2012年12月26日水曜日

レ・ミゼラブル


新宿バルトで「レ・ミゼラブル」を観る。 場内は満員。 撮影時に歌部分の音声も現場取りしたという画期的ミュージカル映画。 しかし、かって帝劇で見た舞台、あるいは子供の頃読んだ「ああ、無情」のような感動がボクにはない。 点数は60点。 何故だろう? 隣りの人のキャラメルコーンの音と匂いばかり気になっていた。 音と音楽が満足できない。 地声で絶叫するだけでは、ストーリーが見えない。 クローズアップ多用の映像がリアルだけに、もっとリリックでヒューマンな物語であって欲しい。 Like0

2012年12月20日木曜日

李陵


李陵が面白い。 匈奴と戦った漢の武帝の時代の司馬遷、蘇武、李陵という3人の逸材の話だ。 中島敦の小説、青空文庫45ページ足らずだが、出来の良い映画1本しっかり見たという気分。 古くさい文体が紀元前一世紀の男臭さい武人にはピッタリ。

2012年12月15日土曜日

雨の日の温か散歩、加賀藩下屋敷と石神井川

師走の休日、15人ほどの建築仲間は午後0:30、JR板橋駅に集まった。 池袋から一駅だが、ボク自身ははじめて降りた駅、小さな改札口を出ると雨脚は強まってきた。 ここのところ天気予報は時間単位でもよく当たる。 時間通り集まった仲間たち、再会の挨拶もそこそこに年末飾りの提灯で埋められた駅前広場を通りぬけ、まずは近藤勇の墓を参る。 友人が準備した今日の街歩きメモ「北区に残る戦争遺跡を訪ね 地域遺産の保存と活用を考える」のトップに新選組の祭祀を目的とする最初期の供養塔として貴重とある。 今日のテーマは東京の城北地域の景観と歴史、その主役は加賀前田藩下屋敷と石神井川。 武蔵境で玉川上水から分水され開削された千川上水は城北地域の尾根を進み、板橋駅あたりから北は石神井川、南は妙正寺川へと流れていく。 今は暗渠のため見えないが、埼京線に並行し北に向かい、中山道(国道17号)を越えると程なく石神井川。 暗渠となった千川上水が石神井川に流れ込む放水口、その周辺がかっての加賀藩下屋敷の21万坪。 その後、明治新政府は3万坪の敷地に陸軍の西洋式火薬製造所や石神井川を動力とした火薬製造を行ったことから、この地には旧陸軍省の主要施設の幾つかが作られることになった。 はじめて歩いた石神井川、葉も落ちた桜の木の大木が並び、技術的処理で清流化した水にはマルマル太った鴨が群れていた。(旨そうな=笑い) 冷たい雨が降る初冬の街歩きだが、まだまだ知らない都心の景勝地。 それほど寒くはない午後の気の置けない仲間たちとの散歩は何とも楽しい。 夜間人口が最も高い地域の割には高層マンションはなく、その分、コンビニよりも小さな商店が軒並み健在。 戦争遺産の建物と環境も区民センターや東京一の図書館や公園に転用され、なんとも心豊かな半日。 街歩き後の忘年会のことを知らず、今日は家族との夕食の約束を守るため、ボクだけ友人たちと別れた。 十条駅で電車を待つと、これもまた時間通り、冷たい雨はピタリと止んでいた。

ピーター・クライムズ


ここのところお気に入りのオペラと言えば、シモン・ボッカネグラとオテロだが、今日、4年ぶりに「ピーター・グライムズ」を聴いて、改めて魅せられた。 初めて聴き、その音楽と内容の深さに圧倒され、一度は劇場で聴いてみたいと思い、この春、チケットを手に入れ待ちに待っていた。 初台の舞台は大拍手、大満足の3時間、なんと言っても音楽が素晴らしい。 オペラだから音楽なのは当たり前、しかし、器楽演奏は決して歌曲のための伴奏では終わらない。 このオペラでは歌手以上に雄弁。 このドラマの持つ意味深い低流に深く深くわけいっていく。 それはドラマの空間を生み出し、観客の心情を鼓舞する。 さらにその心情を代弁し、舞台上のドラマに観客自身が参加しているかのような体験を生み出して行く。 こんなオペラはほとんど経験ない、20世紀イギリスのベンジャミン・ブリテンの作曲、まさに、現代の魔術、最高傑作と言って良いのだろう。 すでにその間奏曲とパッサカリアは管弦楽曲としても有名、独立してコンサートホールでも演奏されるがやはりオペラの中の音楽だ。 その音楽は耳で聴く音楽ではない、意味にわけいる音楽。 ピーター・グライムズのドラマは意味深い、その心情はとてつもなく複雑だ。 孤立した男の児童虐待の物語ではなく、少年愛の物語でもない。 無慈悲な運命や社会の犠牲者の話でもなければ、孤立を愛する生きざまでもない。 舞台となる海の寒村オールドバラはブリテンの故郷でもあるようだが、神のいない海と陸、あるいは形骸化した神のもとの人間たち、個(=海)と集団(=陸あるいは村)をどう生きるかがテーマなのだ。 ドラマの中では海の寒村であるだけに、動物化した集団の持つ言葉が恐ろしい。 その武器となる「噂」が巧みに音楽化され、終始このオペラの通奏低音となっている。 もっとも、当のブリテン自身はこのオペラは単純なもので、「社会がより残忍になれば、人もまたより残忍になる」と語っているに過ぎない。 今日の初台に戻ろう。 例によって上階第一列中央、オペラグラスでの観劇だが、舞台構成は抜群だ。 二枚のスクリーン、その変化が生み出す光と情景、音楽同様、観客の心情を誘導する巧みな手法。 モノトーンに終始するドラマのづくりではライテイングこそ舞台の主役にちがいない。 演奏の話はすでにした、音の多彩さはボクの好み。 その表現も多様だが、決して突っ走らない、折り目正しい演奏にはこのオペラの主役である合唱と共に大拍手だ。 もちろん、演ずる歌手や少年にも拍手喝采。 しかし、高音が美しい主役のふたり、スチュアート・スケルトンとスーザン・グリットン、このオペラではもっと野性味がある方がボクの好みだ。

2012年11月28日水曜日

アルゴとルアーブルの靴磨き

先週、観た二つの映画の話し。 アルゴは実話が生み出すサスペンス、ルアーブルはリアルに作られたファンタジー。 全くタイプの異なるふたつの映画だが、一つの共通点を持っている。 それはどちらも現代社会の英雄の物語と言って良いだろう。 ルアーブルの人々を英雄そしてファンタジーと呼ぶのは語弊があるかもしれない。 しかし、豊かでもなければ、若くもない、なんの力も持たない普通の人々が、たった1人のアフリカの少年を命がけで亡命を助ける、だから英雄。 彼らは皆、言葉は丁寧、礼儀正しく、テーブルセットやベッドメーキング等、日常生活にごまかしがない。そんな生き方がまともに映像化されると、それはもはや現代のファンタジーと感じてしまうのだ。 現代社会に求めるべきもの、それは本来「サスペンス」や「ファンタジー」、「英雄」ということではないだろう。 世界中どこでも、普通の人々が普通に生活できる社会が求められている。 「アルゴとルアーブルの靴磨き」という物語を生み出す「元」となるもの、それは世界の「貧困」と「対立」、そして人間としての当たり前のライフスタイルの「喪失」。 「対立」の強調が生み出すサスペンス、「対立」の縮小を希求するファンタジー。 b0055976_237358.jpg英雄は日常を越えるからこそ英雄であり、ファンタジーは日常とかけ離れているからファンタジー。つまり本来の日常からの「乖離」だけが映画を観る楽しみだろうか。 今回は二つの映画の背後にある「乖離」を生み出し、日常化している「元」のデリートこそが本来のテーマと言えるのかもしれない。 二つの映画が映画にならない時、それがこの二つの映画の本当のテーマなのだ。

2012年11月26日月曜日

ハイドン・シリーズ 芸大奏楽堂

1999年からの芸大ハイドン・シリーズは今年で終わり、11月30日のチェンバーオーケストラのシンフォニー「奇跡」で幕を閉じるようです。毎年楽しませていただいたハイドンファンにとっては寂しいかぎりです。しかし、最終曲がシンフォニー第96番とは面白い。ハイドンは30年も仕えたエステルハージを離れ、初めてのロンドン。そこではこの曲が初演され大喝采。初演時にシャンデリアが落下する事故が起こるが、幸い観客にけが人が出ず、奇跡と名付けられたという逸話まで生まれた。ロンドンで奇跡を演奏したハイドンは再びオーストリアにもどっている。つまり芸大のハイドンも一旦ロンドン・セットで幕を閉じ、再び遠からず復活させるつもりのようだ。

今日は最終回の初日、全曲カルテットのプログラム。芸大卒業生のセノーテ・カルテットとウィーンで学び活躍しているポーランド出身の若手男性アポロン・ミューザゲート・カルテットの競演。なんとも贅沢な演奏会でした。さらに贅沢だったのは、オーストリアの歴史と美学の研究者ハーラルト・ハースルマイア氏のお話が聞けたこと。彼はハイドンによる古典主義の始まりについて簡明に話された。プロテスタント・ドイツと異なるカソリック・ハプスブルグの啓蒙時代にあっていかにハイドンの音楽が重要であったかと言う内容。修辞学から音楽の言語へ、一方的な宇宙の秩序原理から離れ、いかに現実を捉え人間の判断・言葉として世界を切り開くか。意訳すれば韻文の時代から散文の時代への狭間としてのハイドン音楽の役割。それはボクの大学での講義テーマ、16世紀イタリアの建築の役割に共通する内容だった。思い返せば、11月は毎年ハイドンの月。この月だけはオペラやカンタータより、カルテットやシンフォニーのソナタを聞く機会が多かった気がする。原因はこの芸大のハイドン・シリーズにあったのかもしれない。今年も30日と1日は津田ホール、ハイドンはまだまだ続く。

2012年11月14日水曜日

白夜

恋に恋する男の話など、オペラにはつきものと思われるだろうが、そんなことはない。しかし、最近の小説や映画には多いのかもしれない。 70年代に70台のロベール・ブレッソンが作った「白夜」をユーロスペイスで上映中と知り、観てきた。 館内は若い男性が多いようだ。 評判どおり良くできた映画だ。 ぼくの好みでいうと音と音楽が良い。 ブレッソンが描く大都市パリを象徴するものは、煌々とした光ではなく音なのだ。 この映画では靴音、クルマの疾走音と水音、セーヌを渡る水上ボートからの、あるいは河岸で演奏されるギターとパーカッションと女性の唄が画面をリードする。 しかし、物語はいただけない。 そう、原作はドストエフスキー、ボクは彼の小説が好きではない。 殺してはいけないと自覚しながら何故、老婆を殺すか、戦争でもないのに。 そんな「罪と罰」に高校時代、辟易した。 だから、当然、原作は読んでいない。 ジャックと称する主人公、彼はきっと恋に傷つくことはないだろう。 いや、恋されることもないかもしれない。 彼にとって女性はうつくしく、かわいらしく、はかなげではあるかもしれないが、リアリティある実態ではなく、言葉に過ぎない。 テープレコードの中の音としてのみの存在感なのだ。 「白夜」という題名は当たっている。 ブレッソンがこの映画で意味するもの、それは恋ではなく、スクリーン、男がよく見る幻像だ。 美しくさえあれば誰女でもよい。 ジャックは決して不誠実ではないが、恋する事は決してない。 きっと恋されることも無いだろう。

2012年11月12日月曜日

「アイロンと朝の詩人・堀江敏幸」の中の藤村記念堂


「雪あかり日記」と「せせらぎ日記」を書いた建築家谷口吉郎の建築作品、馬籠の「藤村記念堂」のことを作家堀江敏幸が「ほの明るさの記」と題したアンソロジーにまとめ「アイロンと朝の詩人」に載せている。 建築は戦後まもない頃の貧しい寒村、その地の出身者のために、この地に住まう村人の手で、まるで中世の僧院を建てるがごとく建設されている。 美濃と木曾の境にある馬籠は藤村の誕生の地、美濃に生まれた堀江はこどもの頃、なに知ることなくこの建築に触れている。そしてその時の印象を以下のように書いている。 「四角い敷地の一片だけに伸びた、かろうじて通路とは呼ぶことができてもそれ以上はどのような用途があるのかまことに曖昧な、小屋でも家でもないその空間が、ほんのちょっと怖かったのだ。気味が悪かった、と言ってもいい。どこへ通じているのか、わくわくすると同時に、足をすくませるなにかがそこにはあった。庭と呼びうる内側はあるのに、その表がない。閉じる装置はあるのに、まんなかがぼっこりと口を開けていてほの明るく、ほんとうの闇が降ってこない。それでいながら、なぜか本質的な暗さが偏在し、同時にその暗さを砕く明るさもあるといったぐあいなのだ。」「ほの明るさの記」からの引用。 実は先々月の末、40年ぶりにこの建築を訪ねたので、その建築経験を一文の感想としてブログにしたいと思っていた。 しかし、どうしてもこの「ほの明るさの記」が頭をよぎる。 当たり前といえば当たり前、若くして数々の文学賞を取っている名文家の力。 しかし、建築の持つ面白さ、美しさはこのような想像力を掻き立てる文章でいつも読んでみたい思っている。 さらにまた引用だが、堀江氏はこの建築について、いや建築の持つ本来の意味について以下のように書いている。 「多くの評者が指摘するとおり、なにもなくなった地点から空間をたちあげて、建物ではなく「場」の形成をもくろむ試みとも解釈しうるものだった。」

