2017年11月6日月曜日

静かなふたり


スタンダールは「恋愛論」で恋愛を四つに分けたそうだ。
情熱恋愛・趣味恋愛・肉体的恋愛・虚栄恋愛。
彼はマヴィとジョルジュの恋をどの恋愛に分類するだろうか。
趣味恋愛と思いついたが調べてみると、
「パルムの僧院」のファブリスが得意のようだ。
「彼は遊びの恋というか、社交界での自分の評価を賭けたようなゲームのような恋を好んだが、最後は全人生を賭け、情熱恋愛に落ちた」と説明されていた。
「静かなふたり」とは全く違うな。
やはり、この恋は四つの分類ではどこにも入らない。

祖父と孫ほどの年の隔たりはスタンダールも経験済みのことだろう。
そして舞台はパリ。
しかし、「静かなふたり」は19世紀の社交界ではなく21世紀のカルチェ・ラタン。
都市生活に慣れない27歳のマヴィは小さな古書店に居場所を求める。
店主は世間から隠れて生きざるを得ない70歳過ぎのジョルジュ。
孤独なふたりはパリの片隅、崩れ落ちそうな書籍に囲まれ、静かな静かな恋をする。
東京では有り得ないが、パリでは可能な恋愛。
そう、古来から都市の本当の役割は「出逢い」にある。
五つめの恋愛は「都市恋愛」だ。 

2017年11月4日土曜日

紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970sー1990s


戦後の荒廃した廃墟にたち、復興に貢献してきた日本の建設産業は経済成長期を迎え、産業として大規模化し、その事業の大半は資本の論理と社会の要請にのみ答えることが使命となる。
 そんな中、大学を卒業する建築家の卵たちは、産業化社会に身を投じるか、近代においても可能な建築による表現の道を選択するか大いに悩んだ。 
思い出してみると、決して、二者択一であったわけではないが、建築設計領域を大人数の安定した組織事務所を選択するか、パトロンもなしに独立独歩で新たな建築の表現の道に身を投じるかは大きな別れ道だったのだ。 
そんな状況を「残像のモダニズム」(2017年9月21日岩波書店)で槇文彦さんは前者を「軍隊的世界」とするならば、後者は「野武士」であったと書かれている。 
そしてポイントは新世代の建築家は地域社会の人々と密に連携したり、改修工事や保存を積極的に引き受ける「民兵」として活躍している、ということだ。 

前書きが長くなったが、見学した「紙の上の建築」は「野武士」としての建築家たちのドローイング集といって良い。 
展示は「紙の上の建築」であり、実際の建築写真でも実物模型でもなく、全てが二次元の平面に描かれた建築コンセプト。 
最近流行している有名建築家の模型や完成パースでもなければコンピューター図面でもないのがこの展示会。 
民兵建築の時代は建築家のつくるカタチやコンセプトより、TVやYouTubeで語る建築家の言葉が重要かもしれないが、建築家ではなく「建築が意味するコンセプト」が描けなければ建築ではない、と言うのが軍隊時代の野武士だった。  

展示室の中央には柱状に四面のビデオ画面、4人の「野武士」がおのおのご自身の作品を「オーラルヒストリー」のかたちで語っておられる。 
その中で原広司さんが最も興味深い。
彼はボクの大学時代、「建築に何が可能か」(学芸書林)を出版され、建築をどう作るか(how to)ではなく、何を作るか(what)をラジカルに語っておられた。 
四面画面はヒストリーであるだけに、みな過去の事ばかりだが、ボクにとっては懐かしさが先にたち、野武士の時代はもはや終わったと感じられた。
 しかし、槇さんが書かれたように現在は民兵の時代ではあるが、建築が消えたわけではない。
 この機会が、若い建築家たちのラジカルなカタチ作りに貢献する展示会であってくれれば良いと思っている。

2017年11月3日金曜日

パターソン


新宿シネマカリテでパターソンを見る。
連休の初日、温かい秋の一日、新宿は大変な人だった。
騒音と雑踏、色とりどりのパッチワークに埋まる新宿に比べ、
映画のなかの街パターソンは人通りもクルマも少なく、寂れている。
ニュージャージーの街パターソンはかってのアメリカを支えてきた工業都市。
しかし、今や、ラストベルトの一つとして置き去りにされ、廃屋も多い地方都市。

映画はかっての工業都市パターソンに住まうパターソン夫妻の日常。
ふたりには子はないが、小さなブルドック・マーヴィンとささやかな生活。
スマホ嫌いの路線バスの運転手パターソンは毎日、小さなノートに言葉を綴る。
仕事を持たないパターソンの妻ローラはシロウトだが、優れたデザイナー。
ファッション・クッキング・インテリアの創作デザインに腕を振るう。

描かれているのは、秋だろう、月曜日の朝から次の月曜日の朝までの日常風景。
朝6時過ぎ、目覚めたパターソンはローラをベッドに残し、ひとり身支度。
椅子の上のマーヴィンとの静かなつましいシリアルの朝食をとる。
前夜ローラが用意したランチボックスを手にし街へ。
朝早く人通りのない街を歩き、バス車庫へ。
路線バスの運転席で詩作のノートを開く。
夕方、家に戻ると、前庭のポストは左に傾いている。
毎日のこと、マーヴィンからパターソンへのお帰りの挨拶。
夕食後、パターソンとマーヴィンはネオン看板の街なかの散歩。
小さなジャズバーのカウンター、店主ドクとのお喋り。
隅のテーブルではエヴェレットとマリーの別れ話。

