2017年7月14日金曜日

日生劇場の「オペラ・ノルマ」

日生劇場のオープニング(1963年10月)はベルリンオペラ・フィデリオだった。
客席から見上げると、天井は深い海の底から仰ぎ見る水面のよう。
太陽のひかりが差し込み、さざなみに揺れ、キラキラと輝いている。
初めて聴くベルリンの音楽と歌はどこまでも力強く、美しく、そこは水底か天上界での響き。
想像したこともない、架空いや虚構の世界に入り込んでしまった、という遠い思い出。
オペラと劇場はその日初めて知る、全くの異種の世界。
高校時代の日生劇場とフィデリオは、そんな劇場体験を残していた。
そして50年、その日からボクのオペラと建築がはじまり、今がある。

久し振りの日生劇場はオペラ・ノルマ。
まさか、東京でノルマの上演?
この3月、偶々、通りかかった日生劇場のピロティで見たボードはデヴイーアが歌うノルマ。
驚き、半信半疑、窓口で確かめると、マリエッラ・デヴイーアが7月の始め、この劇場でノルマを歌う。
東京でノルマを聴くなんて有り得ない。
ノルマを歌えるのは、いま世界で何人だろう。
YouTubeにはカラスのCasta divaはあるが、さすがに映像はない。
1974年、オランジュの古代ローマ劇場での伝説的公演はモンセラート・カバリエ。
その後、カラスやカバリエに並ぶ、「清らかな女神」のクリップは残念ながら見当たらない。
そしてこの日、あのデヴイーアがここ日比谷でノルマを歌う。

客席は2階の4列、全舞台が見渡せ、グラスも要らない。
1300席余りの日生劇場は日本で最も贅沢、最高のオペラ劇場と言って良い。
(オペラ・パレス=1800、サントリーホール=2000、東京文化会館=3000)
オペラは定時の午後2時、東京フィルを指揮するフランチェスコ・ランツィッロッタがオーケストラ・ピットに登場、真っ暗の場内に序曲が響き始まった。

舞台は粟国淳の演出によるドルイドの聖なる森の中のイルミンスルの大樹、そこはまるで円形の木造壁に囲まれた古代神殿の趣。
物語はこの地に駐屯するローマの将軍ポリオーネとイルミンスルの神託を聴く巫女、神官の娘であるノルマとの恋。
いやすでに、ポリオーネの恋人は若き見習い巫女、アダルジーザに移っていた。
ノルマはポリオーネとの間に二人の子どもまでもうけていたが、まだ何も知らない。
そして、駐屯するローマ軍の悪行に復讐しようとする父神官とガリア人の合唱。
やがて、ノルマが登場。
彼女はお猛る合唱を押さえ、イルミンスルの神託は、「戦ってはいけない、やがてローマは自ら滅ぶから」と歌い、「清らかな女神=Casta Dive」のアリアへと続く。

筋書きはもういいだろう。
デヴィーアは決して大柄なソプラノではないが、美しく力のある歌声を聖なる森に響かせる。
ポリオーネを歌う笛田博昭は素晴らしかった。
彼の力強いバリトンはオランジュのヴィッカーズに劣らず、終始朗々と響き渡る。
そして、このオペラの聴かせどころは二幕と三幕のアダルジーザとの二重唱。
メゾ・ソプラノを歌うラウラ・ポルヴェレッリは初めてだが、彼女もまたシエナ出身のイタリア人。
その声の柔らかさと大らかさは、インペリア出身のデヴィーアとすっかり馴染み、イタリア・ベルカントの素晴らしさを存分に響かせていた。

ベリーニのこのオペラ、やはりテーマは女性。
神託の巫女であり、母であり、禁断の恋をも辞さない、そして掟の定めに身を捧ぐノルマ。
女性の持つ、清らかさ、美しさ、母性愛、友情、そして恋。
オペラ大流行の19世紀に、ベリーニは何処までも美しい女性を追い続けたのではなかろうか。
それは男にとっては、憧れであれ、未触の世界、この劇場が表現する虚構世界に通底している。

PS.

『フィデリオ』
カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
クリスタ・ルートヴィヒ
ジェームズ・キング、ヨゼフ・グラインドル
グスタフ・ナイトリンガー

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