2012年11月11日日曜日

メインストリーム


「メインストリーム」が面白そうだ。 文化とメディアの世界戦争を副題とするフランス人フレデリック・マルテル氏の本の紹介記事、東京新聞「読む人」欄。 アメリカ大統領選の直前のTVニュースウオッチ9をみて実感した事は、アメリカの草の根は今回のオバマ・ロムニーの選挙より、次の時代のリーダーへの関心に話題が集中していたこと。 この紹介記事が面白いと思ったのも全く同じ。 「産業の重心が文化にシフトし、物品よりも”コンテンツ”が主要商品になる”スマートパワー”時代には、いういわばグローカルなメインストリームの生産をめざすのでなければ、”世界文化戦争”に勝てない」。 このことはジャック・アタリの「ノイズ」を読み、ボクなりに気になっていたテーマ。 指摘の方法はアタリとマルテルは90度異なるが、同じフランスから次世代文化のテーマ提起、明らかに「メインストリーム」はチェンジした。 評者・粉川哲夫氏の指摘通り「メディア産業と観客・視聴者との関係は流動的、既存のメディアや経済回路とは別の、インデペンデントなDYI文化を創造する環境が生まれた。」 この冬、回線料は急激にダウンするに違いない。 加えて今朝の三面では一万円以下の電子書籍、「最王手上陸 期待と不安」の記事。 誰の不安か、コンテンツを重視しない我々の問題かもしれない。

2012年11月7日水曜日

愛の妙薬 

愛の妙薬 オペラ映画
底抜けに楽しいイタリア・オペラは何かと聞かれたら、ボクはドニゼッティの「愛の妙薬」と答えるだろう。
イタリアに行けばオペラは限りなくさまざま。
しかし、オペラ通ならともかく、ボクにとって「楽しいオペラ」と言えばロッシーニとドニゼッティ、ヴェルディの「ファルスタッフ」、それと昨年聴いたゴルドー二の戯曲をフェラーリがオペラ化した「イル・カンピエッロ」くらいしか見あたらない。
そういえば、オペラを楽しむならドニゼッティかロッシーニ、そしてベルーニでしょうと教えてくれた人がいた。
今日はそんな、ドニゼッティーの「愛の妙薬」を堪能した。

恋に落ちた男は100パーセントみな、このオペラのネモリーノと同様、喜劇的だ。
しかし、ここで笑ってはいけない、男の愛とはいつもこのように一途で可愛いもの。
そんな普遍的?な男の話しだが、このオペラのように相愛を得ることが出来る男はそんなに多くはない。
そして、また新たな恋へ、涙を拭い、男は喜劇的にさまよいつづける。
結果的に悲しいのが、いつも男の恋だが、このオペラは悲劇ではない。
なんとも羨ましいではないか、オペラのネモリーノは最愛のアディーナの愛を得ることに成功する。
男たるものこのオペラが歌い上げるネモリーノの愛を見習わなければならない。
題名は「愛の妙薬」。
しかし、それは決していかさま薬売りリドゥルカマーラが売る惚れグスリのことではない。
「妙薬」は神話にあるクピドと同じ。
射抜かれてくだけるのではなく、真なる恋人アディーナを射抜く「強さ」を持たなければならない。
いや、強さではないな、なんだろう。
とまぁ、バカなことを言っているが、このオペラは傑作だ。
ボクにとってはシモンとは両端にある、大好きなオペラだ。

今日、大画面でこのオペラを楽しんだ。
メディアは2009年グライドボーン音楽祭。
キャストは以下。
【作曲】ドニゼッティ Gaetano Donizetti/【指揮者】マウリツィオ・ベニーニ Maurizio Benini/【演出】アナベル・アーデン Annabel Arden/【出演者】エカテリーナ・シューリナ Ekaterina Siurina,/ピーター・オーティ Peter Auty

このキャストリスト、ボクには初めての歌手ばかり。
そもそもグライドボーンの作品を見ることが少ないからだ。
しかし、この音楽祭の評判は良く知っている。
ただ、いつもモーツアルトかドイツものと思っていたが、今回は抜群に楽しいイタリアのベルカントの華「愛の妙薬」。
主役脇役のすべての歌手たち、みな素晴らしかったが、気がついてみると、イタリア人は一人もいなかった。
舞台の雰囲気は原作のスペインでもなければイギリスでもない、どこかイタリアのイル・カンピエッロだろうが舞台は不思議な雰囲気。
客席に平行ではなく45度に振った広場と建物、その構成は大胆で不思議を通り越し、不安定な愛のドラマとしては多いに成功している。
沢山の登場人物が出たり入ったり、そして明かりがついたり消えたり、まさにイタリアの小広場が生き生きと浮かび上がっていた。
さらに褒めるならば、字幕の対訳も楽しめた。
このオペラの楽しみはイタリア語と音楽の関係に違いない。
イタリア語がわからないボクには致しかたないことだが、わかれば言葉と音楽のハーモニー、もっともっと楽しめたはずだ。
しかし、対訳は緻密に音楽を追っている、また訳からも言葉と音楽は重なって聴こえる。
これはとても大事なこと、入念にこの映像を日本語化してくれているのが良くわかる。
そして最も楽しかったのが、まさにこのオペラの華クピド役?、薬売りリカドゥルマーラ役の歌手の歌と演技だ。
まだ調べきっていないのでこの歌手の名前は書けないが、彼の歌と演技にはただただ圧倒され、楽しまされた。
ここのところオペラ三昧の毎日。
映画でもいい、こんなに楽しめるのならば。

2012年2月21日
by Quovadis

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2012年10月24日水曜日

最終目的地 ピーター・キャメロン

物語はユルス・グントの「ゴンドラ」に始まりホフマン物語の「舟歌」に終わる。 といっても、舞台はイタリアのヴェネツィアではない、オチョス・リオスだ。 オチョス・リオスは八本の川という意味だが、それは地名ではなく、ユルスの自殺で残された妻(キャロライン)とユルスの愛人(アーデン)と愛人の娘(ポーシャ)の3人が住まう、古めかしい塔のある屋敷の名前。 近くにはユルスの兄アダムと彼の愛人ピート(映画では日本人真田広之が演じる、原作はタイ人)が住まう、製粉所を改装した石造りの丸い建物があるが、周辺は樹林と畑と湿地と小さな湖だけ、他には人家はひとつも無い。 「最終目的地」の舞台は、南米のウルグァイの辺境の小世界。 その小世界にイラン生まれのオマー・ラザキがやってくる。 オマーはアメリカ コロラド大学の文学研究生、彼は「ゴンドラ」の作家であるユルス・グントの伝記を書き、ガールフレンドとの同居を続けるための奨学金が欲しかった。 伝記を書き奨学金を得るためには、残された家族であるユルスの兄や妻や愛人の執筆をする許可と取材が必要となる。 彼は恋人、アメリカ人ディアドラ・マッカーサーに励まされ、大学のあるカンザスから遥々とウルグァイの辺境を訪ねる。 アダムとユルスの母はかなり裕福なユダヤ人一族の娘、ナチスに追われた家族はドイツを逃げ、このウルガイのオチョス・リオスに屋敷を構える。 アダムとユルス兄弟もオチョス・リオスに住み続けるが、やがて、両親を失う。 作家である弟ユルスはフランス生まれのキョロライン(映画ではロシア生まれ)と結婚するが、カナダ生まれのアーデンとの間に娘ポーシャを得る。何故、出生をことごとくメモするかというと、辺境のオチョス・リオスに居住する多民族家族の物語でもあるからだ。 しかし、ユルスは「ゴンドラ」に続く二冊目を書き終えたのか、終えなかったのか、彼は新たな出版を待たず、理由不明のまま自殺してしまう。 ユルスの書いた「ゴンドラ」はナチスに追われたユダヤ人家族の物語、イラク人の文学生オマーはその執筆者に関心を寄せ伝記を書こうとしているのだが、どうやらユルスの二作目は「ゴンドラ」以降のオチョス・リオスに今を生きるアダム、キャロライン、アーデン、ポーシャ、ピートの物語のようだ。複雑な家族像の現在を描いたユルスは何故、死ななければならなかったのか、その疑問は映画はもちろん、小説でもミステリアスのまま終わっている。 兄のアダムはかってはシュトゥットガルトのオペラ座の支配人、多くの人とかかわり華やかに生きていた。そんな、アダムはピートを愛人とし、この辺境に共に住んでいる。 アダムが語る愛人ピートはバンコックの売春婦の息子。 17歳の時、あるドイツ人の男がシュトゥットガルトに連れて来る、そこでアダムと出会う。 ピートはその時、劇場の大道具係だった。 なんとも複雑な人間関係、映画を見るだけでは、とても読み取れそうもない。 ナチに追われたグント家族、と言ってもバラバラな5人だが、彼らが住まうウルグァイの辺境は題名通り「最終目的地」なのだろうか。 小説ではオチョス・リオスは塔のある屋敷、製粉所は丸い建物だが、映画(監督はジェームス・アイヴォリー)ではその外観は判然としない。 しかし、小説では説明出来ない住人たちの個々の部屋のインテリアが映画ではかなり個性的、克明に描かれる。 そのインテリアは全くバラバラ、個々の雰囲気は緻密に彼ら一人一人の自意識を象徴しているかのように設えられていて、とても興味深い。 事実、この物語は感情を理知的に洒脱な言葉で語る、自意識の強い個性的な人たちによる会話劇。 理知的であるがためその言葉は時に鋭く、相手を傷つける。 しかし彼らの言葉には悪意はない。 みなやさしい、そして哀しい小世界の住人たちの独り言。 ボクはいま何を書いているのだろう、舞台と人間関係を読まされだけでは、ちっとも面白くはない。 しかし、人間関係以上にさらに複雑なこのドラマの中身を書いても意味がない。 意味がないどころか、このドラマにはドラマチックな場面などどこにもない。 ゴンドラも宝石の密輸もどうでもいいんだ。 でも、面白い、関係も舞台もその目的地も。 映画も小説もすべてがミステリアスだ。 一級の文芸ドラマとはいつもこういう世界。 なんとなく、昔の村上春樹の小説にも似ている。 語られる全体は個性的な個々人の様々な場所でのドラマだが、本当に面白いドラマにはその背後にもう一つのドラマが隠されている。 そのドラマは読み手のドラマだが、書き手はそのドラマを目的地を示さず、ナビゲーションする。 だからこそ「最終目的地」。 いや、 オチョス・リオスは人生の始まりかもしれない。 「永遠に生きたいとは思わないが、しばらく生きる分には人生は悪くない」、 あるいは「うわべは優雅で理知的だが裏にはディケンズの屋敷が隠されている」。 小説で読む老獪なアダムの言葉は記憶に残っていたが、同じ言葉を映画で語るシーンのアンソニー・ホプキンス(アダム)には唸ってしまった。 読んでから見るを立て前としているので、映画の上映を知り、あわてて読んだこの物語、最近になく、とてつもなく面白かった。 そして、映画を観た、もっともっと面白かった。 だからこそ、一昨日読み終わり、今晩はシネマート新宿。 そして今、記憶がさめぬ間にブログにしている。 当然のこと小説には書かれてはいるが、映画では省かれている部分は沢山ある。 興味深いのはオマーとアーデンのふたりが、昔、グント家の両親がヴェネツィアから持ち込んだゴンドラを見に行くシーン。 このドラマの主要な変局点であるだけに言葉と映像はことごとく一致しない。 小説家は言葉として粋を凝らし、映画作家は映画としての絵に悉くこだわったからだ。 もっとも感心したのはラストのオペラのシーン、小説では誰もが知るホフマン物語の舟歌、 しかし、いくらテーマが「ゴンドラ」でも、この哀切な二重唱を映画で聴かせてしまったら、映画は隠喩も引用もないベタで平凡な喜劇で終わってしまう。 さすが「日の名残り」のジェームス・アイヴォリー、「舟歌」に代わり、なんとモーツァルトの「バスティアンとバスティエンヌ」をラストに持ってきた。 当然ながら、小説の文章がそのまますべて映画になるはずはない。 同時に、文章以上に映像で語れることも少なくない。 前述した部分は主に小説に書かれていた事柄だが、小説では無理だが、映画なら自在に持ち込める音や音楽の数々がとても意味深い。 アイヴォリー監督が巧妙に使った音楽を、気がつくところ、その曲名を列記しておこう。 グルックのオルフェオとエウリディーチェ、「エウリディーチェを失って」 レハールのメリー・ウィドウ、「ヴィリアの歌」 プーランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」 蛇足だが、 小説のなかのラストシーン、それは、ホフマン物語の舟歌。 ニクラウスとジュリエッタの二重唱を記しておこう。 いや、蛇足ではない、 原作者ピーター・キャメロンのThe City of Your Final Destination、 それはやはり、ヴェネツィアの「ゴンドラ」のことかもしれない。 時は去り、二度と戻らず。 燃え上がるそよ風よ、 私達を愛撫しておくれ、 私達に口づけをしておくれ! ああ!美しい夜、おお恋の夜、 おお、美しい恋の夜よ!

