2009年12月19日土曜日

クリュニー修道院

中世キリスト教社会をリードしたのは、必ずしもカソリックの総本山ローマではなく、ヨーロッパ全域に広がった修道院でありました。
事実、ローマでかたち作られたと言われるグレゴリアチャント(聖歌)は、今日私たちが耳にするものとは異なり、もっと素朴な旋律を持っていたといわれています。
現在のグレゴリアチャントはアルプス以北のクリュニー支配下の地域で歌われていたもので、それが私たちの手元に譜面となって残されたと考えられているのです。

聖歌はクリュニーの典礼改革の大きな柱となっていました。
このクリュニーはスイスに花開いたザンクト・ガレンのユートピア(初期キリスト教社会の修道院)とは異なり典礼を重視していた修道会です。
遁世思想に裏付けら、勤労に奉仕し清貧に生きることが重要だったのではなく、不安な時代、貧民救済と典礼を重視し、多くの人の心をキリスト教世界に結びつけることが必要であったのです。
このような礼拝重視のクリュニーにとって最も重要であったことは祈りのための音楽と建築であったということはご理解いただけるかと思います。

クリュニー修道院付属教堂を作ったのはグンゾ、かれはもともと典礼音楽に関わる聖職者として良く知られた人です。
中世において音楽に意をつくすことは、建築を重視することでもありました。音楽家グンゾが建築の設計者であることは不思議なことではありません。
音楽と建築を支えるものはギリシャ以来、数による秩序です。ピタゴラス音階による完全8度、完全5度、完全4度の音の協和は1対2、2対3、3対4という比例関係を持っています。
つまり、近世以前、音楽は数学でもあったのです。
中世のアウグスティヌスは、この比例原理は建築を含め視覚芸術すべてに当てはまるものであり、この音楽から導かれた数が宇宙の秩序、そしてすべての安定の根源であるとみなしました。
フランス革命によって壊滅したクリュニー修道院ですが、ケネス・コナントは忠実な復元図を作成しました。
そして彼は建築のみならず、彫刻さえもその構造と構成において音楽に導かれた幾何学によって作られていたことを証明しました。
クリュニーの修道士がいかに楽音に関心を寄せていたか、その証が旧修道院の内陣の柱頭彫刻に記されています。
彼らはグレゴリアンチャントの8つの楽音を重要な柱の柱頭飾に用いたのです。
それもアーモンド型のメダイヨンの中という、ロマネスク彫刻のセオリーから離れた特殊な空間の中にです。
リュートを弾き、シンバルや鈴を鳴らす人々とともにあるこの内陣は、彼らにとって天国そのものに置き換えられていたと考えて良いと思います。
幸い、その柱頭彫刻の幾つかはフランス革命による壊滅を免れ、オシエ美術館に残されています。
この美術館にはキリスト教にとって最も重要な第三音、「プサルテリウムを弾く男」が保存されているのです。
第3音はキリストを受難へと押しやり、復活をなすことの象徴であり、まさに人類の救済のテーマにほかなりません。




gregorian chant
This is part of the Responsory Benedicamus Patrem, for the feast of the Holy Trinity. As sung from late fifteenth century Antiphonary B-Gu15.
This is from the cd 'Etienne de Liège - In festo sanctissimae Trinitatis' RIC 249. Buy the cd at www.ricercar.be - other discs available as well. Check it out!
Chant group Psallentes was founded and is directed by Hendrik Vanden Abeele. The group particularly focuses on late medieval chant.
www.psallentes.be
(via YouTube by quijote347)