2013年3月25日月曜日

都市の建設とゴシック建築


ノートルダム大聖堂はパリ司教モーリス・ド・シェリーが1163年に旧来の諸堂を廃し着工、1182年内陣が完成、1196年モーリスの死後ユード・ド・シェリーが引継ぎ、西正面は1200年頃、薔薇窓が1225年に完成する。 
この大聖堂がその時代の人々にどのような意味やメッセージを発信していたのであろうか。人生における誕生から臨終まで、この建築はいかに生きるかを教えてくれるもの。建築に施された一つ一つのアレゴリー化された装飾を解釈する事によって、この時代の人々は集団として生きる現実的世界と個々人が生きる内面的・観念的を繋いでいったのです。現実と観念という二つの世界を橋渡しする絵画や彫像、建築形態や音楽、この大聖堂の持つ巨大なプログラムはゴシックという時代の精神世界のすべてを表現していると言える。

 

建築と音楽はメディアです。 と同時に、 建築と音楽は、各々の人が生きる現実的世界と内面的・観念的世界を繋ぐものでもあるのです。 この大聖堂はメッセージを発信している。
 しかし、そのメッセージはアレゴリー化されている。 大聖堂の持つ個々の装飾の解釈は他書に譲り、(19世紀末ユイスマンスは「大伽藍」を著し、同時代のゴシック建築、シャルトル大聖堂のメッセージを解読し小説化している)ここではこの巨大建築が内包している初源的メセージに立ち入ってみることで、建築と音楽の意味について考えて見たい。

 天にも届く巨大建築と華やかな綾織りのような音楽を生み出す時代とはどのような世界なのだろうか。 それはヨーロッパ中世、ゴシックという時代の現実と精神世界をひも解くことだが、その世界は光に満たされた大建築と、その誕生に呼応し立ち上げって来る複雑な多声、ポリフォニー音楽に表現された。

 外から差し込むステンドグラスの光とによって華麗に装われたゴシック建築は、その空間に見合う華麗な音楽空間を要求している。 あるいは複雑華麗な音楽が多彩な色光が輝く建築空間を必要とした。
 次第に雄大な姿を現してくる大聖堂の工事と並行するように、様々なロマネスクの修道院の中で展開されてきたオルガヌムは、2声楽曲から3声、4声楽曲へと広がってゆき、 やがて壮大なポリフォニーはこの新しい大空間いっぱいに鳴り響いていくことになる。 
 しかし、新しい世界の始まりはまずは建築だった。 それはこのノートルダム大聖堂の建設とノートルダム楽派のポリフォニーが始まる26年前のサン・ドニ大聖堂 でのこと、12世紀初頭の二人の聖職者の論争がゴシックの建築と音楽に託したメッセージを説明している。

   

 パリ近郊サン・ドニの修道院長シェジェールは荒れ放題の修道院の再建に当たって「より高価な、最も高価なものは皆、まず第一にミサ正餐に用いられなければならない」と語っている。 ここでいう最も高価なもの、それはガラスであろう、彼は高価なステンドグラスを多用することで、光に満ちた聖堂を作ろうとした。 その為に出来るだけ壁体を取り除き、透き通った建築物にすることによって神の国という観念の世界を地上に実在化しようと計ったのです。

 サン・ドニの再建の中世、西ヨーロッパは農業技術の革新による人口増加、その結果としての都市の成立、つまり人間と人間、人間と自然との関係は大きな変化を迎えていた。 モノや人が集まる都市の成立は貴族・僧侶・農民という人だけではなく、商人や手工業者という新しい身分をも生み出した。
 水陸の区別を問わない交通網の整備、貨幣整備によるモノの流通の活発化は人々のライフスタイルを全く新しい世界に誘導しつつあった。 
ステンドグラスも新時代の技術と嗜好の産物だが、この変化の時代、シュジェールを含め聖職者たちはより直接的、危急なテーマを抱えていた。 
それは都市の時代に対応した神のイメージ、新時代のライフスタイルの精神的基盤となる天上界のイメージをこの地上にいかに実在化するかにあったのだ。 

 建築の世界における新しい時代へのメセージはまずシトー修道会から始まった。 それはクリュニー修道院に対する痛烈な告発。 修道院制度の改革を推進していたシトー会のベルナールは壮大華美に転じたクリュニー修道院総本山を「途方もない高さ、節度を知らない長大さ、あり余る横幅、贅沢な装飾、そして奇妙な彫像、そういったものは、礼拝者の視線を釘付けにし、かつ、かれらの信仰を阻害する・・・」。 
ベルナールは時代とともに歩み寄ってきた修道院の世俗化に対し、清貧の理想、初源的で純粋な倫理の追求をメセージとして掲げている。

 これに反論するのが冒頭のシェジュールの言葉。 彼は次のようにつづける、それはシトー会修道院ベルナールへの批判、これからサン・ドニを再建するにあたっての新たな建築の正当化と言えるもの。 
「誹謗者たちは、聖徒のような精神、汚れのない心、信仰深い意志があれば、ミサ正餐には十分であるはずであると反駁する。わたし自身もそういったものが最も重要であるとはっきり確信できる。しかし私たちは、それらに加えて、外面の装飾を通しても、また言いかえれば、あらゆる内面の清浄さと同時に、あらゆる外面の壮麗さをもって、神に敬意を払わなければならない」。

 質素と豪奢、ベルナールとシュジェールの主張は相反してはいるが、よく考えれば二人はともに新しい時代への共通のメッセージを主張している。 つまり「教会は超世俗的な空間」でなければならないと。 12世紀初頭は西ヨーロッパの都市の時代の幕開けです。 多くのモノと情報に囲まれ、世俗的富を謳歌することが可能となった時代。 そんな時代の到来であったからこそ、神はより高く、より超越的である、ことが求められた。 
さらに神は絶対者としての峻厳であることより、愛に満ちた<美しき神>であること、絶対者キリストから聖母マリア(ノートルダム)への信仰へと向かっていた。 世俗を超越する、より高き天上界のイメージ、峻厳厳格なキリストから慈愛に満ちた聖母マリアへの信仰。 このことが新しい時代を迎えたシェルジュールたち聖職者たちが実在化しようとしたメッセージ。
 その為に重い壁体をリブヴォールトやフライングバットレスという透明感のある構造体に変え、ステンドグラスから差し込む光りにより、新しい神の国を創出したのです。