2012年10月12日金曜日

ピーター・グライムズ オペラパレス

ここのところお気に入りのオペラと言えば、シモン・ボッカネグラとオテロだが、今日、4年ぶりに「ピーター・グライムズ」を聴いて、改めて魅せられた。 初めて聴き、その音楽と内容の深さに圧倒され、一度は劇場で聴いてみたいと思い、この春、チケットを手に入れ待ちに待っていた。 初台の舞台は大拍手、大満足の3時間、なんと言っても音楽が素晴らしい。 オペラだから音楽なのは当たり前、しかし、器楽演奏は決して歌曲のための伴奏では終わらない。 このオペラでは歌手以上に雄弁。 このドラマの持つ意味深い低流に深く深くわけいっていく。 それはドラマの空間を生み出し、観客の心情を鼓舞する。 さらにその心情を代弁し、舞台上のドラマに観客自身が参加しているかのような体験を生み出して行く。 こんなオペラはほとんど経験ない、20世紀イギリスのベンジャミン・ブリテンの作曲、まさに、現代の魔術、最高傑作と言って良いのだろう。 すでにその間奏曲とパッサカリアは管弦楽曲としても有名、独立してコンサートホールでも演奏されるがやはりオペラの中の音楽だ。 その音楽は耳で聴く音楽ではない、意味にわけいる音楽。 ピーター・グライムズのドラマは意味深い、その心情はとてつもなく複雑だ。 孤立した男の児童虐待の物語ではなく、少年愛の物語でもない。 無慈悲な運命や社会の犠牲者の話でもなければ、孤立を愛する生きざまでもない。 舞台となる海の寒村オールドバラはブリテンの故郷でもあるようだが、神のいない海と陸、あるいは形骸化した神のもとの人間たち、個(=海)と集団(=陸あるいは村)をどう生きるかがテーマなのだ。 ドラマの中では海の寒村であるだけに、動物化した集団の持つ言葉が恐ろしい。 その武器となる「噂」が巧みに音楽化され、終始このオペラの通奏低音となっている。 もっとも、当のブリテン自身はこのオペラは単純なもので、「社会がより残忍になれば、人もまたより残忍になる」と語っているに過ぎない。 今日の初台に戻ろう。 例によって上階第一列中央、オペラグラスでの観劇だが、舞台構成は抜群だ。 二枚のスクリーン、その変化が生み出す光と情景、音楽同様、観客の心情を誘導する巧みな手法。 モノトーンに終始するドラマのづくりではライテイングこそ舞台の主役にちがいない。 演奏の話はすでにした、音の多彩さはボクの好み。 その表現も多様だが、決して突っ走らない、折り目正しい演奏にはこのオペラの主役である合唱と共に大拍手だ。 もちろん、演ずる歌手や少年にも拍手喝采。 しかし、高音が美しい主役のふたり、スチュアート・スケルトンとスーザン・グリットン、このオペラではもっと野性味がある方がボクの好みだ。

2012年10月7日日曜日

カルミナ・ブラーナ、めぐろパーシモン10周年記念

めぐろパーシモンで「カルミナ・ブラーナ」を聴く。 7月にこのホールでロッシーニの「ミサ・ソレネッレ」を聴かせていただいた。 今回はロッシーニに次ぐカール・オルフ。 素晴らしい演奏でした。 いや、凄かった、美しかった、面白かった、形容詞が見つかりません。 今日はパーシモン開館10周年の記念コンサートです。 そのために沢山の応募者を集めてのカルミナ・ブラーナ合唱団。 とても素人集団とは思えないアンサンブル、加えてひばり児童合唱団、 聴かせていただき、こんな素晴らしいホールと演奏を持つ「めぐろ」、 ほんとうに凄いなと思いました。 いつもの1200席の会場を200席減らし、拡大した舞台には200人を超す合唱団と100人近い演奏者、会場はそれだけで圧倒されます。 そして、カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」の壮大な面白さ、 それは簡単には説明できません、まぁ聴いてみて下さい。 楽曲の多彩さ、パッカーション主導による現代的なリズム感の面白さ。 古い世俗的な詩を判りやすく、興味深い物語にした面白さ。 ・・・・・・ 9月に入り、連続してキープしていおいたガラ・コンサートのチケット。 所用が重なり三回も反古にしてしまったが、 今日はようやっと、本当に満足できる演奏に出会えました。 目黒区の皆さん、芸大OBの皆さん、児童合唱団の皆さん、ありがとう。

2012年9月30日日曜日

バレエに生きる、パリ・オペラ座のふたり

ル・シネマの「パリ・オペラ座のふたり」を観る。 バレエを薦めてくれる人がいて、この2・3年、TVではよく観るようになった。 中でもルグリの「ドン・キホーテ」は印象的。 長らく、彼のyoutubeのクリップを楽しんだが、今はすべて削除されている。 そんな印象からこの映画はマークしていた。そして、雨の降る前に渋谷に向かう。 台風17号接近、館内は10人足らず、しかし、内容は期待通り、充分に楽しんだ。 映像はまず19世紀パリ大改造の目ダマとなった建築「オペラ座」。 今ではその設計者の名前からガルニエ座と呼ばれているが、 パリ・オペラ座の内部外部が克明に映し出される。 この建築の建設時はオペラが中心、しかしやがて、バレエの殿堂に変わる。 その建設と変遷はガルニエの師匠であるデュクをコンペで破る事から始まる「建築物語」として面白いが、今日のブログのテーマではない。 ドガが通いつめた「踊り子」の舞台だったとだけ言っておこう。 映画はこのガルニエ座で60年間踊り続けたギレーヌ・ステマーとピエール・ラコットの豪華で華麗なふたりの人生。 ただただうっとりするような音楽とダンサーたちが次々と舞う夢のような世界。 そんな世界が延々と今もまだ続いている。 思うに、都市も建築も美術も音楽もオペラも、この100年間に大きく変わった。 しかし、古典バレエを追求し続けるふたりのバレエ、それは今も生き、今後もきっと生き続けるだろう。 そして、疑問は何故?現代バレエも楽しいが、何故、まだ古典が生きているのか? 見終わった渋谷の雨と風と人ごみの中、ボケボケの脳内には何故何故何故ばかりが響き続ける。

2012年9月29日土曜日

ドン・ジョヴァンニ 芸大奏楽堂


ダンテの地獄の門に始まり、門に終わる今日のドン・ジョヴァンニ。充分に楽しみました。 上手を軸に20度に振られた門とスロープによる舞台構成は終始代わらないが、額縁の中の額縁を生かした舞台はシンプルだがメリハリがあり躍動的。 内容はいつもと変わらない、勧善懲悪だが、歌い手たちの爽やかな響きは若々しくて気持ちがよい。 レポレロ(清水那由太)の声も身体も太いバリトンと可愛らしいツェルリーナ(藤井冴)の響きと仕草はボクの好み、拍手拍手だ。一言加えれば、第一幕は圧倒的素晴らしい、しかし、二幕は聴く側のボク自身が少しだれた。何故だろう。

公演とは一切関係はないが、ボクのお気に入り、ドン・ジョヴァンニのセレナーデ、最近見つけたレミーの窓辺においで、Youtubeへリンクです。

2012年9月13日木曜日

ポエトリー、そして、素晴らしい一日

韓国映画二本立てを観る、飯田橋ギンレイ。「ポエトリー」と「素晴らしい一日」。邦題名は二作ともボクの好みではないが、映画はどちらも面白かった。3時から見始めて5時間の余りの長丁場、さすがに腰が痛い、しかし、飽きずに充分楽しんだ。近々、観たいと思っている岩波の「ジョルダーニ家の人々」はなんと7時間。今晩はそのための良い練習。映画での前者は、水と緑に恵まれたソウル近郊の街、孫と二人住まいの貧しいがおしゃれな老女の物語。後者は一年前に別れた恋人同士。子細あって二人で一日中、彼のガールフレンドを訪ね回る、ソウル周辺のロードムービー。韓国は一度だけ民俗建築を訪ねる旅をしたが、その時は田舎ばかりで、都市はほとんど未体験。なんの先入観なしに画面を見続けていたのだが、韓国の街はやはり日本によく似ている。しかし、その生活風景は随分違うなというのが今晩の印象。人の流れやバスや地下鉄、高層マンションに日常的な建物と街並み。似ているようでやはり違う、そう、韓国はまだ街が生きている。
唐突な物言いだが、先日の「火口のふたり」で白石氏が書いた人の生活や賑わいのないコンビニとチェーン店だけの日本の街。ボクも作者の印象に共感している。「こうやって土地の外面が画一化されていけば、地域性などというものはいずれ霧散霧消していくだろう。こんな風景で育った子供たちが故郷に愛着を持つはずもない。コンビニが三軒しかない街で成長した若者は、いずれコンビニが百軒ある街へと出ていくだけの話だ。」(p120)と書かれた日本の街は何とも悲しいが、映画の中の韓国の街は生きていた。路地では子供たちが駆け回り、バトミントンに興じ、涼み台では老人が語らい、露天で花を売る女性とのやり取りのある街と通過するだけの人とクルマ、街と田園の境界もなく、どこにも生活感がなく、フラットな日本の街。生きた日常の生活風景が舞台となる二つの映画はなんとも新鮮に思えるのだ。韓国映画をほとんど観ていない。現実の日常生活を眺めるという体験がこんなに面白いとは考えてもいなかった。生の世界をビビッドに眺めるということがボクの日常から消えてしまったのだろう。わかった、これからは人通りだけの繁華街、お店だけの駅地下やビル内ではなく、もっと日常の生活に触れるような街路を歩くことにしよう。そう、街は舞台のはずだから。

2012年9月9日日曜日

ノイズ ジャック・アタリ

建築史を検討するとき、自流のポイントは<想像的・聴覚的・視覚的>に建築デザインを読み取る、という点にある。そんな観点から、世界を捉える方法として、見取れられことより、聞こえてくるものとする、アタリのこの書は発行当初から気になっていた。
「音楽は予言的であるが故に、来るべき時代を告知する。」なんとも魅力的な書き出しだ。神保町の東京堂の書棚から即レジに運び読みだしたのが盆の頃。一心に読み続け月末には読了したが、残念ながらお手上げ状態。ボクの力では半分も理解できていない。とはいえ、悪戦苦闘の結果である、書き込まれた付箋代わりの赤線がほぼ全頁に渡って引かれている。一呼吸おいた週末、このままでは放っておけないので、気になった付箋部分だけでも後日の為のメモとしてブログに残すことにした。 

章立てはこの書の前書き的な概説部分「聴く」から始まり「供える」「演奏する」「反復する」「作曲する」と続く。音楽の理論書ではないので、この分類は音楽を直接的に説明するものではなく、むしろ時系列あるいは歴史的分類と言えるようだ。しかし、音楽史ではなく経済史いや情報史でもなく。>沈黙>騒音>音楽>騒音>沈黙>という音楽的世界の消費と需要と生産、その昨日・今日・明日。 何を書いているのだろう。

充分に読み取れていないとは言え、飽きずに読み通したのだから面白かったのだ、それも後半になればなるほど、特に「反復する」のあたりは真っ赤っか。話はブリューゲルの「謝肉祭と四旬節の戦い」から始まるが、ここもまた絵画の直接的な話ではなく「ブリューゲルは西洋絵画ではじめてわれわれに<<世界>>を見せるだけでなく、聞かせてくれた」。確かに論は全て個人主義と祝祭・謝肉祭に帰結する、そして彼は「作曲」という未来社会を凝視する。

2012年9月6日木曜日

火口のふたり  白石一文

観ても面白いと思う映画に出会うことなく、新聞やTVはネガティブなニュースばかり、当面は逃げる訳ではないが、気楽な小説が一番と、昨日の帰り道、駅前の書店で久しぶり月刊「文藝」最新刊を買った。白石一文の長編「火口のふたり」を読んでみたいと思ったからだ。最近、読むことは少ないがかっての文庫、現実から逃避しない主人公たちにほっとしたのを思い出したから。しかし、昨晩一気読みしてみて、今回の小説はボクの好みではない。内容がセックス描写だったからではない、近未来への不安が、どうして彼ら二人のセックス、あるいは宙ぶらりんの世界と繋がるのかが良くわからなかった。まぁ、直子という女性、彼女のあっけからんとした楽天主義は嫌いじゃないが。なんでこんなブログを書こうと思ったか。今、夕刊を見てビックリしたからだ。 "富士マグマ 震災で圧力 「宝永」直前より強い力" 小説家ってすごいね、その情報収集と想像力。「火口のふたり」は来年つまり震災から3年後の話しだが、白石一文はいつも「現実から逃避しない」だけに恐ろしい。 いや、恐ろしいのではない、悲しいのだ。悲しいのは作者ではない、主人公の賢だ。災害に直面し、進路も失い、母港に寄港したような40代の賢。寄港地であるから安らぎはあるが、そこは人間的にも景観的にも、今の日本、どこもそうなってしまったフラットな死の町。救われるのは原発汚染に影響されていない場所であったこと、そこには幼なじみの直子がいた。 性と精神がテーマなら恋愛小説、性には生殖と快楽または欲望があり、前者は自然、後者は精神。快楽だけを問題にし、結果が不問なら、それは精神的だがポルノグラフィー。(川本三郎、吉行淳之介の「暗室」の解説からの意訳)しかし、道徳や規範への小心的な対応だけでは新しい恋愛も詩も夢も生まれることはない。小説はタブーを越えどんな精神を生み出したか。この小説には自然があり精神があり恋愛がある。しかし、この小説はどこまでも悲しい。

2012年8月29日水曜日

情熱と憂愁 松岡美術館


白金の松岡美術館、今日が最終日というチケットをもらっていたので、「情熱と憂愁」を観る。いいモノは逃さず観ると決めているが、この美術館はノーマークだった。自然教育園裏の住宅地、目黒駅から10分余りの散歩はかなり暑かった。しかし、いい美術館だ。白井せい一の松濤美術館はお気に入りだが、隈研吾のこの美術館も見学者のことをよく考えている上手な設計だ。1・2階とも大小いくつかの展示室はすべて中央ホールからアプローチするように作られている。様々な作品的世界を徘徊する見学者にとって、とてもわかり易い空間構成。都市もそうだが、レジビリティの優れた空間は見学者、体験者に親しみと安心を与え、快適な空間感覚をイメージさせる。

今日の展示はシャガール、ピカソ、モディリアーニ、藤田嗣治、ルオー、ローランサン、ユトリロという松岡翁の自信のコレクションの展示。ボク自身はユトリロの母ヴァラドンの作品を初めて体験し感激した。ベル・エポックといわれるこの時代は音楽家のサティも含め興味ある画家・音楽家たちが皆、自由闊達に我が道を目指していた。そんな彼らのすべてが関わったのがヴァラドン。しかし、彼女はいつも寂しかった。彼女の心情が今日の「コンピェーニュ近くの古びた製粉所」から生々しく伝わってくる。決して傑作ではない。しかし、小さな小屋の脇の物干しの白い洗濯物を丁寧に描く心情、いくつかの本を読んでいるだけに、ボクはこの絵を観て素直に納得させられた。

今日の初めての松岡美術館見学でもっとも関心を持ったのは、実は二階の企画展ではなく、一階の常設展。エトルリア、オリエント、クメール、インド、中国そしてヘンリー・ムアやジャコメッティの彫刻群だ。この美術館の目玉は松岡翁お気に入りの陶磁器類だろうが、ボクにとってはたくましいガンダーラの彫刻群は見慣れていないだけに目を見張ってしまった。また来よう、秋になれば庭園美術館も近いのでいい散歩コースだ。