映画はウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩「パターソン」のようにリズムを刻む。
映画の伏線は全て、この街パターソンが生んだ現代アメリカ最大の詩人にあるようだ。
詩人は抽象的観念ではなく、事物を飾らず現実を言葉に変えた現代詩人と言われる。
映画はパターソンの詩人が「パターソン」という詩集を生み出したことに始まり、
路線バス「パターソン23」のドライバー・パターソンがパターソンを走る、
事実としての「パターソン」の街を映像詩集に換え制作されている。

2017年10月31日火曜日

婚約者の友人


映画の始まりは何処までも静かだ。
ドイツの小さな田舎町、
家々の連なりは春浅いまどろみの中にある。
婚約者フランツを失ったアンナは花束を抱え、
石畳の道を靴音を響かせ墓地に向かう。

モノクロ画面に描かれる世界は第一次世界大戦が集結した1919年。
アンナとフランツの両親が住まう田舎町の外れの墓地に、
フランスの青年アンドリアンが訪ねてくる。
物語はここから始まる、フランス青年とドイツ女性の恋。

アンドリアンが亡くなったフランツの街を訪れると、
街中の人々は息子たちを失った悲しみを憎しみに変え、
彼を悉く阻害する。
しかし、息子たちを失った本当の原因は何処にあったのか。
アンナが婚約者フランツを失うこの戦争の50年前の普仏戦争も、
我々が知るアンナとアンドリアンの恋から20年後の第二次世界大戦も、
どちらもともに戦場には赴かない、
フランスとドイツの大人たちが生み出した戦争に他ならない。
そう、本当の悲劇と憎しみはいつの時代も、
戦争には行くことのない大人たちが生み出したものなのだ。

時が流れ、アンナは返送されきたアンドリアンへの手紙を手にし、
ひとりパリへ赴く。
しかし、彼はもはや行方知れず、
アンドリアンを探してのアンナの旅は続く。
そこで出会うのはフランスの大人たちのドイツ女性アンナへの阻害と憎しみ。

物語はやがて伏線となっていたルーブル美術館のマネの「草上の昼食」とその下に掛かる「自殺」が大きな意味を持つ。
アンナがマネから導き出しもの、
それは「婚約者」と「婚約者の友人」が生きたパリでひとり生き抜くことだった。

2017年10月12日木曜日

「軽蔑」そして「暗殺の森」


軽蔑 
 アダルベルト・リベラのマラパルテ邸、1938年にカプリ島の崖の上に建てられたヴィラ。 
ファシズム政権下マラパルテとリヴェラはこの建築に何を託したか。
 陽光の下、青い海へと駆け上がるこのうつろな大階段を舞台に、1963年にゴダールはブリジット・バルドーを主演に迎えモラビアの小説を映画化した。
 今日はそのデジタルリマスター版を恵比寿ガーデンシネマで観る。  

「神が人間を作ったのではない、人間が神を作ったのだ。」 
「映画は欲望を視覚化したのだ。」 
デジタルリマスター版はディレクターズカット、TV用に2時間弱に編集されている。 
この映画を昔観たものにとっては、大事なシーンがカットされていてやや物足りない。 
ポールは入浴中もアメリカ帽を取ることはない。 
裸の美しいカミュは金髪だが、不似合いなショートカットの黒いウィッグがお好み。 
そして、カミュの赤、ポールの白のタオルケットが強力なメッセージを発する。 

物語の下敷きになる、トロイ戦争の英雄オデッセウスは何故、 イタケ島に帰れなかったのか、いや、帰らなかったのか。
 リヴェラのマナパルト邸の屋上に立つものはポールなのかオデッセウスなのか。 
青い海と空の先にあるものはカミユかペネロパか。 
いや、ゴダールが見るアメリカではないだろうか。 
美しい地中海の島々はリアルでもあり、神話でもあるのだ。

 暗殺の森  
ベルトリッチの1970年の作品。 
周到に計算され描かれた二次平面が静かに動き、イメージとして記憶される、ベルトリッチの映画はそんな印象だ。 
映像が素晴らしい監督は数々あるが、彼の映像はアーティファクトとでも言うのだろうか、作りもの的ではあるが、それが返って忘れがたい強烈なイメージを形成する。

 原作者は前回の「軽蔑」と同じイタリアのモラヴィア、優柔不断な哲学講師マルチェロの話だ。
 少年時代の性的トラウマ(悪友のいじめから救ってくれた青年は同性愛者リノ、マルチェロは正当防衛だが彼を射殺してしまう)が原因ということだが、彼は盲目の友人イタロに誘われるままにナチ党員になり、言われるままに反ナチズムの恩師の暗殺に加担する。
 やがて大戦は末期、人々はファシズム糾弾の狼煙を揚げる中、マルチェロは盲目の友人イタロと共に街を歩き、トラウマの原因となっていた同性愛者リノが死んではいなかったことを知る。 
ファシズムに傾倒させたマルチェロのトラウマは何を意味するのか。
 彼は共に生きるすべての人に対して寡黙な哲学者と見なされてはいるが、いつもいい加減であったのだ。 
そして、ナチに荷担し恩師を暗殺したことも曖昧視し、ファシズム糾弾者の渦の中に、今度は盲目の友人イタロを投げ込み、彼こそ糾弾すべきナチだと叫び生き残る。  

原作者モラヴィアの最初の作品「無関心な人々」は1929年、「消えた野心」は1935年、ムッソリーニ政権に禁書扱いされたこともあるが、1951年に映画「暗殺の森」の原作となる「孤独な青年」、そして1954年「軽蔑」1960年「倦怠」と終始、孤独で優柔不断、カッコばかりでいい加減な男ばかりの小説を書き続けている。 
そんなモラヴィアの小説世界が今年、30年前の映画化だが、連続して東京で上映されることは意味深いことかもしれない。 
何故なら、モラヴィアの小説に登場する男たちは、今の我々のことではないかと思えてならないからだ。

