2010年1月29日金曜日

アルカディアとしてのヴィラ・ロトンダ

古来そして現在でも、イタリア建築の中のヴィラは緑豊かな自然風景を長閑な人間的風景に変える空間装置です。特に、ヴェネトやトスカーナを旅するとき、田園風景はヴィラが垣間見えることによって一気に好ましさが強調され、忘れがたい景観となって記憶されます。ローマの時代から郊外所有地に建つ住居がヴィラですが、ルネサンス期には都市のなかのパラッツォ(宮殿あるいは邸館、公的な空間)に対するヴィラ、つまり、ヴィラは田園の中の私的な空間を意味します、と同時にその役割とデザイン方法の違いは明確に意識づけられていました。特にパラーディオのヴィラは現在でいう、リゾートハウスとはかなり異なる役割をもっていたようです。ヴィラは都市中のパラッツォとは異なり、私的であり人に安らぎをもたらすものではありますが、産業や農業などにより資産を増やすための建築、とパラーディオは書いているのです。つまり、ヴィラは農業経営の為の拠点、特に海の権益を奪われつつあったヴェネチア貴族にとっては陸に作った船なのです。パラーディオはヴェネト地方に沢山のヴィラを作りますが、大半は農業活動用の建築、納屋や小作人の住居さらに農作業の為の作業庭を持つものも少なくありません。その中の一つ、ヴェローナ近郊のヴィラ・サレーゴは現在はヴェネトワインの生産拠点、毎年多くの人が訪れる有数のワイナリーとなっています。しかし、ヴィラ・ロトンダには生産活動の為の施設が一切ありません。この館はもっぱら社交や慰安のための建築、あるいは田園にあってパラッツォを補完する都市的建築と考えなければなりません。

パラーディオにはアルベルティの「建築論」に負けない自著があります、「建築四書」です。名前からも明白のようにアルベルティ同様、古代ローマの建築家ヴィトルヴィウスの「建築十書」をモデルとし、パラーディオ自身が後世に残したものです。この書はパラーディオの建築を知る為には欠かせない書であり、イタリア紀行のゲーテにとっても最も有効な参考書であったとも考えられます。事実、ゲーテがミニョンにこの館を歌わせたのは、イタリア旅行の出発の前年、物語では「修業時代」以前の「演劇的使命」の中が最初です。ゲーテはイタリアを訪れる前年、この「四書」を読み、図版を眺め想像を膨らまし、ミニョンに歌わせたに違いありません。
「四書」の中でパラーディオは当然、ヴィラ・ロトンダに触れていますが、彼はこの建築をヴィラの項ではなく、都市住宅パラッツォの項に掲載しています。「この建物は町ほど近く、ほとんど町のなかにあるといってよいほどなので、私は、これをヴィラ建築のなかに入れることが適切とは思われなかった。敷地は、考えるかぎり美しく、快適なところである。というのは、きわめて登りやすい小さな丘の上にあり、一方の側は、船が通えるバッキリオーネ川によってうるおされ、他の側は、きわめて美しい丘陵地で取り囲まれて、まるでおおきな劇場のような形になっており、また、一面耕されていて、きわめて良質の果物と、きわめてみごとなブドウの樹で充満している。それゆえ、ある方向では視界が限られ、ある方向では、より遠くまで見え、また他の方位では地平線まで見渡せるという、きわめて美しい眺望をあらゆる側から楽しめるので、四方の正面のすべてにロッジアが作られている。」(パラーディオ「建築四書」注解:桐敷眞次郎p162)
この建築の建主は「四書」によれば聖職者パオーロ・アルメーリコ、ピウス四世と五世の司法官をつとめ、その功によりローマ市民権者たることを許されたとあります。しかし、行状は決してよろしくなく、ヴェネツィアの牢獄に監禁されたこともあるようで、建物は未完のまま、オドリコ・カプラに売却されました。ゲーテが訪れた時のロトンダはヴィラ・カプラと言う名称で呼ばれていました。この時代はオドリコの子孫の所有でありましたが、その後カプラ家も血統が絶え、建物は悲痛な目にさらされています。しかし、今世紀に入りヴェネツィア貴族を継承するヴァルマラーナ家に買い取られ、以後十分に修復保護され、建物と環境は十六世紀の姿を今日に残すことが可能となりました。

都市住宅でもなければ田園住宅でもない、この特殊な建築状況が反映されたが故に、ヴィラ・ロトンダは完璧な形態が意図されたと考えられます。この建築とその周辺環境には様々な寓喩による物語が付与されています。それは田園に建つ都市住宅という特殊性が生み出していることだと「パッラーディオ」を書かれた福田氏は指摘しています。都市とは本来、集落から訣別した特別な空間を意味します。そこは利便や効率のための場所であることより、動物とは異なる人間が<人間として生きる特別な場所>と考えなければなりません。つまり、都市に建つ建築は文化的内実が備わってこそ「建築」であって、単に機能や利便に供するのみなら、それは集落の住居であって「建築」ではないのです。このヨーロッパの都市と建築に対する貴重な見識、ボクはそれをトマス・マンの「リューベック」を読み教えられました。

都市的な生活の場であるヴィラ・ロトンダは田園にあっても文化的、人間的世界。あるいは作品的、虚構の世界でなければなりません。そしてイメージされるのは当然アルカディアです。ヴィラ・ロトンダはアルカディアとして作られた舞台空間であると理解することが重要なことです。
まず完璧な対称性、四面の同一の形態は何を意図しているのか、それは特定の場所と方向性の否定、「アテネの学堂」と同様な等方等質なルネサンスの舞台空間です。そして舞台に配されるシンボル、それは「四書」にも書かれている古代神話に由来する彫像の数々。四つのペディメント(ロッジアの三角形の破風端部)には三体ずつ十二体。階段の上がり口には二体ずつ八体の等身大の彫刻像。それらは個々に神話から由来するアレゴリー(寓喩)として機能していますが、その全体は円形広間の中央水抜孔のパンを始めとしてアポロンやヴィーナス、ジュピター等々による物語となっているのです。それはアルカディアに隠棲するミダス王の物語です。ヴァネツィアに捕らえられた施主であるアルメリコはミダス王と同じように、アルカディアの住人となって故郷ヴィチェンツァ隠棲するための館、それがヴィラ・ロトンダに付された物語であったのです。



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