2012年8月18日土曜日

バーン・ジョーンズ展 三菱1号館


日本で初めての個展と聞いて驚いた。彼はロセッティの友人、単にラファエル前派の画家と思っていたが些か間違っていたようだ。突然、出かけた真夏の展覧会、驟雨に見舞われての午前中早々の入場だが、小さな会場はすでに満員、しかし、良かった。明日が最終日、そのことだけが混んでる理由では無さそう、観客は皆、いつになく楽しんでいる。連れ立った人々はひそひそ語らう、やはり、物語のある絵画の魅力だろう、感覚だけではなく、絵画から読み取る物語が多くの人々の会話を誘う。

ラファエロ前派は「主題としては中世の伝説や文学、さらに同時代の文学を題材とする」とあるが、バーン・ジョーンズはそれを超えている。彼はオックスフォードに学び、ラスキンの指導を受け、モリスと親しかった。ラスキンの指導はもとよりモリスと親しかったことが重要だろう。彼は単に中世主義の画家ではなく、近代の画家。モリスのクラフト運動と呼応する近代のライフスタイル提案に深く関わっている。それを知ったのは今日の展覧会、圧倒的に多かったケルムスコット叢書。展示ではジョンーズの挿絵はもとよりその叢書の美しさに驚いた。

ロンドン西郊ハムスミスに設立した私家版印刷工房は次世代を生きる人々に格好のライフスタイルの手引書。いち早く産業革命に成功した最初の近代市民。しかし、市民は旧態の貴族とは異なり、あるいは貴族以上に叢書を手引きとして新たな「人間としての生き方」を模索したに違いない。ちょうど15世紀に誕生した都市市民がキリスト教中世から離れて人間主義を模索し、透視画法の中の理想都市やアルカディアを必要としたように。今日の展示でもっとも関心を持ったのは「眠り姫」のコーナー。静かな永遠の眠りの世界。それは近代の始まりの情景とは大いに異なるもの。真夏の休日、三菱1号館をさまようボクには、近代の終わりを感じさせる現代社会そのものの姿のように思えてならなかった。バーンズの絵の表現するある種の憂鬱さは100年先を見据えていたのだろうか。

2012年8月12日日曜日

屋根裏部屋のマリアたち

昼の渋谷は暑かった。盆休みだがこの町は今日も人が多かった。文化村はまぁまぁだ、ジュンク堂も空いていた。 ちょっと好色だがお人好し、有閑マダムを妻とするパリの金持ちおじさんは100年余り前に作られた古いアパルトメントに住んでいる。同じ建物の屋根裏には、スペインからの出稼ぎのマリアたち(家政婦さん)。ドラマは夫婦喧嘩で追い出された金持ちおじさんと麗しい(?)マリアたちとの共同生活。おじさんの勘違いはボクのハートをちょっと揺さぶったが、勘違いさせるマリアたちの人柄と歌とダンスと料理はどこまでもほのぼのとした魅力が一杯。 この映画へのボクの関心は実はもう一つ、この建物の構成にあった。この建物は19世紀後半のナポレオン三世とオスマン男爵によるパリ大改革の成果(パリ・オペラ座の完成と同時代)。ラ・ボエームのロドルフォたちが住まう中世的都市住居に代わり、新たに作られたアパルトメント。2・3階にはご主人がたが住まい、4・5階は使用人たちの部屋という構成。現代東京のマンションとは異なり、貧乏人もお金持ちも同じ一つ建物に住まうというところが面白い。近代都市計画のパリ改革では中世同様、都市では貧者・富者の差別なく、すべての住人が共同で生活するというメッセージが重要だ。この映画には現代都市パリの原点、パリジャンのための典型的なオスマン・スタイルの内部空間がすべて実写で克明に写し取られている。

2012年7月13日金曜日

ロッシーニ めぐろパーシモンホール

先日の紀尾井ホールで紹介された今晩のコンサートはロッシーニの「ミサ・ソレンネッレ」。オペラの作曲家ロッシーニが晩年書いた素晴らしいミサ曲の話は、かってこの作曲家に詳しい友人が教えてくれたが、全曲聴いてビックリ、こんな多彩なミサ曲は初めてだ。日本語では「小荘厳ミサ曲」となっているが、どこが小か。キリエからアニュス・ディまで14曲80分の大曲、小とは演奏がピアノ2台にハルモニウムというインドで生まれたオルガンだけの楽器編成だからということらしい。ピアノが主導するので当然、教会用ではなく、オペラ同様今日のめぐろのような大ホールのために作られた曲。

今晩はコーラス・アーツ・ソサイアティ創立20周年記念演奏、男女1対2の構成の120人余りの合唱にソプラノ、アルト、テノール、バスの4人。そして、ピアノとリードオルガン、1台づつ、まさにオペラ好きが楽しめる宗教曲演奏会と言えそうだ。1曲めのキリエはピアノとオルガンの慎ましい合奏から、その始まりの軽やかさはいつものロッシーニの序曲。そう、全曲聴いての感想だが、ミサとは神を崇め、神に祈ること、したがって、歌詞にもともと特別の意味があるわけではない。つまりミサはラブソング、筋書きは聴き手が各々勝手に想像し、生み出す自由オペラと考えてよいのではないか。(もっとも歴史から言えば、世俗に生まれたオペラは聖なる宗教的世界とは相入れないものですが)

貴重な演奏会、記憶のあるうち、聴き取った曲想だけを書き残して置こう。 ピアノとオルガンの軽やかな絡まりから始まる第1曲のキリエは間違いなくロッシーニオペラの序曲。2曲・3曲、グローリア・グラチウスと自己紹介のような合唱曲が続き、4曲目はドミネ・デウス。この曲だけはyoutubeのパバロッティでよく聴いていた。今日の歌い手、小貫岩夫氏もリズミカルで明るく楽しい。5曲めのクイ・トリスはソプラノとアルト、宗教曲が持つ清潔感溢れる女声2重唱。6曲目のサンクトスはバス、ドミネ・デウス同様にリズミカル、その低音は前曲2重唱を引き立てる。バスは小松英典氏。次の7曲めが前半の締めのようだ。クム・サンクト・スピリトウは女声合唱を柔らかく男声合唱が包み込み、終曲のように優しく音が消えていく。

音楽の印象は男声が女声を包むように聴こえるが、配置は40人余りの男性を80人近い女声が囲んでいる、そう、空間配置と音楽の印象は逆のように感じられて面白い。8曲目クレードはピアノだけの間奏曲的イメージ。しかしイメージは次の9曲目のクルチフィクススで明快な形になり、ピアノ、オルガン、ソプラノによる不思議なアンサンブルが豊かになり響く。そして10曲目のエット・レゾレクシット、合唱、ピアノ、オルガンに4人の重唱、神への祈りは、階段を駆けあがるように高まっていく。11曲はプレリュード、ここでは多彩なピアノ独奏が高まりの中、朗々と歌う。そう、ロッシーニの時代はピアノの完成期、静かなモノローグのような音の連なりが印象的で美しい。ピアノは竹村美和子さん。12曲目のサンクトゥスはオルガンが印象的。演奏は茂木裕子さん。前曲との音の対比が何とも面白い。13曲目はソプラノ独唱、オー・サルータリス・オスティア。まさにシェーナ・カヴァティーナ・カバレッタで構成されるオペラ終幕のアリアそのもの。

ソプラノは釜洞祐子さん。そして終曲のアニュス・デイはアルトがリード役。歌は城守香さん。ボクの好みの音質、今日は終始素晴らしかった。ピアノー>アルトー>合唱と曲は幾度となく回転し、繰り返される。その中、よく響くアルトが全体を盛り上げ、息が詰まるような高まりの中、全曲は終焉する。そして、大きく深呼吸、気がついたとき、ホールにはすでに大きな拍手が鳴り響いていた。

2012年7月9日月曜日

皮膚/表象としての建築/ファシズム

今年の表象文化論学会賞を受賞した「イタリア・ファシズムの芸術政治」「都市の解剖」の著者鯖江秀樹さん、小沢京子さん、そして東大の田中純氏、京大の多賀茂氏によるパネル・ディスカッションの情報をネットで見つけ参加した。前書は1900年代初期、後書は1700年代中期の芸術と政治と文化をテーマとしたもの。ボク自身最近、興味を持っている近世イタリアのカプリッチョというべき芸術現象に言及した二人の著書はすでに買い求めていたことでもあり、この会の日時はしっかりメモっておいた。しかし、相変わらずの積読のままでは意味が無いのだが、表象文化論というこれまた聞き慣れない学会の存在も気になり、休日の午後、駒場キャンパスに出かけた。たまたま、グランドでは東大と九大のラグビーの試合。早く着いたので時間待ち、両校の熱い戦いを眺めていて気がついたらもう2時。あわてて会場である教室に入ると、小さな教室はほぼ満員。ここもすでに若い熱気に満ちていた。 ディスカスは田中氏と多賀氏が著作の内容に対し用意した質問をし、それに対し受賞者である若き二人が回答をするという形式。田中氏の質問は「イタリア・ファシズムの芸術政治」の「の」の意味するものは何か等、同時代の芸術/文化の根本に触れたもの。それはファシズムの運動から体制への変化という時期を美術・建築側としてどう捉えるか、というボク自身の関心と一致する。ファシズムをいかに拒否するかは学んだが、そのファシズムの中に近代建築は生まれてきたという事実、そして安易に拒否するのではなく克服すべきものは何か、つまり、芸術/政治、芸術政治をどう捉えるかと言う事柄に繋がっている。多賀氏の質問はユートピアと対立するフーコのいうヘテロトピアは18世紀の建築のカプリッチョとどう関わるかというもの。質問の記述はボクのメモ筆記、田中氏、多賀氏の本来の質問内容とは異なっていたかもしれない。さらに、この学会のポイントは「作品はいかに語られるか」であって、建築そのものに対する論や批評がテーマではない。加えて、鯖江氏の研究は主に絵画作品としての表象、小沢氏もピラネージ、ルドゥ、ルクーの紙上の建築が分析対象、従って二人の回答はボクが求めたい内容とはかけ離れているのは致しかたないこと。ともあれ、とても有意義だった。「建築以前の建築のディスクリプションの存在」「模倣をどう使うのか、古典主義美学と近代美学の違い」「文化財と野蛮」「建築と暴力」そして「皮膚としてのファシズム」等々メモ帳に沢山おみやげをいただいた2時間だった。

2012年7月8日日曜日

テオ・アンゲロプロス アレクサンダー大王

観たい映画が見つからないとブログに書いたら「ルアーブルの靴磨きは面白かった」というメールを貰った。昨日も夜更かし、起床が遅く朝食も取らず出かけたのだが、エレベーターを降りたのが12時30分近く。チケットを買おうとしたら、「ユーロスペースは三階、ここはオーディトリウム渋谷です」と言われた。エッと思って壁面を見ると「テオ・アンゲロプロス追悼週間」(http://a-shibuya.jp/archives/3300)の張り紙、そして、この二階では「アレグサンダー大王」がすぐにも始まることが判った。(http://leporello.exblog.jp/17961354/)観たいと思ってはいたが、叶わなかった映画が突然始まる、さぁどうしよう。結局「ルアーブルの靴磨き」は明日以降とし、チケットを買い二階の客席へ。 「アレグサンダー大王」は予告編もなく、すぐに始まった。なんか、何も準備もないままアンゲロプロスの世界に飛び込んでしまったようだ。何となく落ち着かない、空腹でもあったが、直ぐに気がつく、間違いなくアンゲロプロスだ。彼はこの1月交通事故で他界。しかし、1980年ヴェネツィア映画祭グランプリの作品は生きている。映像は変質し、音響は歪んではいるが、いつも通り完璧な構図の静止画のような長回しに環境音が響く。始まりは20世紀の始まりのシーン、アテネのイギリス大使館での年越しパーティーから。パーティーから抜け出した若き貴族たちはスニオン岬のポセイドン神殿へ馬車を連ねる。ボクも知るこの岬の朝日夕日は絶景だ。貴族たちがやってくるのは、この神殿の柱間から登る初日を愛でるバイロンの詩を吟じるため。(http://sadohara.blogspot.jp/2012/01/blog-post.html)一方、アテネの監獄を脱走するアレクサンダーを名乗る囚人とその仲間、そう異民族の侵略から古代ギリシャを救った伝説の大王の登場だ。ドラマはポセイドン神殿でアレクサンダー一味がイギリス貴族を誘拐し、いよいよ佳境となる。一味は誘拐した貴族を連れて彼の娘と孫が住む村へ、そこはイギリス利権の有力鉱山開発地。村は一人のリーダーの指導でのどかに生きる共産村(アルカディア)。しかし、今イギリスの利権の元破壊されようとしている。この場所、この村がこの映画の舞台。渓流となる川が流れるが荒涼とした岩ばかりの寒村。石組の家々は朝日、夕日の輝き、雨と雪に埋まりどこまでも美しい。スニオン岬のあるアッティカ半島ではなさそうだ、どこだろう、アテネからも遠い北ギリシャのどこかだろう。アンゲロプロスのロケ地はみな美しく印象的。調べてみたが判らない。映画はギリシャ悲劇。いやこのアルカディアで展開されるから喜劇。悲劇・喜劇と言うよりむしろ神話劇。「権力」と「財産」という20世紀の神々に翻弄されるギリシャの人々、グローバリズム・ユーロに翻弄される20世紀ギリシャ。いや、「空腹」という神に4時過ぎまで釘付けにされたボク自身の悲劇だ。

2012年7月7日土曜日

時雨の記 中里恒子

渋谷で3時間半の長時間映画を観て帰宅、夕刊を見るとTVで「時雨の記」の放映。もういない友人だが昔、二人だけで飲んでいた時、彼は突然この映画の話をした。10年後、友人はこの世を去った。そしてさらに10年、文庫は買っていたが本は読んでいなかった。たった今、この映画を見終わって、初めて気がついた。あの時何故、彼が突然「時雨の記」の話をしたのか。そういえば彼は柔道が強かった。高校時代からともに京都が好きで、一緒によく嵯峨野・大原を歩き回った。彼は「明月記」が好きだった。ボクは張り合って「山家集」だった。大学時代、竹(尺八)を修行した彼は夏休みは南禅寺で合宿、建築に進んだボクは西ノ京・斑鳩・飛鳥を歩いていた。しかし、彼が何故あの時「時雨の記」だったのか。あの頃、彼は・・・・・湖が望める山の一角に土地を買い、ここにセカンドハウス建てるから設計しろ、といった意味も氷解した。それはサイレント・キラーを恐れていたかもしれないが(彼も心臓が弱かった)、そのことでない。彼にはうらやましい、美しい中学時代からの友達がいた。高校時代の文化祭ではよく一緒に遊んだが、彼女は体が弱く、病院に閉じこめられ、卒業と同時に二人は別れた。ボクが知るのはそこまでだったが、彼女は元気になったのだろう。ボクは何も聞いていない。そして彼はガンで死んだ。気が利かないボクは何も知らず、何も聞かないまま、セカンドハウスのスケッチだけが残っている。

