完結した円環の内部にこの世の出来事を集約する古代ローマの世界劇場。その形態は黄道十二宮が外環を構成、その内部に四肢広げた人体が重なり正円を描き対応する。黄道十二宮とは宇宙でありマクロコスモスを意味し、人体であるミクロコスモスは宇宙と一体化する(神人同型=アントロポモルフィック。劇場を形作る二つのコスモス(秩序)は宇宙を体現し「世界」を埋蔵する装置として意味づけられている。人々は劇場に参加することで秩序だった宇宙に立ち、生きるべき人間世界の真っ直中にあることを自覚する。つまり古代ローマの劇場は世界を体現する装置として意味づけられている。
どの時代、どの地域でも劇場は世界知の記憶装置、劇場空間は演技・演奏の場である以前からすでに、そこは想像上の世界であると見立てられていた。つまり、劇場はどの時代、どこにあっても世界を顕現する世界劇場、劇場空間を世界に見立てるのは、必ずしも古代ローマに限ってのことではない。なぜなら、劇場の誕生は祭祀あるいは祝祭にあった。しかし、一般に「世界劇場」と言えばローマ時代のヴィトルヴィーウス劇場。ローマ時代の建築家ヴィトルヴィーウスが、劇場建築の作り方を彼の「建築十書」詳細に記録に残している。
ヴィトルヴィーウスは初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代(紀元前一世紀)の建築家。かれは建築だけではなく、幾何学、天文学、数学、音楽、土木、機械、日時計など当時の自然学的知識を網羅した技術書を「建築十書=De architectura libri decem」としてまとめ皇帝に献呈した。
劇場建築の作り方はこの書の第五書で詳細に説明されるが、特に興味深いのはその第四章が音楽について、第五章で座席の下に青銅の壷を置いた音響装置に触れていることだ。
ローマ以前のギリシャ劇場や日本の能舞台でも同じことだが、劇場において音を協和させる装置がいかに重要であるかがよく判る。
十六世紀のシェークスピア劇は言葉の速射砲と言われる所以も同じことを言っているのだが、劇場において伝えるべきものは言葉の意味以上に音の響きであって、観客にとって言葉の意味が判る判らないに関わらず、響きのある音環境に身を置くことがもっとも重要だったのだ。
世界劇場を意味づける形状については第六章、「天空十二座の星学においても音楽から借りた星座の関係が割り付けられる」と説明されている。それは前期した神人同形論、ルネサンスのアントロポモルフィックな世界像に引き継がれる。