2017年9月15日金曜日

「ニコトコ島」と「石と歌とペタ」

「筋書きのないドラマ」はよくあるが、「目的がないドラマ」はお目にかかったことがない。
どうやらこの映画は「目的がない」のが目的のようだ。
「ニコトコ島」と「石と歌とペタ」という2本の映画を同時に見た。
多少雰囲気は違うが、同じような構成、音と映像、どちらも「目的がない」のが目的。
若い男性制作者たちがカメラを回し、画面に登場する。
情景は海を走る船甲板・鳥が鳴く針葉樹林・奇景な岩海岸・車内から見る雨中の道路・・・・。
地・水・火・風・空なら五輪塔だがここでは岩・水・林・風・空というところがモチーフのようだ。
五輪塔などと書いたのはこの映画「目的」が無いだけに哲学的、デストピアであり、ユートピア。
しかし、見終わって見ると、今の時代はこんなものかなと思ってしまう。
目的・筋書き・ドラマ・カタチがない。
そんなユートピアは高齢者のものだろう。
しかし、この映画は若者たち生み出すフィクションであるとしたらデストピアが相応しい。
目的はモノのことではなく、期待、あるいはコトのことだから。
若い制作者、大力拓哉、三浦崇志、松田圭輔が作るカタチに期待する。

2017年9月6日水曜日

ブランカとギター弾き


「ミョノンと竪琴弾き」をイメージさせる、悲しいが、爽やかな映画。小説や絵画ではなく、映画のみが表現できる、さしたるドラマもなく、言葉少ないリアルな世界が描かれている。フィリピンのバラック街を舞台とする、ドキュメンタリー作家によるファンタジー。

クルマも少なく、Tシャツと短パンの人々が行き交う、淡い土色に煙った雑踏。安物のアクセサリーとカラフルな晴れ着で着飾ったゲイや娼婦たちとビニールシート張りのテント屋根がその水彩画に彩りを添える。稼ぎ場である広場には屋台とゴミと野宿のベンチ、遊び場である水辺は涼やかだが水は汚れている。どの場面も、そこには一切の嘘も無駄もなく、親もない、家もない、子どもたちの現実がもの悲しい詩篇として描かれている。

2017年8月22日火曜日

ワーグナーの生誕100年、メトの「パルジファル」

週末に今年のバイロイト、ニュルンベルグがプレミアム放送され、面白かったので、今日はメトのワーグナーを楽しむことにし、東劇の「パルジファル」に行く。
ニューヨークのメトロポリタン劇場での2013年3月の作品。東劇ではその4月、映画版がすぐに上映され、今回はそのアンコールということになる。
ワーグナーは大人気、平日の午後だが客席はほぼ満席、生誕100年で評判になっていた演目、当然かもしれない。しかし、ボクには苦手なワーグナー、YouTubeにもアップされていたのだが、今日まで全く見過ごしていた。

内容は神聖祝祭劇と呼ばれるワーグナー最後の大曲、延々と5時間を超えるが地味なオペラだ。キリストを刺した聖槍とその時の血を受けた聖杯を守る中世騎士団の王アンフォルタス。彼は魔法使いクリングゾルに騙され、聖槍を奪われ大きな傷をおい、瀕死の状態にある。
その槍を愚者パルジファルが取り戻し、王と騎士団を救済するという物語。様々な歴史神話を題材にしてきたワーグナーだが、この大曲はキリスト教の持つ「愛と救済」を真正面から取り上げ、人間の愚かさ、弱さ、清さ、そして苦難を克服する忍耐と栄光を象徴と引用によって歌い続けるという、まさに神聖な人間訓話。

制作された舞台は映画版を意図した細かい構成。やや斜めに設えられている床面だが、上方からのカメラ目線ではないと気がつきにくい、水の流れや小さな草花が物語進行上の微妙な演出効果を発揮している。
その演出はメトは初めてのフランソワ・ジラール。この楽劇なら当然かもしれないが、やや堅苦しい教会の神父か牧師の訓話劇のような趣から、ワーグナーという19世紀の男の時代の作品をこよなく愛し、忠実にオペラにした演出家、という印象を持った。
上演された2013年はまさにワーグナー生誕100年、適材適所の上演と言える。
指揮はダニエレ・ガッティ、メトで聴くのは初めてだが、慎ましいアンサンブルはボクの好み。正直なところ、この楽劇の終幕では朗々とした凱旋のメロディーと荘厳な鐘の音の連なりを期待したが、今日の演奏は何処までも慎ましく、神聖に「愛と救済」を支えている。

二幕のクリングゾル館での魔性の女クンドリとパルジファルの絡まりは圧巻だ。パルジファルはあらゆる誘惑や欲望から立ち戻り、グリンゾルがかってアンフォルタスから奪った聖槍を取り戻す場面。今日のパルジファルはヨナス・カウマン、クンドリはカタリーナ・ダライマン。彼ら二人のこの幕の迫真的歌唱は、延々と5時間を超える楽劇の最高のクライマックスを生み出していた。