2012年7月5日木曜日

楊家将  北方謙三

ここのところ観たい映画が見つからない、その代わりということになるが、よく本を読むようになった、かって、宮城谷昌光の「重耳」から始まる古代中国の歴史物語や司馬遼は出張の時の必需品だった。行き帰りの新幹線やエアーの機内、製図台につながれるまでの寸暇の時間、持ち込んだ文庫本を読み飛ばしていた。今のメトロで毎日見るスマホファンの光景と全く同じだ。どうやら、ボク自身は最近、スマホやパソコン遊びに飽きたのだろう。と気がついたら、文庫の読み飛ばしの癖が復活した。今読んでいたのは北方謙三、「楊家将」「新楊家将」の全四冊はとても面白い。 三国志、水滸伝はすでに読んでいる。しかし、あのハードボイルド作家が三国志を越える物語を書いていたとは知らなかった。解説によると「楊家将」は中国では三国志、水滸伝と並ぶ人気の物語。日本ではほとんど知られていなかったが、中国人が彼の「楊家将」を読み中国の「楊家将演義」より面白いと絶賛したとのこと。確かに面白い。すべては英雄の物語だが、吉川英治の三国志や水滸伝は上に立つ人間の思惑と孔明たち軍師の謀の面白さ、宮城谷の「重耳」「介子推」「楽毅」は君主に使えるが、多くの部下を従える男たちの人間的格闘の物語。 しかし、「楊家将」も確かに英雄だが、戦いばかりの物語。とまぁ、最初は思っていた。ところがだ、ボクの知る北方謙三は「眠りなき夜」「友よ、静かに冥れ」日本では得難いハードボイルド作家。4冊目の「新楊家将の下」にはいるともう間違いなく彼の本領発揮。タイトルも「血涙」だ。石幻果、休哥と英雄であった父を失った楊家の兄弟姉妹たち、そこはもうメロメロにボイルドされた世界、北方ならではのエンターテイメントが展開される。彼もまた三国志や水滸伝も書いている。 どうやら当分、パソコン遊びには戻れそうにない。「必要としなければ必要なし」(あたりまえか?!)今度はじめて知ったが、中国の歴史物語は春秋戦国ばかりではない、楊家将の時代、10世紀の遼・宋の時代も目が離せない。

2012年7月4日水曜日

時は老いをいそぐ アントニオ・タブッキ

時は老いをいそぐ アントニオ・タブッキ
アントニオ・タブッキの「インド夜想曲」を読んだのは昨年の10月、その後、思い出し図書館で「時は老いをいそぐ」の貸し出し手続きを取ると、なんと6人待ちと言われた。買えば、とも考えたが、まぁ急ぐ理由もないので、とお願いした。
そんなタブッキがこの月初め、ようやっとやって来た、すっかり忘れていた今になって。長らく待たされたのには理由があるようだ。
あのころ、タブッキが亡くなり、一気に関心が高まったのだろう。
しかし、借りだした本は以外に綺麗、多くの人に借り出された割には栞紐も使われておらず頁を繰ったあとも薄い。
どうでもよいことだが、読みだしてみると「インド夜想曲」同様とても読みやすい。
読み終わるのは明け方になったが、たった一日の一気読みで読了した。
綺麗な原因はこの辺りだろうか。
イタリアの現代文学といえばイタロ・カルヴィーノが有名だ。
彼の「蜘蛛の巣小道」は内容の割には明るくユーモラスで清々しかった。
そんな経験から「まっぷたつ男爵」「見えない都市」等はボクのお気に入りは多い。
もう一人は誰もがよく知るエーコ。
映画にもなった「薔薇の名前」はともかく、「フーコの振り子」「前日島」と評判になった作品はすべて積読状態、10年以上もボクの書棚の肥やしとなっている。
そんな経験からタブッキにはなかなか手が出なかった。
たまたま、須賀敦子訳が目に入り読み始めてみたら、これはいい。
その感想はすでにブログに書いた。それは今思うと彼が亡くなる5ヶ月前のこと。
「時は老いをいそぐ」は2009年の出版、(日本では2012年3月)タブッキが67歳の時の作品。
詩人でもある彼は自らの記憶と感情をわかりやすい言葉で素直に綴っている短編集。
全体はまるでバルトークの音楽のよう。
実際にその音楽が登場する「将軍たちの再会」はこの書の中央、使われた形跡のない栞紐が掛かった頁に書かれていた。
読書中のボクにとっても、インド夜想曲に引き継きタブッキの物語の全体が音楽となって歌われ、もっとも豊かに響いていた時間、もっとも印象深い掌編だ。
そう、9つの短編集はまた前作同様、今度も音楽なのだ。
思い出してみるとカズオ・イシグロの短編集「夜想曲」も音楽だった。
どうやら最近のボクの好みは明白、堀江敏幸、カズオ・イシグロ、アントニオ・タブッキ、表現と内容は全く異なる3人だが、その印象は皆、音楽のようなアンソロジーといえそうだ。
「時を老いをいそぐ」とはクリティアスのエピグラムだそうだ。
「影を追いかければ、時は老いをいそぐ」、追いかければ失うという繰り返しの中にしか「時」は貌をあらわさない。
しかし、その「時」をいやはっきり「記憶」と言っていいのではないかと思うが、内在化した感情は影を追うことで初めて本来の貌を描くのではなかろうか。
ボクはタブッキの短編をそう読んでみた。
9編はすべてイタリアからは東方の物語。
ザンクト・ガレンからはじまり、ブカレスト、ブダベスト、ワルシャワ、テル・アヴィブ、クロアチア、イラクリオン・・・・。大好きな映画監督ギリシャのアンゲロプロスに似て東方は静かな弦楽カルテットがふさわしい。
先ほどこの書をブックポストに返したが、この書の中の印象的ないくつかのフレーズをメモっておいたので、このブログに残しておきたい。

「無から、その感情がやってきたのは無からだ、それは自分の記憶と同じ、ほんとうの記憶ではなく人から聞いた記憶と同じで、まだ感情といえるほどのものではなく、むしろ感情の動き、実際には感情の動きですらなく、幼いころから耳にしてきた他人の記憶をたよりに想像で作り上げたイメージでしかないのだったが」

「遊びはいいことだなんて決していわなかった。遊びはすごくいいことだと言っていた。カラーの本を買ってくれないが、とてもカラフルな本を買ってくれるのだ。そして空が真っ青の日となれば散歩に行くのが当たり前だった。」

「ポタ、ポト、ポッタン、ポットン、ポタ、ポト、ポッタン、ポットン。音は頭骸骨の中まで届いたが響くことはなかった。脳にぶつかってはくるが、こだましないのだ。一つ一つがそっくりで、ピチョンとはじけて消えて次のピチョンのためにすぐに場所を空けるているとき、一見前のピチョンと同じ音だが、実は違う音色をしているみたいだ、ちょうど湖の岸に雨が降りはじめたときに耳を傾ける雨粒一つ一つに様々な音の種類があることに気がつくように。・・・」

「もしもホメロスがオデュッセウスに出会っていたりしたら、さぞつまらない男に見えたにちがいない。・・・」

「風に恋したわたし、ひとりの女の風に、女が風であるならば、わたしはたたずむ、かぜとともに。男は地面に滑り降りて仰向けに壁によりかかると、上をみつめた。空の碧が一角にのぞいた隙間を埋めていた。男は口を開けると、その碧を水根で呑み込むみたいにしてから、両手で抱きかかえるようにして胸に引き寄せた。口からは歌声が。風が風を運び去り、風が風を運び去り、その足の運びの速さに、娘と話すことさえかなわなかった、スカート上を巻き上げるようにして、風が娘を抱きしめる」このフレイズはこの書のffフォルテです。
フェスティバルはタブッキがカンヌ映画祭の審査員をつとめた経験からということだが、ちょっと毛色が異なり人を喰った物語。「今夜眠らずのいればいつもと違った魚が釣れる」

「その記憶はあくまでもおまえの記憶だし、おまえの記憶でしかあり得ない。他人に語り伝えたからと言って、おまえの記憶が他人の記憶になることはない。思い出を語ることはできても、その思い出を他人に移すことはできない。・・・」

「夢というのは、人生にあったことではなくて、人生にあったことを体験するなかで感じたものを表しているのだから。・・・それは感情というものが説明し得ないものだからだ。説明を可能にするためには、感情は意識に変化する必要がある、・・・・感情を意識に変えるのに夢は都合のよい環境ではない。」

と、まぁ切りがなくなってきた。
いま、アマゾンからの写真をリンクしたが、やはり、手元の書棚にこの書キープすことにし、ぽちっておいた。
よく見ると表紙のもなかなか良いではないか、画像はマグナムからだろう、三人の群れない男の貌が何ともかっこ良い、いや、右はじはもっと美しい、そう、群れない馬だ!

モーツァルト 紀尾井ホール


紀国坂の紀尾井ホール。カザルスホールなき後、ここは貴重な室内楽の殿堂。このホールがある限りボクの身体から音楽が消えることはない。外壕散歩コースの途中にあるこのホール、奏楽堂以上に近いこともあり、演奏会のあるなしに関わらず時々訪れる。しかし、外観はともかくインテリアは正直のところボクの好みではない。ホールの形状はハイドンのエステルハーザ以来のシューボックス。ウィーンの楽友協会がその象徴だが、そのスタイルは音楽だけでなく、洗練された社交が貴族のサロンから市民世界に広がるきざはしとなった形状。そのインテリアは繊細な弦の響きを隅々に浸透たせるためだけにあるのではなく、様々な形式を複合化させ、建築が語るオブリージが体現できるようにデザインされている。紀尾井ホールのインテリアはそのウィーンをそのまま移入しようと心がけようとしたものであることはよく判る、しかし、似てはいるが形式がない。木製の壁面、その凹凸は音を聞かせるのは最適かもしれないが、形が生み出すアンサンブルは理解不能な装飾ばかり、ボクにはノイズとしか見えないのだ。

今日のブログはインテリア批判が目的ではない、アンサンブルofトウキョウを楽しんだからだ。先日の芸大のチェンバーの教師クラスがこのアンサンブルのメンバー。プログラムはモーツァルトばかりという豪華版。なぜ豪華かというと、弦が四つにピアノ、クラリネット、オーボエ、ファゴット、ホルン、その独奏者による「弦楽四重奏17番kv458」「ピアノと管楽のための五重奏kv452」「クラリネット五重奏kv581」。ケッへル番号から判るようにモーツアルトの最盛期のハイドンセットと発達しつつあった管のみの絡まりで構成された実験的成果、そして、最晩年の五重奏曲。一度にこの三曲、この殿堂でのいいとこ取りのモーツァルトはなんとも贅沢。外は放射能汚染や政治・経済不安等々イヤなことばかりの時代だが、ホールの中はモーツアルトのアルカディア。一瞬の至福の時間を体現した後、真っ暗な外壕の木々の中を帰宅したが、200年あまり前のモーツアルトの時代はもっともっと大きな社会不安に見回れていたことを思い出した。

2012年6月30日土曜日

チェンバーオーケストラ演奏会 芸大奏楽堂

弦を聴きたいと思い、すぐに思いだし手配したのが今日のコンサート、芸大チェンバーオーケストラ第19回定期演奏会。 すでにブログには書いたが、上野の山の端、芸大とは背中合わせの場所にボクの通った高校、都立上野高校がある。 おかげで芸大や文化会館の演奏会はもっとも身近、下校後度々気軽に聴きに行くことができた。 そんな経験から上野での演奏会はいつも親近感がある、芸大のチェンバーオーケストラもすでに何回か聴いている。学生のオーケストラだが、いつも質の高い演奏を続けている。今日のプログラム解説で初めて知ったがこのオーケストラの創業は2003年。芸大教授ゲルハルト・ボッセ氏の指導と指揮で毎年2回演奏会が開かれていた。先生はドイツバロックから古典派、ロマン派が得意だったという。ボクが通い、聴かせていただいたのもハイドンが多かった。 そんなボッセ先生は本年2月1日亡くなられた。残念ながら、今日はいつもの指揮者である先生は登場しない。演奏する学生のみのアンサンブルだが、ほとんど学生はもはや先生の指導も直接は受けていないと書かれていた。しかし、すばらしい演奏会でした。午後3時からの演奏会だが、終始音楽を楽しむ喜びと緊張感ある合奏、会場は弦楽好きの観客で満員。ボクは幸い5列目中央、プログラムはJ.Sバッハとメンデルスゾーン、スークです。 演奏が始まってまだ30分、2曲目のバッハ、2つのバイオリンのための協奏曲、その第2楽章の二人の旋律が呼応し合うと突然、涙が溢れ、膝が震えはじめた。こんな経験、しばらく忘れていた、そう、ボクの身体に音楽が戻ってきたようだ。1曲目のブランデンブルク協奏曲第3番は誰もが知る名曲。バイオリン、ビオラ、チェロが三人づつにコンバスとチェンバロ構成だが、その第2楽章は各々の弦が転調しながら掛け合うという展開。演奏者は目で合図し呼応、わずかに微笑む。練習を重ねた喜びを充分に楽しんでいるかのような演奏は見ていても楽しく、この曲の持つリズムや速度を一層華やかにし、若々しい。 後半のメンデルスゾーン「弦楽のための交響曲第9番」スーク「弦楽のためのセレナード」も文句なし。2曲とも作曲者自身の10代の作品。もちろんボクにとって初めて聴く曲。前者は音楽がドラマ、後者はドラマが音楽というのがボクの感想。終始、緩急緩と変化する中、バイオリン、ビオラ、チェロ、コンバスはその役割を決して失うことなく、質の高い合奏を聴かせてくれた。 蛇足だが、最近の演奏会の出演者は女性が多い。最近は文学・美術、建築と芸術に関わる素晴らしい若い人は圧倒的に女性が多いように感じらる。理由を詮索してもしょうがないが、こんな質の高い演奏会のチケットがわずか1500円。学生の演奏会だからと言ってしまえばそれまでだが、一般の商業的演奏会との相違をいろいろと考えると、なんか寂しいものが見えてくる。今日は指揮者のいない合奏だが、バイオリン、ビオラ、チェロの男子学生3人がしっかりリーダーシップを発揮していた。その緊張感は客席から見ていてもよくわかる。オペラ研修も全く同じ、練習に練習を重ねた成果、なんとか、明日以降もあり余る彼ら彼女らの力を充分に発揮できる機会を願うばかりだ。

