2017年4月27日木曜日

聴くことの悲劇 ルイジ・ノーノ

20世紀前半、「見ることの悲劇」をオペラにしたのは 「モーゼとアロン」の シェーンベルク。
20世紀後半、「聴くことの悲劇」をオペラにしたのは「プロメテオ」のルイジ・ノーノ。
もっとも、 「モーゼとアロン」「プロメテオ」がオペラであるか否か、識者の見解は様々と言って良い。

16世紀の貴族社会はギリシャ以来の「悲劇・喜劇」とは異なる、より娯楽性の高い第三の劇「牧歌劇」を生み出したことが、オペラの誕生に繋がる。
ギリシャ悲劇の復活を目指していたフィレンツェの人文主義者達は牧歌劇を話す代わりに歌う音楽劇に仕立て、結婚式の催し物として上演した。
メディチ宮廷での上演は「エゥリディーチェ 」、このオペラは竪琴を弾くことで世界を和ませる音楽の神「オルフェオ」を題材としていることから、合い争う当時の北イタリアの宮廷では格好の外交的催し物となり人気となる。
結婚式の祝典でのオペラの上演は、貴族の権威の保護装置、しかし、人文主義者にとって、彼らが時代に関わるための理念や批評の機会でもあり、ルネサンスの人々の生き方の再確認の場であったことも留意すべきだ。
それは当時の建築の持つ役割にも言えることだが、貴族が必要とする視覚装置は、権力の誇示ばかりではなく、より良く生きねばならないというノーブル・オブリージ宣言でもあったのだ。

貴族社会から市民社会へ移行していく18・19世紀、動く絵画としてのオペラは社交と娯楽の道具であり、都市における市民生活の基盤となっていた。
しかし、20世紀になると、ヨーロッパの絵画・建築・音楽が大きく変容する。
その変容は、芸術は日常生活のお飾りでも贅沢品でもなく、生きていくため不可欠なものとすること。
従って、虚構と現実を二分化するプロセニアム・アーチ(額縁舞台)は新しい市民生活のモラリティやリアリティを損なうものと批判され、オペラはその意味と役割を大きく変えなければならなかった。

アーノルド・シェーンベルクは音楽の自立を妨げ装飾的と見なしかねない形式的な調性を疑い、十二音無調音楽を模索し 「モーゼとアロン」を作曲する 。
旧約聖書の出エジプト記にある「偶像崇拝の禁止」をテーマとしたこのオペラではモーゼは語ることはあっても歌う事はない。
神の指示により、その姿を描く事を禁じられたモーゼは歌い上げることで神の姿を視覚化する彼の兄アロンと大きく対立する。
自立した近代市民の音楽の意味に関わるシェーンベルクは、その対立場面ではアロンの歌により、オペラの持つルネサンス以来の視覚装置を顕在化することで、「見ることの悲劇」としてのオペラを生み出した。

しかし、「モーゼとアロン」は対立場面の第二幕まで、第三幕以降は作曲されていない。
現代世界、果たしてオペラは可能なのだろうか。
ルイジ・ノーノはその答えとして「プロメテオ」を作曲した。
プロメテオは神々のみが天界で所有する「火」を人間にもたらし神。
不死のプロメテウスはゼウスにカウカーソスの山頂に張り付けにされ、3万年に渡り肝臓を鷲に啄めばられる責め苦を負う。
言うならば現代の原子力に繋がる、人間の力ではどうにもならないリスクの大きい技術を手にしてしまった人間世界の象徴。
ノーノはしかし、この物語を直接的には描いてはいない。
シェーンベルクの「モーゼとアロン=見ることの悲劇」は「神は見るものではなく信じるもの」、それは視覚的な「形を見る」ことではなく、個々人の中に響く「音楽」を聴くことにある、とメッセージしている。
ノーノのシェーンベルクを引き継ぐ「プロメテオ=聴くことの悲劇」は、プロメテウスの火に苦しめらる群島状に分布する様々な人の声、それは矛盾と敵対を孕んだ歌や合唱となり鳴り響く。オペラは脳内のシナプス連繋のように響き渡る世界を「音楽」として聴くことを試みている。
つまり、ルネサンスに生まれた視覚装置としてのオペラはプロセニアム・アーチが解体された現代世界においても「音楽」として本来の意味と役割を発揮続けているのだ。