2017年7月26日水曜日

モダン・デザインの展開 ニコラウス・ペヴスナー

ヘーゲルの歴史主義あるいは弁証法的発展主義を下支えとしてきたモダニズムはミレニアルの建築をみる限り完全に破綻してしまったようだ。

そして、今、19世紀の建築家、著述家が再び注目されている。

記憶、出来事にオブセッションするロッシの建築からベンヤミンのパサージュ論が広く読まれているが、ベンヤミンはフロイトの精神分析やその後のシュールレアリスムとの関わりが強く、近代の理解には欠かせないのだろうが、ここからは前へは進めない。

しかし、建築もまた想像力が生み出す世界なら、今一度、世紀末に立ち戻ることは意味があろうと思い、ここのところ古い本の書棚を漁っている。

そして、引っ張り出したのは、ギーディオンでもバーンハムでもなくペヴスナーだった。

彼の二冊を読みながら実感したことは、建築は思想史にも美術史にも関わらない、建築の有り様にある、ということだ。

そして、彼が感情の魔術師と呼んだラスキンの言葉を載せていた。

建築の質は人間の質を示すもの、「おろかな者はおろかに、かしこい者は感受性豊かに、高潔な者は美しく、そして罪ぶかい者はいやしく、建てる。」

建築とは建物のうえに刻み込まれた「それ以外には何の必要もない、ある種の尊厳あるいは美の性格なのだ」

「われわれが建築とよぶものは、高貴なかたちをしたそれらを伴い、それらを適切な場所に配したものだけなのだ。高貴な芸術の力をもたないすべての建築は・・・単なる建物にすぎない。」

ペヴスナーは「ラスキンとヴィオレ・ル・デュク」の締めのページに書いている。
「19世紀絵画においては、進歩派と伝統派、受け入れらざる者と受け入れられた者との間に断絶があったことはよく知られている。けれど建築においては進歩派や新派はなかった。というのも、受け入れらざる建築というのは、存在しようがないからだ。・・・・・建築家は依頼主を持たなかったら、建築は存在しない。」
当然の事柄だが、ここに関わるペヴスナーもまた、建築は、美術とは全く別事とは考えられなかった。つまり、近代建築は決して、貴族的なルネサンス建築から離れることはなかったのだ。
やはり再び、アルベルティに戻る必要がある。
彼は同時代のマキャベリに似て、全く別種の建築を模索していたのだから。

2017年7月25日火曜日

プラハの墓地 ウンベルト・エーコ


偽文書づくりのシモニーニ(ユダヤ人嫌いの偽造遺言書公証人)とダッラ・ピッコラ神父(イエズス会)は同一人物なのか別人なのか。 
偽書と陰謀は歴史的事実の中に周到に紛れ混み、物語全体は巧みに重層化・多層化された19世紀を舞台にした壮大なサスペンス。
 かってル・カレのエスピオナージに膨大な読書時間を占領されたが、エーコはそれを凌駕する、画期的な知的エンターテイメントを描いてくれた。 
著者であるウンベルト・エーコはこの物語を2010年に発表している。  

ヴィクトル・ユーゴもジュリエット・ラメッシーヌ(後のアダン夫人)のサロンに登場する。
 もう高齢の彼は古代ローマ風の白衣を身にまとい、今や自分自身の記念碑と化している。 
19世紀末が現代の始まりとするならば、それはユダヤ人・フリーメイスン・イエズス会のおぞまし陰謀合戦により生み出されたと言えるようだ。 

本書でエーコが挑んだのは、いかにフィクションが危険なものとして在ったのかをフィクションの形式で書くという試みでもあった。 
それはあるはずのものだから、もしこの世に存在しないのであれば、あるようにしなければならない。 
そうした理念によって修正される歴史、そして成立してしまった偽の歴史を否定することの困難さを、まざまざと読者に見せつけてくれる。 

プラハのラビたちは、人文主義、フランス革命、アメリカ独立戦争が、キリスト教原理と諸国王の尊厳を損ない、ユダヤ人の世界征服を準備したことを指摘した。 
もちろんその計画実現のために、ユダヤ人は立派な看板すなわちフリーメイソンを作り上げなければならなかった。しかし!

あるがままの世界にあって、あるはずの世界を視覚化しなければならない近現代の建築家、その苦難は歴史的発展主義の中に消滅していく。

2017年7月23日日曜日

ユーパリノス=建築はだまり、語り、歌う



「建築はだまり、語り、歌う」はヴァレリーの「ユーパリノス」に書かれている言葉です。冥府にいるソクラテスはパイドロスとの対話の中で建築家ユーパリノスのつぎの言葉を聞き、「再び生きるなら建築家として生きたかった」と語っている。
「私の神殿は愛する対象が人を動かすように人を動かさねばならない」。
「町のむらがる建物の中で、あるものは黙し、あるものは語り、あるものは歌うということに気づきはしなかったか?」
「精神と肉体が見事に調和したときには、単に作品が出来上がるだけではなく私自身の建築が出来上がる」。
感覚的世界、形や外界という物質的世界、あるいは地上的美の世界を必要としなかったソクラテスにとってユーパリノスの言葉は大いなる驚きだった。
そこにはソクラテス自身が果たせなかった「観念と行為の応答」を成し得た人がいたからである。
「歌う建築」はヴァレリーが冥府にいる哲学者ソクラテスに生前成すべきことを、「ユーパリノス」を通じて伝えた。
そして、ソクラテスは言う「アンチ・ソクラテス、私の中には、周囲の事情からとうものにならなかった一人の建築家がいたのだ」と。

講義録をまとめるに当たっては「ユーパリノス」のこの言葉を表題にしたいと考えていた。誇大妄想、アナクロニックな試みではあるが、「建築の中の意味の世界」の散策、「建築を科学や芸術とは異なる視点からの面白さ」として講義してみたいと考えていたからだ。
優れた建築は、見る人に感覚的喜びだけではなく、想像的な楽しみを与えてくれる。
建築家の生み出す形態は動的役割や美しさを表現するばかりか、形態に付された表象は建築の体験者に、物語の世界に入り込むような楽しさを与えてくれる。