2012年6月25日月曜日

かもめ食堂

昨晩、夜遅くpcを開けると、 全く思い掛けない人のメールがあった。 昔、フラレタ女性からだ、それも海の外から。 内容はともかく、いろいろなことを考えていた。 今日になって、こんなブログを思いだした。 彼女とは全く関係のない話しだが。
BSプレミアム「かもめ食堂」を観た。 つゆ空の毎日だが、昨晩もまた80年代(製作は2006年)の気持ちの良い、清々しい風、最近、あまり観ることのないさわやかファンタジーを見た。 決して群れない女性たちの群かたの記、作者は群ようこさん。 (ボクのだじゃれ、群ようこさんの群は旦那の群一郎さんから) マリネッコにイッタラにフリッツハンセン。 家具・インテリア好きならご存じだろう、モダンでスマート、清潔な、白夜の街ヘルシンキ。 「いやなことは、いや」「べたつかない」「ひきづらない」ボクが好むタイプの女性たちの日常だ。 しかし、「かもめ」にくるまでの彼女たち、決して軽くはなかったようだ。 太りすぎた猫を預けられたような毎日(?)から解放され、いまは淡々と水にまかせ、風を浴び、陽に輝く。 ガッチャマンはちょっと思い出したが、ムーミンとスナフキンがいとこ同士であったことは知らなかった。 おまじないのコピ・ルアッククとウォッカのようなコスケンコルヴァはTVを観ながらメモしたが、幻のコーヒーとシナモンロールの香りは残念ながら画面の中だけ、茶の間では味わえない。 素晴らしい映画です、お勧めします。

2012年6月21日木曜日

ラフマニノフ 芸大定期奏楽堂


芸大定期を聴く、ラフマニノフのピアノコンチェルトとシンフォニー。重くて暗いロシアの管弦楽曲はボクの体質にあわない。叙情的なメロディーも甘すぎる、まとわりつかれるような感覚が、帝政ロシアの建築に似て好みではない。しかし、ラフマニノフは気に入った。パガニーニの主題による狂詩曲は1934年に作曲された曲ということだが、新しくて古いのだ。前半のコンチェルト「序奏と24の変奏」、リズムも音色も先入観を持っていたロシアとは全く違っていた。今日の芸大、尾高氏による定期演奏だが、幸いまだチケットあると知り、曲目も確認せず急遽出かけることにした。先週同様、すっぽりと身体を弦の空間に浸しておきたかったから。 会場はいつものように大学構内奏楽堂、明るくニート、椅子も改善され音楽を聴くには絶好だ。江口氏のピアノは緩急、強弱、高低、この曲のスピード感ある多彩な音の変化を息を飲むような感覚で紡いでいく。後半の交響曲第2番も素晴らしい。解説では「息の長いフレーズはときに壮大な叙事詩のようでもあり、移りゆく景色に目をやるように叙情的でもある」、全くその通り。4楽章の交響曲としてはたっぷり一時間、まさに朗々としたロシア音楽そのもの。しかし、CDを聴き飽き、すっぽり音楽のお風呂の中に浸っていたいボクにとっては望むとおりの気分の良さ。時々、映画音楽のようなメロディーが流れる。そう、考えてみると、ラフマニノフはオペラのプッチーニに似ているかもしれない。音楽は判りやすい、聴く人の思いはどうであろう、すっかり乗せられる。終わってみると、涙を流した後のカタルシス、いや風呂上がりのさっぱり気分だ。

2012年6月13日水曜日

ライク・サムワン・イン・ラブ  アッバス・キアロスタミ 

「桜桃の美味しさ」は食べたものにしか判らない。映画はプロセニアムアーチ(額縁)の中の「嘘」の世界。しかし、嘘の世界だからといって、「桜桃の味」を美味しいという言葉だけで、自殺願望者の自殺を思い留まらせることなどあるはずはない。「嘘」を「真」としてアーチの中に作るのが現在の映画。「桜桃の味」はそんな映画の持つ虚虚実実をひっくり返えし、観るものにリアリティある真実をプロセニアムアーチという「虚」の中で実在化したフィクション。それが10年前のキアロスタミだ。 一昨年の「トスカーナの贋作」も面白かった。何の不自由もない知的な夫婦の嘘と真をテーマとしている。誰もがあこがれるイタリアの小さなリアルな街を舞台にして。しかし描かれたドラマは画面というプロセニアムアーチのなかに留まってはいるが、観るものを、その贋作の中に取り込んでしまうという、不思議を仕組んでいる。そして今日、同じ監督キアロスタミの「ライク・サムワン・イン・ラブ」を観た。東劇3階試写室。 プロセニアムアーチとはルネサンスの人間中心主義が生み出した虚実の境界。オペラ劇場の原型となる16世紀の劇場に誕生した、透視画法によって秩序付けられた神の支配に変わる人間中心の世界。前世紀末、透視画法のカノンから逃れ、その虚実の境界となる額縁を破壊することで音楽と美術を貴族のサロンから市民社会に解放した。一方、20世紀の映画はそのアーチをそのまま利用し、大衆社会に展開される表現形式として「虚」をエンターテーメント化していく。やがて、プロセニアムアーチは映画ばかりでなく、TVやDVDへと、いつかその「虚」は「虚虚実実」となり虚実の境界を曖昧にし、我々が必要とする想像的世界を奪って行った。今、ヌーベルヴァーグの指摘に関心があるとするならば、その境界の有る無しではなく、その境界とどう関わるかがテーマとなろう。 最近、ボクのブログでも18世紀のピラネージと19世紀末のオスカー・ワイルドに触れている。それは形式を失った現代が、いかに新たな表現手法を手に入れるかに関心があるからだ。 かりそめの愛を求める年老いた元大学教授、ミステリアスな女子大生明子、その恋人、どこにでもいる切れやすい男の物語。画面の中は嘘ばかりだが、その嘘の中でフィクションとしての「虚」を描いて行く。そして、アーチの外側、客席にいる観客だけは「その嘘、つまり真実」を知っている。ドラマの進行に慣れてくると、やがて、映画を観ている客席が「虚の世界」のように思えて来る。プロセニアムアーチの中の登場人物によって客席にいる我々が眺められているような気がするのだ。つまり、アーチ(虚実)の逆転。この映画でキアロスタミは「私の映画は始まりがなく、終わりもない」と語ったそうだ。そうだろう、あの唐突のエンディングは監督自身がプロセニアムアーチを逆転させ、途切れもなく続く人生のドラマを、映画を見ているはずの我々自身に演じさせているのだから。

2012年6月9日土曜日

クラリネット五重奏 津田ホール

カルテット・アルモニコを津田ホールで聴く。 クラリネットの亀井氏との協奏。 聴きながら耳が、いや身体が戻って来た、とまず感じビックリした。 弦の音はほとんど聴いていなかったようだ、長い間。 ウェーバーとモーツアルトの五重奏と現代音楽のプログラムだが、 最初の弦の響きであぁーと思った。 やはり、コンサートに足を運ばなければ、ボクの身体から音楽が消えてしまう。 iTunesやYoutubeが悪い訳ではない、安くて便利しかしそこまで、 という当たり前のことに改めて気がつかされた。 良く聴くモーツアルトはゆったりと端正に四つの弦が水面のたゆたうクラリネットに絡まり大満足。初めて聴くウェーバーは「魔弾の射手」や「オベロン」で知られるようにやはりドラマティック。 メランコリックな第二楽章はボクの好み。 ソナタ形式特有の主題と変奏がリズムをかえイメージを変え、 劇的とも言える五重奏の楽しみを味あわせる。 中間の「第一バルド」、演奏後作曲者西村氏が舞台に立たれたが、ボクはまだ現代曲を聴く耳を持っていない。形式が見えない曲想はその音の連なりが悪い訳ではないが、押しつけられた音楽というイメージが先に立ち楽しめない。 しかし、多くの観客、、沢山の拍手。 やはり、もっともっと、コンサートに足を運ぶ必要があるようだ。

2012年6月7日木曜日

サロメ 新国立小劇場


初台の中劇場で「サロメ」を観る。世紀末オスカー・ワイルドの戯曲はリヒャルト・シュトラウスのオペラで度々観るが、現代演劇は全く初めてだ。だからここでは形容詞だけの感想は書きたくない、ただ、とても良かったと言っておこう。最近のボクの関心は18世紀だが、ここのところまた19世紀末が気になってしょうがない。オスカー・ワイルドとクリムトはどちらにしても外せない。 やはり、いいよねあの時代、こんな戯曲、こんな音楽が作られた時代だ。ミッドナイト・イン・パリのアドリアナにウディ・アレンが「20年代よりベル・エポックが好き」と言わせたのもとても良くわかる。サガンが書いた「ブラームスはお好き」の中身とも共通している。カノンが壊れ全てが抽象的・平面的にしか捉えられなくなった近代、そのつかの間のアールヌーボだが、まさに市民の文化、オネスティを探していた、貴族のサロンから真正な市民の都市の文化を模索した時代だった。しかし、それもつかの間1914年の世界大戦で全てが消えた、そう、市民もオペラも戯曲も建築も。 今日の舞台で感心したのは天井に隠された鏡面(虚像)だ。そこに写り込む「赤い海に正方形の白いテーブル、そこに横たわる官能的サロメ」は演出家亜門氏が「やった」と言いたいアイディアではないか。赤・白・黒も判りやすいがボクにはもう一つ白いミースのバルセロナ・チェァにはやられたと思った。ネタバレではなく勝手な妄想だが、白いテーブルとチェアはグローバリズム(帝国)の赤い海に浮かぶアーキペラゴ(群島)に思えてならない。

2012年6月5日火曜日

無鄰菴 京都

面白い本を見つけた。 磯崎新と福田和也の対談「空間の行間」筑摩書房。 冒頭、福田氏は語っている。 「日本建築と同時代を担う文芸、両者を併置、対置したときに見えてくる文脈や照応を探る」。 読んでみたのは第八回無鄰庵と「五重塔」。 無鄰庵は京都の明治時代の庭園の代表格、庭師小川治兵衛が作った山県有朋の庭と聞いてボクもかって見学している。(Youtube映像) しかし、これが明治の元勲の京都の庭か、あまりにもあっさり、何事もなく、拍子抜けした経験があったから、お二人が何を語るか興味津々。 東京周辺でも、ちょっとした邸宅ならどこでも見かけた変哲のない日本の庭。 縁先から視線の最遠方に小山を築き、そこからの流水を床下までゆったり導き、溜まり池にする。 読んで判った、この変哲もないことが大変なことだったのだ。 ここで解説を追うつもりはないが、出てくる出てくる、お雇い外国人、江戸と明治の技術者、軍人、哲学者、政治家、文学者、画家に俳人・・・・。 ヴァザーリやブルネレスキ、ギルベルティまで出てきたが、日本の建築家は一人も登場しない。 やはり、デザインや文学が面白いのは時代の狭間ということだろう。 そしてWTCは近代のダークサイド。 しかし、「その後、どうしたらいいのか、まだだれも納得できる見通しを出していない。」で終わっている。

2012年6月4日月曜日

ブラームス全集  ブルーノ・ワルター

中学に入学し、高音で歌えたことから先生に誘われ音楽部員になった。 男子生徒用には吹奏楽部があり、スーザの行進曲ばかりだったが、ドラムとクラリネットとトロンボーンでを担当した。 この体験がボクとクラシック音楽との出会い。 それはLPがステレオになった頃のこと。 音楽的関心のない父親だったが、好奇心から高価な音響装置を購入。 なにもわからないまま、レコード屋でボクが見つけたのが「コロンビア交響楽団のブルノ・ワルター指揮、ブラームス全集」。 しかし、この四曲はボクとはすこぶる相性が良かったようだ。 いまから思うと、ワルターのリズムはボクにピッタリ、弦だけでなく、管が朗々と響くのも気に入っていた。 そして、その後感じることだが、ブラームスはやはりロマンティックで音感のスケールが大きい。 その後、モーツアルトやハイドンに目覚め、聴くことが減って行ったが、 今日はYoutubeで全曲(モノだが)見つけたのでブログにアップすることにした。 いまなら、四曲中どれを聴く、やはり、2番と4番かな?