2017年4月25日火曜日

内面からの報告書 ポール・オースター

「冬の日誌」に引き続き翻訳・出版されたこの書は題名どうりオースターの内面を綴った日誌。しかし、この書は決して、一作家の内面を描いたものではなく、21世紀の現代に生きる我々の苦悩に通底する、作家自身の経験のリポートと言ってよい。
構成は「冬の日誌」のように時系列に合わせ一連に描かれるものではなく、「オースター」という素材を4面から眺めリポートした報告書。彼の少年期の経験、彼の人生感を象徴する二つの映画、そして彼の青春期の苦悩の中のラブレターとフォト・アルバム。バラバラ4面はしかし、周到に重ね合わされた一つの世界、彼の小説の常道とも言えるポリフォニー形式の報告書だ。
特に興味深いのは「脳天に二発」。その内容はオースターが少年期に観た二つの映画の解説。しかし、「縮みゆく人間」と「仮面の米国」という映画こそオースターが描きたかった彼の内面世界を象徴するもの。彼はこのパートを主旋律として中世ロマネスク期の音楽をこの報告書で奏でている。
4面構成の全体は確かにオースターの青少年期の報告書だが、それを対位法音楽の方法で捉えようとする本意はどこに有るのだろうか。もう、読み終わって一週間、しかし、まだ見えてはこないのだが、彼は1968年を起点としたポストモダニズム、後期資本主義、欲望の民主主義と言われる現代世界の始まりを描いているのではないだろうか。その年は間違いなく、同世代のボク自身の起点でもあり、苦悩な現代世界の通奏低音旋律なのだ。

2017年4月11日火曜日

冬の日誌 ポール・オースター

読み終わりのページ数もあと僅か、語り手は突然、オースターの無音楽ダンスパフォーマンスでの体験に触れる。体験とはオースターをどこか未踏の地に連れて行くもの。1978年12月、オースターはマンハッタンの高校の体育館でのダンスパフォーマンスによって、どん底の執筆生活から救われたとある。
さらに語り手は、ブルックリン橋からオースターが眺める建築の美しさに触れている。オースターは1980年来ブルックリンに住むようになり、繰り返し繰り返しこの橋からマンハッタンを眺めてきたが、その風景から消えてしまったツインタワーについて、語り手は次のように語っている。
「タワーがなくなった現在、横断するたびに死者のことを君は考えずにいられない。自宅最上階の娘の寝室の窓からツインタワーが燃えるのを見たこと、攻撃のあと三日間近所の街路に降った煙と灰のこと、・・・。あれ以来九年半、依然として週に二、三度橋を渡りつづけているものの、その移動はもはや同じではない。死者はいまもそこにいて、タワーもまだそこにある。記憶の中で死者たちは息づき、空にぽっかり空いた穴としてタワーはいまもそこにあるのだ。」
そして語り手は64歳になったオースターに対し「君は人生の冬に入ったのだ。」と語り、ページを閉じる。
いやぁ、なんとも素晴らしい日誌だ。オースターが書いた自伝ではなく、第三者である語り手が書いたプロジェクト報告なのだ。
淡々とリズムを刻み、のんびりと端正に、人と時間の世界を歩み続けるオースターを語り手は丁寧にかたっていく。
オースターは2001年に「ナショナル・ストリー・プロジェクト」を纏めたが、「冬の日誌」はオースター自身を、オースターだけをテーマとしたストーリー・プロジェクトと言えるようだ。完成が2011年と言うことは、オースターは丁度10年間、今度は自分自身をプロジェクト化し、この「冬の日誌」を書き終えたのだ。
いや、まだ終わってはいない、訳者柴田氏はあとがきに書いている。「ある身体の物語」たる本書が刊行される翌月には、「ある精神の物語」である「内面からの報告書」の訳書も刊行される。」そうか、プロジェクトはまだ終わっていない、明日にでも神保町に出かけプロジェクト報告を手に入れよう。