建築に物語のような意味を与えることはヨーロッパでは当たり前のことだった。
しかし、現在では建築は黙して語らない。
ヴァレリーが「ユーパリノス」を書いたのは1921年、第一次世界大戦直後のこと。
それはまさに西欧の精神の崩壊の時、建築は歌うどころか、科学と芸術の乖離のなか、建築はその集団的意味を失い、一言も発することがなくなった。
ヴァレリーは「ユーパリノス」を大図録「建築」の序文として書いている。
彼は「建築的調和は音楽的調和、建築は精神と肉体の調和から生み出されるもの」とみなし「建築はだまり、語り、歌う」と書いたのだ。

2017年7月21日金曜日

ロマン主義時代の音楽と建築


「ドラマとしてのオペラ」の中でカーマンは重要な指摘をしている。
 「オペラブッファが持つ音楽の連続性が劇的音楽の道を開いた。」
 18世紀の器楽曲が展開したソナタ形式を支えたのは調性だ。 
バロックの説明的展開に対し調性は機能的な展開を切り開き、葛藤・経過・興奮、絶え間ない変化を可能にしている。
 結果、器楽音楽はブッファを発展させ劇的連続性を生み出していく、とカーマンは考えている。 

18世紀まで、形式性の展開においては似たような方法をとってきた音楽と建築がその後、決定的に異なるのはこの連続性にあると考えられる。 
宗教曲からルネサンスそしてバロックへ、音楽は歌曲であり、オペラ誕生以降、その世界は音による絵画世界(視覚世界)だ。
従って、音楽と建築はその表現方法には大きな違いがない。
ロマン派以降、音楽はソナタ形式で調えられた、時間的に連続する器楽世界。
視覚的形式のみで展開せざるを得ない建築は不連続な行間をどう繋ぐかが問題となる。 
しかし、その方法が仮に機能主義・有用主義という倫理だけであったとするなら、近代建築は「失敗したロマン主義」ということになる。

 近代建築を批判し言語論を応用した建築もこの行間を繋ぐ方法とはならずポストモダニズム以降姿を消した。 しかし、まだ方法はあるはずだ。
ロースはラウムプラン、ロッシは記憶・連想をその糸口とし、シザは?スティーブンホールは? 建築のロマン主義を検討する意味 がここにある。 hiroyuki kato/iPhone

2017年7月14日金曜日

日生劇場の「オペラ・ノルマ」

日生劇場のオープニング(1963年10月)はベルリンオペラ・フィデリオだった。
客席から見上げると、天井は深い海の底から仰ぎ見る水面のよう。
太陽のひかりが差し込み、さざなみに揺れ、キラキラと輝いている。
初めて聴くベルリンの音楽と歌はどこまでも力強く、美しく、そこは水底か天上界での響き。
想像したこともない、架空いや虚構の世界に入り込んでしまった、という遠い思い出。
オペラと劇場はその日初めて知る、全くの異種の世界。
高校時代の日生劇場とフィデリオは、そんな劇場体験を残していた。
そして50年、その日からボクのオペラと建築がはじまり、今がある。

久し振りの日生劇場はオペラ・ノルマ。
まさか、東京でノルマの上演?
この3月、偶々、通りかかった日生劇場のピロティで見たボードはデヴイーアが歌うノルマ。
驚き、半信半疑、窓口で確かめると、マリエッラ・デヴイーアが7月の始め、この劇場でノルマを歌う。
東京でノルマを聴くなんて有り得ない。
ノルマを歌えるのは、いま世界で何人だろう。
YouTubeにはカラスのCasta divaはあるが、さすがに映像はない。
1974年、オランジュの古代ローマ劇場での伝説的公演はモンセラート・カバリエ。
その後、カラスやカバリエに並ぶ、「清らかな女神」のクリップは残念ながら見当たらない。
そしてこの日、あのデヴイーアがここ日比谷でノルマを歌う。

客席は2階の4列、全舞台が見渡せ、グラスも要らない。
1300席余りの日生劇場は日本で最も贅沢、最高のオペラ劇場と言って良い。
(オペラ・パレス=1800、サントリーホール=2000、東京文化会館=3000)
オペラは定時の午後2時、東京フィルを指揮するフランチェスコ・ランツィッロッタがオーケストラ・ピットに登場、真っ暗の場内に序曲が響き始まった。

舞台は粟国淳の演出によるドルイドの聖なる森の中のイルミンスルの大樹、そこはまるで円形の木造壁に囲まれた古代神殿の趣。
物語はこの地に駐屯するローマの将軍ポリオーネとイルミンスルの神託を聴く巫女、神官の娘であるノルマとの恋。
いやすでに、ポリオーネの恋人は若き見習い巫女、アダルジーザに移っていた。
ノルマはポリオーネとの間に二人の子どもまでもうけていたが、まだ何も知らない。
そして、駐屯するローマ軍の悪行に復讐しようとする父神官とガリア人の合唱。
やがて、ノルマが登場。
彼女はお猛る合唱を押さえ、イルミンスルの神託は、「戦ってはいけない、やがてローマは自ら滅ぶから」と歌い、「清らかな女神=Casta Dive」のアリアへと続く。