2012年6月2日土曜日

かわごえ


蔵の町川越は1893年(明治26年)の大火を経験し、現在の独特の町並みを生み出して来た。 しかし、初めてこの街を訪れた頃はまだ戦後の看板、パラペットがその蔵の姿を隠していた。 その後、街の活性化プロジェクトで川越は趣は変えていく。 明治期の町並みを隠していた看板がすっかり取り払われ、現在の蔵の街川越が生まれたのだ。 
やがて蔵の街かわごえは再生され、週末には沢山の人びとが訪れ、クルマが制限された街路は趣のある散策路。この街にならい多くの江戸・明治・大正・昭和の歴史ある町並みが各地で復活して行く。 小江戸かわごえがモデルとなり多くの街の活性化に貢献した。
この日 川越を訪ねたのは久し振り、ひとひと人の賑わい、聞いてはいたが、ただただビックリ。 
この街の魅力は蔵だけではない。 荒川と入間川の合流点あるこの地は平安時代からの舟運の要衝。 江戸期に入ると幕府の北の守りの拠点でもあり、大藩の格式を持った重臣たちがこの地を納めている。 そんなことから、神社仏閣旧跡や歴史的建造物は鎌倉や日光に負けていないということだが、今回はこの街のそんな魅力(中院・喜多院・東照宮・五百羅漢)をアップすることにした。

日の名残り カズオ・イシグロ

留守録しておいた「日の名残り」を観る。 知ってはいたが、いままで観るチャンスがなかった。 誰もが良かったという通り、本当に素晴らしい映画だ。 読んでから観る、というのがボクの習慣だが、この小説もまた映画化されていることを長らく知らなかった。 昨年の「わたしを離さないで」も実はまだ観ていない。 この映画の面白さを話してくれた友人はカズオ・イシグロは前の「日の名残り」も良かったが、「わたしを離さないで」が好き、と話してくれた。 そうか、「わたしを離さないで」はそんなに良いのか。 「日の名残り」も映画化されていたんだ、とその時ようやっと知った。 何年前ことだろうか、「日の名残り」は出版当初、連載を担当していた建築雑誌(今は廃刊)のコラムに感想を載せさせていただいた。 そして、たった今、ビデオを観終り、掲載のコラムを読みビックリ。 なんだこの感想は、「日の名残り」が全然読めていなかったではないか。 カズオ・イシグロは小説も良いが、映画も素晴らしい。 それが彼を良く知る友人の言だが、全くその通りだ。 早速、「わたしを離さないで」を読み、ビデオを探したいと思う。 「日の名残り」は本の印象がそのまま、いあやそれ以上に詳細に映像化されている。 ある意味では言葉以上に映像が細かく語っている。 そう、観ていて判ったんだ「THE REMAINS OF THE DAY」の本当の意味が。 カズオ・イシグロ当然、「建築」を書きたかったのではない、描いたのは「人間」だ。しかし、 「建築」は全てを知るが何も答えることはない。 「執事」もまた同じなんだ、答えるのではなく、理解すること。 「建築」は全てを記憶している。 「執事」もまた全てを記憶している。 カズオ・イシグロはその記憶を言葉に代えた。 そして「建築」でも「執事」でもなく、あの「中国人形」に語らせた。 ラストのスティーブンスの瞳の奥は見逃せない。 飛び立つ鳩を追う、あの瞳の奥。 以下は建築雑誌に掲載した「日の名残り」のコラム記事です。 A−イギリス・オックスフォードシャーにダーリントン・ホールという、大きなカントリーハウスがある。と言ってもこれは小説の中の話しなんだが。 B−何ですか突然、小説の話しとは A−いや、カントリーハウスの建築については、様々な本があるが、そこでの生活については全く知らなかったと気づかされたんだ。 B−カントリーハウスですか、映画では時々出てきますよね、礼儀作法が滅法厳しい慇懃な執事とか。 A−ぼくが面白いと思ったのは、その役割なんだ。貴族の生活の場、自然をエンジョイする別荘という単純なものではない。一人の執事を中心として沢山の使用人たちによって維持される、一つの都市のようなものなんだ。国際的な政治交渉の場であり、秘密会談の場、事業の場、情報交換の場、そしてホテルであり、そこを訪れる人々、あるいは使用人として生活する人たちが様々な恋や人生を育む舞台のような場なんだ。建築写真や映画からは見えてこない、生きた世界がこの本には描かれている。 B−カントリーハウスの生活とはどのようなものなのですか。 A−大阪市立大学の福田晴虔氏の「パッラーディオ」(鹿島出版会)の中で、かれの建築を読み解く重要な鍵として「貴族の責務ーノブレス・オブリジェ」が挙げられている。この小説では1920年代のカントリーハウスが舞台だが、そこでの生活も、16世紀イタリアの同様、この責務が基盤となっている。責務を全うするダーリントン卿、執事職という役割から懸命に「主」の選択を信じ支えるミスター・スチーブンス。その役割は建築物同様あるいはそれと一体化し、ある種の品格を醸し出すものなのだ。小説は一時代の役割を終えたダーリントン・ホールの執事が美しいコンウェール地方をドライブしながら、かっての「主」との生活を回顧する形になっているが、テーマは偉大なイギリスの風景、イギリス貴族、そして豪壮な邸宅を語り、それを支える人々の役割と生き様を描くことにあるようだ。「うねりながらどこまでもつづくイギリスの田園風景、大聖堂でも華やかな景観でもない、偉大な大地、表面的なドラマやアクションとは異なる美しさを持つ慎ましさと偉大さ、この偉大さこそ大きな屋敷に使える執事の目標となるものである」と主人公の執事、ミスター・スチーブンスは語る。 B−「貴族の責務」ですか、それが建築にとって、どんな意味を持つのですか A−住宅にしろ公共建築にしろ、建築である限り「主」がいるのが当然だ。しかし、その「主」は現代における施主とは些かニュアンスが異なり、どの時代でも、社会的、時代的責務に支えられた存在であったことが大事なんだ。その責務とは中世においては、日本も同様、宗教的精神の反映であったし、宗教改革以降のヨーロッパにおいては「貴族の責務」が基盤だったのだ。ダーリントン・ホールは執事共々アメリカの事業家を「主]として迎える、そして、ミスター・スチーブンスは新たな「責務」を持つアメリカ人を信じ、執事職を建築物と共に継続しようと決意するんだ。

2012年6月1日金曜日

ミッドナイト・イン・パリ

行ってみたい場所、関わってみたい時代を体験できる旅、それは映画の観る最大の楽しみ。 そんな映画ファンを虜にするのはウディ・アレンの得意技。 「ミッドナイト・イン・パリ」の2時間はあっという間のファンタジー。 いや、まずヘミングウエーが出てきて大笑いだ。 あとは出てくる出てくる、ロストジェネレーション時代の「パリのアメリカ人」。 そればかりではない、ガトルード・スタインのサロンに出入りするコクトーにピカソ・・・・果てはマン・レイやダリまで。 写真からのイメージや本で知る彼らのカリカチャーがそのまんま登場するので、おかしくてしょうがないが分かりやすいから楽しめる。 ボクは良く知らなかったがモディリアーニの恋人アドリアナ。 彼女がこの映画の決め技だろう。 2020年代の作家志望の主人公ギルは1920年代の彼女に恋いをし、婚約者イネズと別れることになる。 ウディのねらいは結構意味深い、しかし、タイムスリップする二つのの恋を対比すれば、彼のねらいが読めてくる。 そう、ボクもアドリアナの虜になった。 しかし、彼女はギルを振り、世紀末のベルエポックにタイムスリップし、背は低いがエキゾチックな魅力を持つロートレックに恋いをする。 2020年代のギルは叶うはずがない、世紀末ベルエポックに恋をする1920年代のアドリアナはもう妖星なのだから 。 ボクの知るウディは重い2000年代は不似合、軽かった80年代の人だ。 そんな彼だからこそ自由に時空を飛び、アメリカ人の「パリ」をエンターテイメントに変えた。 パリに住むことを決めたギルは婚約者と別れリシュリー通りの「シェークスピア・アンド・カンパニー」(http://leporello.exblog.jp/18273467/)に立ち寄る。 次のシーンではコルトレーン好きのパリ娘とボン・ヌフで再会し雨の街に消えていく。 いやぁ、できすぎだ、ギルがいやウディがだ。 かわいいが陳腐な現代娘イネズ、その父親の共和主義事業家と鼻持ちならい知ったかぶりの大学教授。 ウディが描きたいのはいつものニューヨークではなくパリ、それもアメリカ人のパリ。 現代の「パリのアメリカ人」と20年代の「パリのアメリカ人」へのオマージュ。 「ミッドナイト・イン・パリ」はウディの批判精神というより、彼一流の相対主義が生み出す一級のエンターテイメント。

2012年5月30日水曜日

秩父セメント工場 谷口吉郎

子供の頃、父親の写生旅行の共をしよく出かけていたので、この地の特徴ある二本煙突は懐かしい。 しかし、この工場がかの谷口吉郎氏の設計であることを知ったのは建築学生になってからのこと。 その後建築設計を仕事としたが、工場内に入り詳しく見学するのは今回が初めてだ。 武甲山での石灰岩の採掘はともかく、この工場でのセメント原料の生産はすでに最盛期は終えている。 幸い、ドコモモ(近代建築遺産)20選に選ばれたことでもあり、工場は60年あまりほとんどその形を変えていない。 その全体は巨大でありメカニカル、日常的なオフィスビルやマンション建築と比べれば、ものづくりの機能がそのまま露出しドラマティックであり、スペクタクルな魅力が一杯。
工業時代の日本を象徴する建築、しかし、その姿は何とも優しく女性的でもあり、決して冷たくない。 屋根は山並みをなぞるかのような曲線、外壁は錆色のスティールと石綿スレートの組み合わせによる繊細な格子模様を描いている。 操業は一部リサイクル燃料製造を取り入れはじめたことでもありまだまだ続く。 山での採掘から製品の生産まで、全てを操業のままの世界遺産として推薦される日も遠くはない。 とすれば、設計者谷口さんが描いていた、「中庭に緑の芝生をつくり、花壇には四季の花を咲かせて・・・・気持ちのいい生産環境」が実現され、多くの観光客を楽しませるに違いない。

2012年5月29日火曜日

秩父の山間、石間の斜面住宅


急峻な斜面に石垣を築き、斜面へばりつくような住居群。 「天空の里」と呼ばれるこの集落は空気が澄みどこまでも爽やかだ。 里に下りると吉田町、瀟洒な蔵づくりの「小次郎酒造」があった。 ここの「にごり酒」はコクが深く、粘り着くような味わい。 昨今のサラサラな日本酒はこの里には似合わない。 こんなご時世になっても、決して古びることもない、 しっかりと維持されている、味と風格の酒と集落に改めて感動した。

2012年5月18日金曜日

刑事ベラミー

刑事ベラミーを観る、フランス映画未公開傑作選、イメージフォーラム。 ジョルジュ・シムノンとジョルジュ・ブラッサンスにオマージュを捧げたヌーヴェルヴァーグを代表する「フランスのヒッチコック」クロード・シャブロルの遺作、という映画紹介を見て出かけることにした。 なんとも欲張った宣伝文句だが、シャブロルの遺作で「メグレ警視」のシムノンへのオマージュと言われれば見逃すわけにはいかない。 かって、フランスのヌーヴェルヴァーグの波が日本にも押し寄せ、ボクも毎月「カイエ」という雑誌を楽しみにしていた。 「ユリイカ」や「現代思想」に似たような装丁で、文学、映画、建築、美術、音楽を肴にし日本の若き文化的スノッブを虜にしていた雑誌。 残念ながら1年余りで閉刊になってしまったが。 記憶では「カイエ」とはポール・ヴァレリーが書きためた雑記のことを言い、その後、ヌーヴェルヴァーグの映画評論誌「カイエ・デュ・シネマ」に由来している。 シャブロルはその「カイエ派(右岸派)」の映画作家、「美しきセルジュ」「いとこ同志」「石の微笑」「引き裂かれた女」などを作り、「赤と青のブルース」や「ゲンズブールの女たち」に出演した、文字通りカイエ派ヌーヴェルヴァーグそのものの人であり作家。 見終わった感想としては、ボク自身はもうヌーヴェルではない。 あまりにも日常的な映画作りで、2時間余りはちょっと長く感じた。 南仏の街セートが舞台。 ここはヴァレリーの街だが、ヌーヴェルヴァーグ時代のギターの弾き語り、反体制詩人ブラッサンスの生まれた街、彼の墓もあり、彼ら詩人を良く知る人にとっては聖地であろう。 エンディング近く、彼の詩のテロップが流れる。 それはオマージュどころか、シャブロル自身の遺作となってしまったこの作品で彼が言いたかったのは、この言葉ではなかろうか。 ネタバレになるから言葉は記さない。 無給休暇中のパリ警視をタイトロールとした保険金殺人事件、しかし、スリルとサスペンスは全くない。 描かれるのはシムノン・ファンなら判る、どうにもうまくいかない人々の人間模様と微細な心の触れ合いそして、すれ違い。 物語はブラッサンスの墓地下の海岸の黒こげのクルマと死体から始まる。 タイトロールである著名なパリ警視とその麗しき夫人。 その二人の家に転がり込む刑務所上がりの警視の弟。 仕事を放り出しマッサージサロンの若き女性との新しい生活を夢見る夫と病弱で生きる張り合いを失った妻。 同棲していた恋人と別れ、路上生活を選択するブラッサンスかぶれの男。 ヌーヴェルヴァーグだ、これ以上の説明は必要ない。 面白かったのは、村上春樹の言う「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のシーンがそのまま挿入されていたこと。

