2014年2月23日日曜日

エージェント・ライアン

有楽町スカラ座に行く。 懐かしい映画館だ。 戦前からのエンタメの殿堂、日劇と並ぶ東京宝塚劇場の地下にある。 赤絨毯はこの宝塚劇場の定番だが、改装したスカラ座の雰囲気も昔と全く変わらない。 「エージェント・ライアン 」はトム・クランシーの痛快小説、ジャック・ライアン シリーズの映画化だ。 キャストもすごいこの映画、早々に観たいとマークしていた。 全編、息をもつかせないサスペンス・アクション。 多いに楽しんだ。 撃ち落とされたヘリコプターから生還した海兵隊員ライアンは今は投資会社の分析官。 彼はアナリシスの分野では博士でもあるが、CIAのケヴィン・コスナーの懇願を受け入れ、ロシアとの金融戦争に参加する。 戦争と言ってもアナリストの持つ頭脳戦ではない 。 原作がトム・クランシーなので期待していたが、内容は全編紛うことなしのサスペンスのみ。 キーラ・ナイトレイ扮するフィアンセであるドクター・キャシーと手に手をとっての追っかけッコに終始する。 コンピュータ内の情報を奪い合いとテロリストとの追っかけッコはハラハラドキドキの連続だ。 大型画面でのスピード感とハラドキ感は映画館だけが持つ大きな魅力。 コマーシャルで断ち切ってしまう茶の間では、 この映画の魅力は半減する。 またまたエンディングの音楽が気になった。 なんとカッチーニのアマリリだ。 マニエリスム期のマドリガーレ。 この哀しみは誰のものだろうか。 Google Keepから共有

2014年2月21日金曜日

三四郎 夏目漱石

「ある日の午後、三四郎は例のごとくぶらついて、団子坂の上から、左へ折れて千駄木林町の広い通りへ出た。 秋晴れといって、このごろは東京の空もいなかのように深く見える。 こういう空の下に生きていると思うだけでも頭ははっきりする。 そのうえ、野へ出れば申し分はない。 気がのびのびして魂が大空ほどの大きさになる。 それでいてからだ総体がしまってくる。 だらしのない春ののどかさとは違う。 三四郎は左右の生垣をながめながら、生まれてはじめての東京の秋をかぎつつやって来た。」 熊本の第五高等学校を卒業し東京帝国大学に入学し、上京した小川三四郎、なんとも気持ちの良さそうに本郷周辺を散歩する。 実際の漱石は我が家の裏(市ヶ谷)、牛込育ち。 子どもの頃から漱石は本よりも早く、その名前が残された町名や公園、坂道や遺跡で馴染んでいた。 東大卒業後、愛媛松山や熊本で教師を勤めるが、田舎生活はそうとう堪えたようだ。 その体験は「坊ちゃん」に書かれている。 朝日新聞に入社し、東京生活を始めた漱石、場所を得た彼はその愉しみを「三四郎」や「それから」に克明に描いていく。 わが家周辺は「それから」や「硝子戸の中」の直接の舞台だが、三四郎は当然、本郷から東の駒込あたりまで。 東片町、西片町と今でも町名が残る、広田先生の住居を中心に物語が展開される。 物語と言っても特に大きなドラマが展開される訳ではなく、校内の池で出会った真砂町の美禰子とその兄、幼馴染のお光さんや安月給の理科大で光線圧力を研究する野々宮くんとその妹、広田先生の押しかけ書生のような佐々木与次郎等々が、長閑で多彩な人間模様を描いていく

2014年2月13日木曜日

鑑定士と顔のない依頼人

ニュー・シネマ・パラダイスのトルナトーレだというので楽しみにしていた。 観たい映画も多く、遅れ遅れ。しかし、銀座は13日までと聞き、昨晩、あわてて観にいった。 正直、期待はずれ。シチュエーションもスートーリーも作られ過ぎ、中身が乏しい。 ドンデンが無ければ何も無い映画だが、更なるドンデンが無ければ老鑑定士の単なる悲劇、いや喜劇に過ぎない。 エンディングの音楽は良かった。 メランコリーだが高音の女性たちが歌う華麗な多声。 美しい女性たちと美術品、ハイセンスなインテリアに上質なファッション、きらびやかな外観に呼応するかのように天才鑑定士の胸の内を流れるメロディ。 パンフレットで判ったが、例によってエンニオ・モリコーネ。 この曲は年寄り向けだが、癒しの音楽としては一級品だ。 Google Keepから共有

2014年2月12日水曜日

虞美人草 夏目漱石

ベッドの中で電子ブックを読むにはタブレットでは重過ぎると感じていた。 kindle paperwhiteを買った。 早速、試してみる。

漱石先生には申し訳ない気がしたが「虞美人草」を読む、快適だ。 kindleも漱石先生も。 いや、漱石はやはり面白い、文豪は今も生きている。
前半は京都と東京を対比させた都市小説。 物語は上野不忍池、勧業博覧会のイルミネーションで一転する。 山羊革の靴に洋杖、文学と哲学と法学、金時計を持つ浅葱桜の下の2人に対し池を挟んで対峙する2人、西洋で病没した父の肖像と謎を活きる継母、 真面目と世間体、悲劇と喜劇 。 その全体はまるで無声映画感覚で観る漱石ワールド。 弁士が語る登場人物の各々は鮮明に描かれた現代人、物語はますます広大な領野へと向かう。

対比のテーマは西洋と日本に収斂する、圧巻は漱石の生きた時代と漱石が見通した我々が生きる現代だ。

巻末の宗方君の手紙、「ここでは喜劇ばかりが流行る。」にはこの小説にかける漱石の思いの全てが込められている。 19世紀のイタリアの詩人ジャコモ・レオパルディを読んでみよう。 漱石はもっと重大な対比をこの詩人の本に隠しているようだ。

2014年2月8日土曜日

フォンターナ広場 イタリアの陰謀

昨年のイタリア映画祭でマークしていたジョルダーナの「フォンターナ広場」をようやっと見ることができた。「輝ける青春」以来、絶対に見逃してはいけないマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ。今回は69年12月、ミラノで実際に起きた事件の映画化だ。すでに紹介解説記事は様々なブログに一杯。ここでの余計の註釈は蛇足となる。しかし、一言だけ言いたくてアップした。

「国益」という言葉の犯罪、それは当然、現代イタリアだけの問題ではない。危険な曲がり角にある我々の生活、壊すも護るも我々自身の問題だ。いとも容易く「秘密保護法」を通し、認識外れの「外交」と「金融政策」を繰り返す我々の周辺に対し、我々自身がもっと敏感になる必要がある。「国益」という言葉の犯罪、巧言令色鮮矣仁。明日は選挙だ。

2014年2月1日土曜日

『音楽と建築、そのデザイン』kindle版

『音楽と建築、そのデザイン』kindle版、昨日、発売しました。
オペラ誕生前後のイタリア諸都市の「音楽と建築」が主なる内容。
国立音楽大学での講義録とイタリアの経験のアンソロジーです。
昨年10月、同名の書として既に出版していましたが、今回はバロック時代のオペラと都市、「都市と劇場」を加筆しての再版です。
「西ヨーロッパの作品的世界を散策する案内書」のつもりです、よろしくお願い致します。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3-%E5%8A%A0%E8%97%A4%E5%AE%8F%E4%B9%8B-ebook/dp/B00FK0RM6A/ref=sr_1_1?s=digital-text&ie=UTF8&qid=1391305378&sr=1-1 Google Keepから共有