筋書きはもういいだろう。
デヴィーアは決して大柄なソプラノではないが、美しく力のある歌声を聖なる森に響かせる。
ポリオーネを歌う笛田博昭は素晴らしかった。
彼の力強いバリトンはオランジュのヴィッカーズに劣らず、終始朗々と響き渡る。
そして、このオペラの聴かせどころは二幕と三幕のアダルジーザとの二重唱。
メゾ・ソプラノを歌うラウラ・ポルヴェレッリは初めてだが、彼女もまたシエナ出身のイタリア人。
その声の柔らかさと大らかさは、インペリア出身のデヴィーアとすっかり馴染み、イタリア・ベルカントの素晴らしさを存分に響かせていた。

ベリーニのこのオペラ、やはりテーマは女性。
神託の巫女であり、母であり、禁断の恋をも辞さない、そして掟の定めに身を捧ぐノルマ。
女性の持つ、清らかさ、美しさ、母性愛、友情、そして恋。
オペラ大流行の19世紀に、ベリーニは何処までも美しい女性を追い続けたのではなかろうか。
それは男にとっては、憧れであれ、未触の世界、この劇場が表現する虚構世界に通底している。

PS.

『フィデリオ』
カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
クリスタ・ルートヴィヒ
ジェームズ・キング、ヨゼフ・グラインドル
グスタフ・ナイトリンガー

2017年7月6日木曜日

フーコーの振り子 ウンベルト・エーコ

陰謀(猟奇魔)に捕らわれることなく、カバラ(神秘主義)世界の歴史書を完成させようとするのはミラノ・ガラモン社の三人、ベルボ、ディオレッタレーヴィ、ガゾボン。
テンプル騎士団の研究者ガゾボンが語る物語は、編集部長ベルボがワードプロセッサ、アブラフィアに記録した多時間・多空間的世界と交錯し、多彩な想像的世界として展開される。

物語の始まりと終わりは、パリの国立工芸院(サン・マルタン・デ・シャン修道院)のフーコーの振り子にあるのだが、その全体は虚構を真実とし、真実を虚構化する壮大なミステリーと言って良いだろう。
テンプル騎士団、薔薇十字、フリーメーソン、聖杯伝説、ドルイド教、ケルト神話、さらに旧約聖書からキリスト教、ユダヤ教、イスラム教とヨーロッパのすべての精神世界が舞台となりミステリーは謎に謎が重なり迷宮へと入り込む。

唯心論が否定され、全ての思考あるいは想像を理性的唯物論にのみ帰結させなければならない近代にあっては、神話やオカルトはもはや感情の表出、ファンタジックなエンターテイメントとしてしか見なされていない。
しかし、近代社会の脆弱性、歴史認識の薄氷性が気になり始めたポストモダンの現代にあって、ヨーロッパの知性はかっての、あるいは別角度からの人間の思考・想像世界に大きく目を開こうとしている。

日常、全く触れることのないカバラ世界、前回は読み通す事が出来なかったが、今回はヨーロッパ最大の知性と言われるエーコが残してくれた、近現代への貴重な批評の書として読み続けせていただいた。

2017年6月21日水曜日

宇宙の謎を探る、LHCからILCへ

138億光年前のビッグバンにより宇宙が誕生した。しかし、宇宙望遠鏡を駆使してもその膨大な宇宙を観ることが出来るのはたった38万光年までと言われている。
その先の世界を観るためには、我々はビッグバンの爆発によって宇宙空間に飛び交った、様々な素粒子を掴まえなければならない。
超高エネルギー状態で無秩序に飛び交った様々な素粒子は、やがて宇宙が膨張し温度が下がると、まとまり始め物質を構成する。そして誕生したのが夜空の銀河であり、その一つの太陽系であり、 我々が住まう地球であり、地球上の全ての原子。我々人間自身もまた原子の塊に過ぎないのだから、人間もまたビッグバンに始まる素粒子の塊であり、星屑の一つに過ぎない。

宇宙のはじまりを知るビッグバン直後の高エネルギー状況を実験室に作り出す装置が「高エネルギー加速器=リトルバンを生み出す実験装置=LHC」。1980年代以降、LHCにより数多くの素粒子を発見された。その測定から宇宙の成り立ちや、素粒子の運動を支配する原理がわかりつつあるが、原理の理解は「標準理論」として纏められている。
しかし、理論で存在が予測されているが、なかなか発見されなかった粒子がある、ヒッグス粒子だ。この粒子の発見は2012年、この時からいよいよ、宇宙の解明が加速されたが、しかし、標準理論で説明出来るのはわずか5%に過ぎない。全宇宙の大半は見ることが出来ない謎の物質「ダークマター」と謎のエネルギー「ダークエネルギー」によってその大半は構成されているのだ。

そしていよいよヒッグス粒子や暗黒物質、暗黒エネルギーを捕まえる「国際リニアコライダー計画=ILC」が始まった。この実験装置を北上山中に作ろうというアインシュタインもコペルニクスもビックリするような計画。
ILCは全長50キロメートルの直線型加速器、可能な限りのエネルギーで電子と陽子を衝突させビッグバンを再現しようとする実験装置。
138億年前のビッグバンは物質の解明のみならず新たな「次元」、素粒子とは異なる複合粒子という新しい「階層」、あるいは単独宇宙に関わる我々だが、スカイウォーカーやダークベーダーが活躍する「複数宇宙」の存在が見えてくるかもしれない。どちらにしろ、人類史最大なワクワク計画といってよいだろう。