ピラネージ「牢獄」展 国立西洋美術館

西洋美術館のユベール・ロベール展はこの20日で終わりのようだ。 まだ寒かった3月の始め、芸大の帰りにたまたま寄ったのが最初だが、その後、気になり併設のピラネージ「牢獄」展を含め結局、3回も見学してしまった。 もっとも、3回も観たとは言え、気になることが解決したわけではない。 この時代の絵画や建築の特徴、カプリッチ(気まぐれ)、その真意はどこにあるのか。 ピラネージの「幻想の牢獄」から始まり、ユベール・ロベールの古代憧憬画。 ブーレ、ルドゥ、ルクーの「幻想の建築」をみると、同世紀の後半、建築にもカプリッチは引き継がれた。 共通しているのはルネサンスからバロックの統一的透視画法は歪められ、スケールは巨大化し、人間は朱儒となり矮小化されて描かれていること。 ピラネージの版画の持つ現実と虚構が一体となった作品群。 それはグランドツァー客向けの土産物として出版され、北ヨーロッパの多くの人が共有した理想都市でありアルカディア。 しかし、その最初の出版は「幻想の牢獄」に表現されたサディスティックな静寂世界、そこはもう人間の共生の場としての建築の意味とはほど遠く、孤独な個人的な世界だ。 その後、パリよりローマを訪れ、古代憧憬として描かれたユベール・ロベールのサンギーヌによるスケッチ。 それはピクチャレスな風景画ということだろうが、もはや神話も建築的カノン(規範)も失ったバラバラな人間社会にすぎない。 描かれた世界はアルカディア・ローマだがすでにリアリティを失った幻想舞台と言えるのではないだろうか。 18世紀後半、ルドゥは牢獄ではなく理想世界を描いている。
「ショウの製塩工場」や「ブザンソン劇場」は彼の師匠ブレに始まる球体や立体をテーマとした一連の新古典主義的建築に関わるもの、しかし、そこもまた巨大な人間不在なカプリッチであることは代わらない。 そしてボクに見えてくる、この一連のカプリッチは現代の建築世界そのもの。 意味もないバラバラな世界、美しいかもしれないが、感情を持った生の人間が不在の個人的世界。 もっとも、18世紀のカプリッチは多くの観客を惹き付けたが、現代建築の100年後の廃墟がこの展覧会のように後世の人々に憧憬されるという保証はどこにもないのだが。 つまり、ここには近代の始まりと現代の終焉、そのすべて展示されているような気がしてならない。 今回の展覧会には登場しないが、ヴェネツィアの風景を28枚の連作に仕上げたカナレット、さらにティエポロの版画集「空想のたわむれ」もまた同時代の作品。 そんな一連の版画集を観ながら思うことは「夢と現実が入り交じった世界」とは何か、それは現代建築そのものに酷似しているが、その始まりは18世紀のオペラの舞台の中に描かれていた世界ではなかったか。
18世紀の劇場建築家はパルマのビビエーナ一族だが、同時代フェルディナン・ビビエーナは「市民建築」の中で、舞台装飾の一部として牢獄の光景を版画で表している。 ピラネージの牢獄は間違いなくこの劇場装飾を引き継ぐもの。 ピラネージのエッチングは全て、グランドツァー客が持ち帰る土産物として制作されている。 同時代のプルチナーニやビビエーナのオペラ舞台画は宮廷の権威の印、その記録として残されていた。 しかし、これらの先駆はすべて舞台の中の幻想世界であったことに留意しなければならない。 その世界はフィクションだが意味のある世界、物語としての人間世界がプロセニアム・アーチの中に完結している。 さらに、その世界はあくまでもフィクションであり、虚構の世界であることを少なくとも観客は理解していた。 気になることはこの辺り。 夢と現実をプロセニアム・アーチで切り分ける手法を失った現代の我々は日常的人間世界をオペラの世界と混同視していないか。 オペラの中に描かれた文学と音楽と建築の世界、それはあくまでアーチの中の別世界、虚構の世界であるからこそ、虚構と幻想、巨大スケールとバラバラな空間を物語として眺め、古代を憧憬出来たのだ。 20世紀以来、プロセニアムアーチは存在せず、虚構と現実の額縁を失い、個人主義的欲望の中に人間的感情を求めている。 そして本来、虚構であった建築は虚構であることを止め、合理的経済の道具と化す。 21世紀、帝国化したグローバリゼンションの中、建築は虚構化した巨大スケールが前提となり、朱儒たる人間を阻害する。 しかし、アーチを失った我々は虚構と現実の区別もつかず、その場限りの日常世界に一喜一憂している。

2012年5月11日金曜日

ソーシャル・ネットワーク&マネーボール

「夢は夢を持つ人には微笑む」、そんな感想の映画二本を一度に観る。 ソーシャル・ネットワークとマネーボール、飯田橋ギンレイホール。 フェイスブックとアスレティックス、ITと大リーグが舞台なので関心がなかれば退屈な映画。 しかし、グローバルな社会をデジタルに捉えデジタルに解決する、そして、その底にあるものは恋と夢、どの時代にも共通するサクセスストーリーと解釈すれば万人向け。
かってアップル誕生も熱かったが、今もアメリカの若者はすこぶる熱い。 震災と不況で低迷する大人社会への格好なパンチ、楽しい映画です。 フェイスブックに関わるナップスターのショーン・パーカーも面白かった。 リーナス・トーバルズのリナックス開発、グーグル誕生を描いたサーチ、どちらも本を読む限り、マーク・ザッカーバーク同様とても魅力ある若者だ。 この辺りの映画も可能なら見てみたい気がする。 サクセスを支えるもの、それは全て「夢を夢で終わらせない夢」ということなのでしょうね。

2012年5月8日火曜日

マノン

マノンを東劇で観る。 今年のMETライブビューイングでもっとも楽しみにしていたのはマスネの「マノン」、ネトレプコです。 彼女のマノンはYoutubeではすでに大人気。 2007年のウィーンではアラーニャ、2010年のロイヤル・オペラハウスではグリゴーロ、そして今日のメトではピョートル・ベチァワを騎士デ・グリュー役としての、つまり当代きってのイタリアの3人の美男テノールを相手役としての官能的なソプラノです。 彼女はすべてに魅力を持つ現代のディーヴァ。 そして今日のオペラはその持ち味を充分に発揮しての小悪魔マノン。 男性ファンならず誰もが観てみたい、聴いてみたいと思うのは当然です、その2幕・4幕は特に圧巻。 これがオペラ!、と思ってしまいます。 これがオペラなのです、(Youtubeをご覧ください)まぁ、彼女ならではかもしれませんが。 17世紀のモンテヴェルディのヴェネツィア・オペラはどれもこれも官能的魅力にあふれています。 しかし、最近のオペラはどうも慎ましやか、ボクの偏見でしょうがそう思っています。 今日のネトレプコどうしてどうして、そしてその歌はどこまでも爽やかです。 ロシア生まれの彼女、ゲルギエフに鍛えられたそうですが、その人柄はどんな役でも魅力一杯。 「マノン」の魅力はオペラ・ファンより文学ファンのほうが詳しいのかもしれません。 アナトール。フランスの言葉だったでしょうか、「マノン・レスコー」を書いたアベ・プレヴォーはダンテにもシェークスピアにもゲーテにもスタンダールにもなし得ない、もっとも魅力ある女性を世に送り出した、と言っています。 その魅力は岩波文庫でも味わって下さい。 絵画ですが、一端は同時代のブーシェの「ソファーに横たわった少女」が伝えてくれます。 オペラではプッチーニの「マノン・レスコー」と今日のマスネ「マノン」の二作あります。 どちらが良いかは好みでしょうが、最近はネトレプコの熱演でマスネが目立ちます。 昨年のメトは確かプッチーニの「マノン・レスコー」。 ボクの好みはマスネです。 彼の方がどちらかというと様式化されていて、プッチーニに比べ筋立てがやや解りにくい。 しかし、その全体はやはりフランスで生まれたオペラですね、とてもスマートです。 音楽も比べてみるとプッチーニはメローでドラマチック。 マスネはどこまでもロマンチック。 今日のメトの舞台は五幕ともスロープを多用しています。 このオペラの持つ愛し合う二人の持つ不安感・不安定がうまく表現されていると思いました。 (演出はロラン・ベリー、指揮はファビオ・ルイージ) 今日は観ていて、椿姫のヴィオレッタを思い出しました。 考えてみると原作はどちらもフランス、純粋だが薄幸な娼婦のお話しです。 ヴェルディとプッチーニというイタリア人のオペラにはいつも泣かされてきましたが、 このフランス語のオペラもなかなか胸に迫ります、相変わらずの語学音痴ではあるのですが。 こんな素晴らしいコメントをいただきました。 ボクもマノンのような一直線の女性が好き! >魅惑的で移り気な女に対する若い貴族のひたぶるな恋。 彼女は全く本能のままの生きものなのであるから、自分の思うままに行動せずにはいられない。 彼女は悪意を持っているのではない、ふしだらで軽卒なのです。しかし、正直で、真面目です。

2012年5月4日金曜日

裏切りのサーカス  ル・カレ

「寒い国から帰ってきたスパイ」「スクールボーイ閣下」等は冷戦時代の英国諜報部M6(サーカス)を描いた70年代のベストセラー。 ジョン・ル・カレが書いたジョージ・スマイリーは同時代のジェームス・ボンドの対局にある、中身の濃い本格的エージェント。 ション・コネリーのボンドは欠かさず見たが、スマイリーも早川から翻訳される度に神保町出かけては買い込み読んでいた。 「テインカー・ティラー・ソルジャー・スパイ」は失脚したスマイリーが復活し、エージェントからコントロールになるまでの話。 「裏切りのサーカス」はこの小説の映画化であることを実は最近まで知らなかった。 まさか、ジョージ・スマイリーが映画になるとは考えてもいなかったから。 もっとも、スマイリーものはすでにアレック・ギネスでTV化されている。 それを知ったのもごく最近、残念ながらボクは一つも見ていない。 今晩の有楽町の館内はほぼ満員、聞いてはいたが大変な人気だ。 70年代とは異なり、いまはインターネット時代、 チケットは人気の割には容易に手には入ったので良かったが。 館内はボクと同世代が多い。 みんな、かってのル・カレのファンというところだろうか。 実に良くできた映画だ。 読んでいた記憶があるせいかもしれないが、二重スパイの筋立ては決して難しくない。 頭脳戦であることは変わらないが。 映像をしっかり見ていれば読んでいなくとも、誰がモグラかすぐ判る。 良く出来ているなと思うのは、小説としてではなく映画としてしっかり出来ている、と感じたから。 最近のこの手の映画の特徴、時系列が錯綜する作りだが、時間差を巧みに映像で描き分けている。(ネタバレになるがスマイリーのめがねとかのファッション、店や町という空間のしつらえなど) この映画は決して単なる小説の映画化ではない。 アカデミー脚本賞ということだが、この映画を支えているのはまさに脚本だ。 台詞が簡潔。 小説のように言葉で理解しようとするのでなく、映像をしっかり読むように作られている。 ボクでも判る、それほど難しい英語ではないから、字幕を追うより映像を見落とさないように。 あの、コンパクト鏡、なんとも色っぽい。 あの、クルマの中の蜂のうごめき、言葉以上に語っている。 この映画はいつになく男たちの涙が多い、一言の言葉もなく、映像の奥深く。 脚本とは小説から台詞を抜き出すことではなく、映画にすること。 そして、ここには小説では表しにくい人間の確執が事細かに描かれている。 そう、この映画はむしろ恋愛映画だ、青年と老年の二組と様々な人々の繊細な関係。 エスピオナージだからこそ描きやすい、不確かな環境と不安定で不可解な人間世界。 音と映像そして音楽も実に良い、多くを語らず、観客の想像力が決め手。 小説としてもやや複雑難解な「テインカー・ティラー・ソルジャー・スパイ」をまさに映画として巧みに作り上げた名作。 映画好きなら何度でも楽しめそう、お勧めです。

2012年5月2日水曜日

シャッラ/いいから!

家族とトラブルと笑いとハートウォーミング、 イタリア映画のエキスのすべてを95分にまとめた上質の映画。 よく見る典型的なイタリア映画のパターンだが決して陳腐ではない、 内容は新鮮、センスが良い。 ヴィルズィ監督の脚本家であったブルー二が監督に転じた第一作ということだが、 新しい作家が登場したように思う。 題名がすべてを語っている、シャッラ! イタリア語を知らなくとも感覚的に良くわかる。 これでいいんだから、ほっといてくれ、それでいい! 結構切羽詰まっているが、思い通りにやってみよう、やらせよう! どこにでもいる15歳の男の子と中途半端な父親のシャッラな同居生活。 シャッラ!だけに、本音をぶっつけあっての二人の生活はトラブルつづき。 シャッラ!だけに、教条的な人間論、家族論、教育論などは一切、意味がない。 シャッラ!だけに、二人は決していい加減ではない。 「人間は人間として生きる」というあたりまえのイタリア人の持つ本音。 シャッラ!という言葉が持つこだわりとリアリティがボクにはうらやましい。

2012年4月30日月曜日

シュン・リーと詩人

年々人気が高まるゴールデンウイークのイタリア映画祭(有楽町朝日ホール)、チケットの手配が遅れ、観たいと思ったプログラムはすでに売り切れていた。 まだ間に合い、手に入れた「シュン・リーと詩人」を観る。 とてもおもしろい映画だ。 放映後、舞台に監督アンドレア・セグレ氏が登場した。 作品の印象から、もうちょっと年輩の監督かと思っていたが40代前半だろうか、いままでドキュメント映画を作っていたと言う。 彼はすでにこの作品でいくつかの賞を取っているが、イタリア・アカデミー賞の新人監督賞にもノミネートされている。 主役は中国人女優チャオ・タン、彼女も主演女優賞候補。 セグレ氏はシンプルで奥深い表現が可能な人、ということでシュン・リー役に彼女を選んだと言う。 映画はシュン・リーの物語、まさにシンプルな作品。 しかし、ボクには様々な問題と読み解きを許したとてつもなく奥深い作品に思えた。 セグレ氏は一言、西洋と東洋の出会いを描いた、と言っているが、グローバルな現代社会の叙事詩として作られている。 ヴェネツィアのラグーン、キオッジャの町、パラディーソと言う名の居酒屋が舞台。 年老いたベーピ(ラデ・シェルベッジア=助演男優賞候補)と年金生活者そしてラグーンの漁師仲間のたまり場だ。 パラディーソは最近、中国人がオーナーになった店。 8歳の息子と父親を中国に残し、シュン・リーはイタリアに移民しパラディーソに雇われる。 (セグレ氏はパラディーソは今でも本当にあると言う。キオッジャは彼の母のふるさと、かってその店には中国人女性が働いていたそうだ。) アクアアルタに見舞われるこのラグーンの小さな町もグローバリゼーションの最前線。 シュン・リーは福州の詩人屈原の詩を好む。 ベーピは30年前たった一人、ユーゴからこの町にやってきた異邦人。 詩人ではないが韻を踏んで話すので仲間たちから詩人と言われている。 そんなベーピとシュン・リーが心を通わす。 映画を観ながら、しきりとアントニオ・ネグリの言葉が思い出された。 「グローバリゼーションは古代のローマ帝国に似ている。」 パラディーソは帝国支配の辺境かもしれない。 いや、現代社会どこの町も辺境。 そんな妄想から、ボクにはこの物語が神話的叙事詩に思えてならない。 たどたどしい会話が優しく耳に響く。 日常的で曇天ばかり、観光では観ることがない静かなラグーン映像が目に残る。 その水辺にやがて放たれる赤い炎。 水に流れる屈原の祭りも赤い炎。 映像がフィードバックするとピアノとソプラノリコーダーの歌が始まる。 悲しくもないのに、なぜか涙がにじんだ。 叙事詩はベーピやシュン・リーだけではない、自分自身の物語でもあるからだろう。