2010年1月20日水曜日

建築四書のヴィラ・ロトンダ

古来そして現在でも、イタリア建築の中のヴィラは緑豊かな自然風景を長閑な人間的風景に変える空間装置です。特に、ヴェネトやトスカーナを旅するとき、田園風景はヴィラが垣間見えることによって一気に好ましさが強調され、忘れがたい景観となって記憶される。
ローマの時代から郊外所有地に建つ住居がヴィラだが、ルネサンス期には都市のなかのパラッツォ(宮殿あるいは邸館、公的な空間)に対するヴィラ、つまり、ヴィラは田園の中の私的な空間を意味する、と同時にその役割とデザイン方法の違いは明確に意識づけられていた。特にパラーディオのヴィラは現在でいう、リゾートハウスとはかなり異なる役割をもっていた。
ヴィラは都市中のパラッツォとは異なり、私的であり人に安らぎをもたらすものだが、産業や農業などにより資産を増やすための建築、とパラーディオは書いている。つまり、ヴィラは農業経営の為の拠点、特に海の権益を奪われつつあったヴェネチア貴族にとっては陸に作った船なのだ。
パラーディオはヴェネト地方に沢山のヴィラを作るが、大半は農業活動用の建築、納屋や小作人の住居さらに農作業の為の作業庭を持つものも少なくない。その中の一つ、ヴェローナ近郊のヴィラ・サレーゴは現在はヴェネトワインの生産拠点、毎年多くの人が訪れる有数のワイナリーとなっている。しかし、ヴィラ・ロトンダには生産活動の為の施設が一切ない。この館はもっぱら社交や慰安のための建築、あるいは田園にあってパラッツォを補完する都市的建築と考えなければならない。

パラーディオにはアルベルティの「建築論」に負けない自著がある、「建築四書」。名前からも明白のようにアルベルティ同様、古代ローマの建築家ヴィトルヴィウスの「建築十書」をモデルとし、パラーディオ自身が後世に残した。
「四書」の中でパラーディオは当然、ヴィラ・ロトンダに触れているが、彼はこの建築をヴィラの項ではなく、都市住宅パラッツォの項に掲載している。
「この建物は町ほど近く、ほとんど町のなかにあるといってよいほどなので、私は、これをヴィラ建築のなかに入れることが適切とは思われなかった。敷地は、考えるかぎり美しく、快適なところである。というのは、きわめて登りやすい小さな丘の上にあり、一方の側は、船が通えるバッキリオーネ川によってうるおされ、他の側は、きわめて美しい丘陵地で取り囲まれて、まるでおおきな劇場のような形になっており、また、一面耕されていて、きわめて良質の果物と、きわめてみごとなブドウの樹で充満している。それゆえ、ある方向では視界が限られ、ある方向では、より遠くまで見え、また他の方位では地平線まで見渡せるという、きわめて美しい眺望をあらゆる側から楽しめるので、四方の正面のすべてにロッジアが作られている。」(パラーディオ「建築四書」注解:桐敷眞次郎p162)



この建築の建主は「四書」によれば聖職者パオーロ・アルメーリコ、ピウス四世と五世の司法官をつとめ、その功によりローマ市民権者たることを許されたとある。しかし、行状は決してよろしくなく、ヴェネツィアの牢獄に監禁されたこともあるようで、建物は未完のまま、オドリコ・カプラに売却された。

ゲーテが訪れた時のロトンダはヴィラ・カプラと言う名称で呼ばれていた。この時代はオドリコの子孫の所有だったが、その後カプラ家も血統が絶え、建物は悲痛な目にさらされてい。しかし、今世紀に入りヴェネツィア貴族を継承するヴァルマラーナ家に買い取られ、以後十分に修復保護され、建物と環境は十六世紀の姿を今日に残された。

都市住宅でもなければ田園住宅でもない、この特殊な建築状況が反映されたが故に、ヴィラ・ロトンダは完璧な形態が意図されたと考えらる。

この建築とその周辺環境には様々な寓喩による物語が付与されている。それは田園に建つ都市住宅という特殊性が生み出していることだと「パッラーディオ」を書かれた福田氏は指摘している。
都市とは本来、集落から訣別した特別な空間を意味する。そこは利便や効率のための場所であることより、動物とは異なる人間が<人間として生きる特別な場所>と考えなければならない。つまり、都市に建つ建築は文化的内実が備わってこそ「建築」であって、単に機能や利便に供するのみなら、それは集落の住居であって「建築」ではないのだ。このヨーロッパの都市と建築に対する貴重な見識、ボクはそれをトマス・マンの「リューベック」を読み教えられた。
都市的な生活の場であるヴィラ・ロトンダは田園にあっても文化的、人間的世界。あるいは作品的、虚構の世界でなければならない。そしてイメージされるのは当然アルカディア。ヴィラ・ロトンダはアルカディアとして作られた舞台空間であると理解することが重要だ。

まず完璧な対称性、四面の同一の形態は何を意図しているのか、それは特定の場所と方向性の否定、「アテネの学堂」と同様な等方等質なルネサンスの舞台空間。そして舞台に配されるシンボル、それは「四書」にも書かれている古代神話に由来する彫像の数々。四つのペディメント(ロッジアの三角形の破風端部)には三体ずつ十二体。階段の上がり口には二体ずつ八体の等身大の彫刻像。それらは個々に神話から由来するアレゴリー(寓喩)として機能しているが、その全体は円形広間の中央水抜孔のパンを始めとしてアポロンやヴィーナス、ジュピター等々による物語となっているのだ。それはアルカディアに隠棲するミダス王の物語。ヴァネツィアに捕らえられた施主であるアルメリコはミダス王と同じように、アルカディアの住人となって故郷ヴィチェンツァ隠棲するための館、それがヴィラ・ロトンダに付された物語であった。



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