今日の早稲田大学井深大記念ホールでの講演は村山斉氏と鳥居祥二氏のお二人。どちらも超優秀な頭脳、話の内容は素人の私には難解だが、しかし、優秀なのは頭脳だけはない。話は各々一時間足らずだが、そのわかりやすさは驚くばかり、気持ちの良い、午後の時間を楽しませていただいた。
前者のお話は今やTVでもお馴染み、ユーモラスな解説で今日も巧みに我々を宇宙に引き込んでいく。ポイントは宇宙が冷え、結果、様々な物質・星・人間が生まれるのだが、その原理はエネルギーだけの問題ではなく、超特殊なヒッグス粒子により、熱い無秩序な宇宙がやがて秩序を持つところにもあるようだ。(聞き間違っていないかな、責任は村山氏ではなく、当然このわたし)
後者のお話はNASAの国際ステーション(ISS)での宇宙線観測するカロリメータ型宇宙電子線望遠鏡(CALET)とその観測データ。宇宙の高エネルギー現象の理解には宇宙線が最も重要。来月の国際会議には観測されたデータから重要な発見が発表されるかもしれない。

2017年6月16日金曜日

永遠のファシズム ウンベルト・エーコ

昨年の2月に亡くなったエーコを読み続けている。薔薇の名前は読みやすかったが、フーコーの振り子や前日島は途中で挫折していた。
最近になって、プラハの墓地が面白く、岩波がバウドリーノを文庫化していたので、今は虜になっている。
長らく気がつかなかったが、彼の本の面白さは人間の間のミステリーではなく、個人の中に巣くう陰謀にあるのかもしれない。
そして一昨日、共謀罪を強行裁決する国会を眼にし、「永遠のファシズム」の真実味をまのあたりにした。
何時の時代、何処にでも生きる、人間が持つファシズムの原形を永遠のファシズムとエーコは捉え、その形を次のように原ファシズムとして列記している。

1ー>伝統崇拝=知の発展はありえない、私たちのできることは解釈し続けることだけ。
2ー>伝統主義はモダニズムの拒絶を意味のうちに含む。
原ファシズムは非合理主義。
3ー>文化は批判的態度と同一視されるいかがわしいものとされる。
知的世界に対する猜疑心は、原ファシズムの兆候。
4ー>原ファシズムにとって、意見の対立は裏切り行為。
5ー>原ファシズムは人種差別主義。
6ー>原ファシズムは個人もしくは社会の欲求不満から発生する。
7ー>原ファシズムはその心性の根源に陰謀の妄想力を抱え込んでいる。
8ー>敵の力を客観的に把握する能力の欠如。
9ー>生のための闘争は存在せず、あるのは闘争の為の生。
平和主義は悪であって、敵とのなれ合いと見なされる。
10ー>原ファシズムは大衆エリート主義を標榜する。
11ー>原ファシズムは死(英雄)にあこがれ、死に急ぐ。
12ー>原ファシズムはマチズモの起源、英雄視は武器と戯れる。
13ー>原ファシズムは質的ポピュリスムに根ざしたもの。
個人は個人としての権利を持たない。
人間存在は量としては共通意志を持つことなどありえないのだが、原ファシズムは個人的意志を認めない。
14ー>原ファシズムは虚構を話す。

2017年6月12日月曜日

バウドリーノ ウンベルト・エーコ

自分は嘘つきだ、という男が話す12世紀の歴史物語。
歴史は現実なのか、見たものなのか、人の話しなのか。

聴き手は十字軍の巡礼者に蹂躙された都市、コンスタンチノープルの高官ニキタウス。
語り手はイタリア中部、ロンバルデイアに生まれたバウドリーノ。

彼は13歳で街を出て、ケルン、パリで学び、コンスタンチノープルからアルメニア、キリキアへ、そして聖地エルサレムではなく、今では空爆が絶えることのない砂漠を越える。

12人の旅の仲間とともにたどり着いたのは不可思議な言葉と体型を持つキリスト教者の地でもあり、一角獣とヒュパティアの住まう古代ギリシャ。

しかし、バウドリーノの旅は終わらない。
ロック鳥に救われ一度はコンスタンチノープルに戻るが、今度はたったひとりヒュパティアの地を目指す。

信じるべきは、歴史かもしれない!

学ぶべきは、宗教かもしれない!

夢みるものは、旅かもしれない!

2017年6月11日日曜日

カーセンの「ばらの騎士」

ロバート・カーセン演出の「ばらの騎士」を東劇で観た。
この5月のメトロポリタン劇場の映画版。
彼が演出するオペラは物語の解釈や舞台構成に独特の工夫があり、いつも興味深い。
かって見たバスティーユ版 「ホフマン物語」の面白さはブログにアップした。
(http://sadohara.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html)

今回メトで見たばらの騎士は最初、ザルツブルグで公開されたという。
物語を第一次大戦前のウィーンに設定し評判となり、昨年末はロンドンのロイヤルオペラハウス、そして今年、ニューヨークのメトロポリタンで上演された。
歌手は劇場ごとに異なるが、全て人気のある公演となっている。
カーセン演出のばらの騎士は物語を第一次大戦前に置き換えたところが大きなポイントで、このオペラはまさにその時代、1911年にリヒャルト・シュトラウスによって作曲されている。
つまり物語だけではなく、カーセンはこのオペラが生み出された時代そのものも演出上のテーマとしているのだ。

