさ、あるいはきちんとした整合性を持った佇まいと呼べるもの、それは壮大で超越的な当時の西ヨーロッパのゴシック建築とは全く異なる建築。 透視画法から生まれるこの穏やかな知的整合性は、その後に引き継がれる多くのルネサンス建築の大事な特質となっていく。