2010年1月21日木曜日

ヴィラ・ロトンダとアテネの学堂

 
 「パラーディオはラファエロが古代ギリシャを描いた絵に表明した理想に相通じるものを現実に作り出そうとした」(都市と建築:ラスムッセン:東京大学出版p68)と北欧の現代建築家ラスムッセンは書いている。ラ・ロトンダとラファエロの描く「アテネの学堂」はその空間構成において全く同相であると指摘しているのだ。
  彼は、「アテネの学堂」と「ヴィラ・ロトンダ」の違いは、絵画にあっては全体が一目で見渡せるが、建築においてはその歩みによってしか体験できないことの違いだけであると言っている。大変面白い指摘です。
ブルネレスキのサン・ロレンツォ聖堂は建築体験が絵画を眺めることと同質であること示していた貴重な建築だが、ラスムッセンは逆に絵画を眺めることは建築体験と同相であると言っているのです。「アテネの学堂」の絵をじっくり見てみよう。
確かに、この絵画の中には「ヴィラ・ロトンダ」の建築体験が描かれている。
ロレンツォ聖堂とこのラ・ロトンダからルネサンス期における、絵画と建築の違いをどう理解すればよいのか。
絵画の中の空間と建築体験する空間は全く同質のものなのだ。
絵画と建築の違い、それは種類の違いではなく手段の違いであると考えれば良い。
一見、当たり前の話だが、ラスムッセンの指摘は大変重要。
彼はルネサンスの透視画法は等方等質空間の中にシンボルを配置することによって生まれる、全く新たなイマージナルな空間(虚構の空間)、ということを指摘しているのだ。

立ち戻れば、ルネサンスの画家や彫刻家を夢中にさせた透視画法の空間は神の絶対的支配を逃れた人間中心の空間にほかならない。そして、その空間の発見により絵画はシンボルを画面に配置することで、実際の建築を作る以前にイマージナルな空間を体験させることが可能となった。絵画は建築同様、空間を生み出すことが可能になったのだ。あるいは絵画は建築することなく建築を生み出すことが可能性になった。

ラスムッセンはラファエロの絵画空間からパラーディオの建築空間が読み取れると書き、ブルネレスキは建築空間を透視画法の絵画として作った。理解を複雑にしているのは、我々はルネサンスの透視画法の空間を理解せず、ルネサンス以降の舞台背景を含め、絵画的なイリュージュナル幻想的な空間のみを透視画法の空間、あるいは絵画空間とみなしていることにある。

ルネサンスの画家や彫刻家を夢中にさせた透視画法の空間は神(キリスト教)の絶対支配を逃れた人間中心の空間。その空間の発見によって、絵画と彫刻の役割が分離し、絵画はシンボルを配置することで、実際の建築以前に空間を体験させることが可能となった。
つまり、ブルネレスキは建築空間を透視画法の絵画として作ったのであり、ラスムッセンはラファエロの絵画空間から建築空間が読み取れると書いている。

イマージナルな空間とイリュージュナルな空間、どちらも虚構の空間であることは変わらない。しかし、前者は想像的自由な空間、後者は人為的に生み出された幻想的な空間だ。後者だけを絵画空間とする現代人はルネサンスの絵画と建築は表現手段が違うだけで、全く同相にあることを理解しようとしない。

透視画法の空間はブルネレスキからベルニーニに至る二百年の間に大きく変わる。それはルネサンスとバロック。美術史を理解するための主要テーマだが、ここでは前述したイマージナルな空間がイリュージュナルな空間へと変容していったと理解出来る。つまり、ルネサンス絵画とバロック絵画、その二つの空間は全く違うものと考えれば、ラスムッセンの説明が理解できるだろう。

中世における絶対的神の世界の揉縛から逃れ、人間中心の世界を標榜したルネッサンス人の賛歌である「アテネの学堂」がヴィラ・ロトンダの直接のモデルであったかどうかはパッラーディオの「建築四書」からはうかがえない。しかし、署名の間を飾る「アテネの学堂」が円形に縁取られたプロセニアム・アーチ舞台に設置された額縁の中の演劇的構成を持っているように、ヴィラ・ロトンダもまた劇場のような敷地環境の中にあって、舞台背景となるように設計されたことだけは間違いない。



アテネの学堂 from kthyk on Vimeo.



(via Vimeo by kthyk)