18世紀の頭の禿げた田舎貴族とウイーンの成り上がり市民の若き美しい娘の結婚を取り持つ「銀のばら」を元帥夫人が恋人、オクタヴィアンに持たせるオペラは(http://sadohara.blogspot.jp/2010/02/blog-post_70.html)
今日のカーセン版は20世紀の大戦前の軍人と武器商人の娘に置き換えられたドタバタ喜劇。
オペラは19世紀市民のエンターテイメントであることは間違いないが、その物語を20世紀の始めに置き換えたことにより、カーセンはこのオペラにある種の真実性を帯びさせたと言って良いのかもしれない。
シュトラウスがこのオペラの生み出した第一次大戦前はまさに近代の始まり、それは芸術の崩壊、いや「文明の没落=ショッペングラー」、あるいは「中心の喪失=ゼードルマイヤー」が書かれたようにヨーロッパ文明の危機が騒がれていた時代だ。
シュトラウス自身もワーグナー的芸術オペラを作るが、モーツァルトやロッシーニの持つ喜劇的エンターテイメント・オペラにも関心を持っていたのだ。

世紀末は建築デザインにとっても大きな過渡期だが、音楽の世界では、 時代を超える新しい音楽を作ろうとする作曲家はシェーンベルクを筆頭とし、調性原理を放棄し、三和音によって秩序づけられた音楽とは異なる、複雑で独創的な音楽を追求し始めている。

振り返れば、18世紀以前、音楽は娯楽であり芸術。音楽は教会や宮廷にあり上流階級の独占物、 民衆が自然発生的に関わる民族音楽とは異なっていた。
さらに、フランス革命以降、宮廷オペラは勃興した中産階級に急速に普及していく。
娘にピアノを習わせることが新興上級市民たちのステータス・シンボルともなっていく時代だ。
そして、19世紀には様々な音楽が大量に作られ、サロン音楽や沢山のオペラ、いわゆるクラシックだけでなく、現在のポピュラー音楽の原型も生み出される。
ロッシーニのオペラに敵意を示したワーグナー、彼のオペラ(楽劇)は通俗性を嫌い難解なエリート性を強調する。しかし、全ての市民がみなワーグナーに傾倒したわけでもなければ、ベルリオーズやブラームス、シューマンだけが芸術家であったわけではない。
サロメ、エレクトラ、ばらの騎士を作曲したシュトラウス、彼はまさにオペラが娯楽か芸術かばかりでなく、新たな音楽を如何に生み出すかに立たされていたのだ。

ワーグナーの楽劇に示される、歌とオーケストラが連続し交響楽風に奏でられるオペラの隆盛はモーツァルトやロッシーニ、ヴェルディが作曲したアリア、レスタティーボで繰り返される絵画的オペラとは大きく異なる。
加えて、リストの交響詩やシェーンベルクの無調音楽も作られ始めた1911年、オペラや建築デザインは20世紀に何が可能かを問われていた。

この曲はサロメ、エレクトラから数年の間をおき、満を持し作曲されている。
前二作はどちらかと言うとワーグナー風であり娯楽性は乏しい。
シュトラウスはどうしても、芸術であり娯楽であるオペラを生み出さなければならなかった。
前作と同じ脚本家ホフマンスタールと喧々囂々のすえ、ばらの騎士は完成する。そして当時の新聞には、このオペラは前作を超え、観劇のために専用列車が仕立てられるほどの大評判になったと書かれている。

カーセンの演出はこの辺りの状況を丸ごとばらの騎士の演出に込めている。その方法は先に、このオペラにある種の真実性をおびさせたと書いたが、その真実性とは、オペラはいつも額縁の中の虚構であるところに作られてきた、そして、シュトラウスはその方法を舞台形式だけでなく、作曲にも取り入れていた。
ばらの騎士は前二作とは異なり、幕ごとに大きく音楽的色彩を変えて作曲されたところが、シュトラウスの成功の理由だが、カーセンはその音楽的色彩による枠組みに拘り、わかりやすく演出した。

ばらの騎士は幕が開く始まり部分と、三幕の終わりに再登場する元帥夫人の場面の音楽だけが連続した交響詩風の構成として作曲されている。
それがまさに音楽による額縁であり、その額縁の中はモーツァルトのフィガロ風の喜劇、田舎貴族と新興商人のドタバタ仮面劇として作られている。
つまり、カーセンはシュトラウスとホフマンスタールが呻吟した、枠の内外という、新しいオペラの事実をものの見事に強調し、このオペラの演出したのだ。

三幕のドタバタの真っ只の中に何故、突然、元帥夫人が現れたかはよくわからない。
しかし、登場した彼女はドタバタを終わらせ、オックス男爵に貴族的品位を持ってお帰りなさいと窘める。
さらに、状況が掴めない男爵に女中のマリアンデルは、実はばらの騎士オクタヴィアン、ロフラーノ伯爵であると明かし、「ウィーン風の 仮面劇 ただ それだけのこと」と歌う。
やがて、オックス男爵も得心し、彼も上出来の 仮面劇 と認め、「いまはもう終わり!」と退出する

終幕の元帥夫人とオクタヴィアンとゾフィーの三重奏はいつも美しい。
その歌は伯爵であるオクタヴィアンと商人の娘ゾフィーの恋の歌だが、華やかな元帥夫人の恋の終わりの歌でもある。
あるいは、三重唱はまさに20世紀の始まりの歌。

この公演の主役の男爵、ゾフィーはドタバタの中に時代の狭間をも感じさせる演技と歌唱で感心したが、特に素晴らしく、印象的でありビックリさせられたのは元帥夫人のルネ・フレミングとオクタヴィアン(ロフラーノ伯爵)のエリーナ・ガランチャ。
彼女たちはこのカーセンの「ばら」を、共々の当たり役の終わりの出演と決めていたと幕間に明かした。
芸術の終焉か新しい近代の始まりかの狭間を明快に演出したカーセン・オペラを二人の名歌手は、新たな始まりのための最後のオペラと決めていたのだ。