2015年2月22日日曜日

20才のロッシーニ「結婚手形」「なりゆき泥棒」

研修生15期・16期生によるオペラ研修所公演では国立音大卒業の二人のプリ・マドンナ、原璃菜子と清野友香莉を同時に聞けるというので早くから楽しみにしていた。座席も二列目中央と絶好だ。(いや、ちょっと近すぎた!)プログラムを読むとロッシーニの18歳と20歳の時の作曲という。なんとも初々しい、いや聴いていても、その溌剌さを実感する、春のようなオペラだ。演目は「結婚手形」と「なりゆき泥棒」どちらも明るくユーモラス、めでたしめでたしの喜歌劇。

「結婚手形」はロッシニーのデヴュー作とはいえ、そこは天才作曲家、小オペラだが音楽はハイドンのカルテットのようにすっきりと纏っていて終始気持ちが良い。物語はロンドンの商人のもとへカナダの商人が花嫁手形を持って調達にくる。そう、縁談を商談とする父と新大陸の商人とはとんでもない人たちだ。しかし、同時代の産業革命とはこんな形で始まったのかもしれない。かわいいファニーの抵抗が何ともいじらしい、彼女は恋人と機転のきく使用人の助けを借り見事、カナダ商人は追い返す。もっとも手形を不履行にせず、孫という利子までロンドンの商人に残して新大陸に帰えるカナダ人は大時代の人。やはり、時代はこんな風に進みたいものだ。

「なりゆき泥棒」もまたプリマドンナの計らいが功を奏す二組の求婚オペラ。喜劇は嵐を避け小さな小屋に雨宿りした二組の旅人が鞄を取り違えたことから始まる。一組はパルメニーオ(ドン・ジョヴァンニ)とマルティーニ(レポレロ)という主従。そしてもう一組はナポリに住まう許嫁を迎えに行くアルベルト(アルマヴィーヴァ)伯爵。ナポリのベレニーチェは侍女エルネスティーナと役を取り換えて伯爵を迎える。しかし、どちらが本物の伯爵か。鞄の取り違えと役の取り換えが交錯し、ベレニーチェの毅然たるアリアがなりゆきを解決する。そう、このオペラもまた手形と同様、リズミカルな五重唱とプリマドンナのシェーナ・カヴァティーナ・シェーナ・カバレッタが会場の聴衆を沸かし幕を閉じる。

2015年2月5日木曜日

「語る建築」から「会話する建築」の時代へ

ニューヨークのワン・ タイムズ・スクエア・ビルが全面巨大電光掲示板に覆われたのが1996年。その30年前、ちょうどビートルズの「イエローサブマリン」がイギリスのリヴァプールから東京にやってきた頃、ロンドン・エクスプレスは気球に運ばれるビルボードと共に田園を旅する「インスタント・シティ」を特集した。
そして去年の11月、都市の建物が多方向コミュニケーション・ツールに変わっていく状況をa+u530がリポートしている。
建物が情報メディアであることは古代エジプト以来の建築史の常識。その変容は建築術、印刷術、電脳術として読み取れると書いたのはボクのCOMMEDIAkindle版「音楽と建築」。しかし、この特集号はもはや建物は都市サイボーグを形成しつつあると書いている。「建築家にはパフォーマティブな不可視な要素を通じて、意味を自在に表現し、演出する能力が求められる。」と書かれると、ただただオイ!オイ!と思ってしまう。
18世紀の「語る建築」やポスト・モダニズムの「建築言語」を遠にやり過ごし、いまや「語る建築から会話する建築の時代」になったことは事実だろう。