2017年7月30日日曜日

都市革命

「特別の空間」とは、あるがままの自然空間の中に人間が生み出した建築空間、人間により構築された想像的世界だ。その始まりは「大地からの飛翔」、広大な荒野に水平な床を設え、垂直な柱を建て、時に天との間に覆いをかけることだった。そこは日常世界を生きる住処とは異なり共に生きる人間のための世界。物理的生存の場というより、別種の人間的世界として作られた。

「都市」の始まりもまた自然との決別にあった。都市建設を支えるものは、集団による効率化にあるのではなく、人間的世界を確保することにある。文明化された人間の象徴として彼らは複雑で入り組んだ構築物による都市を持つことで、日常的な自然とは一線を画したハレの場を確保した。
都市は非日常のハレの場、祭祀が中心となる祝祭空間から始まっている。祝祭はテンポラリーだが神と交流する場。日本での祝祭は神が降臨する場をヒモロギと称し、取り壊し可能の一時的装置によって「特別の空間」を創出している。しかし、ヨーロッパでは恒久的な「建築」を作ることによって、祝祭空間を「都市」として変容していく。

新石器革命、それは人間と自然との基本的な関係の変化を意味する。生活が狩猟のみではなく、定地的な食料生産へと移行していく時、人間的世界の境界を明確に設置し、モニュメントも築き、エンクロージャーを生み出していく。エンクロージャーとしての村落は食料生産を活発化し、交易という組織的合理化や潅漑という技術的効率化を生み、多くの余剰を生みだす役割を果たしてきた。
しかし、それが都市のすべてであるなら都市革命は存在せず、新石器革命のみが洗練され、村落は活発化するが都市は必要とされなかったであろう。人間として生きることを自覚した人間が最も必要としたもの、それは生き抜くための食料ではなく、共に生きる人間だったのだ。

都市革命の本質は「都市」を村落から切り離し、「人間と人間の関係」を意識的に生み出すことにある。共に生きる人間にとって、社交あるいはコミュニケーションの場は不可欠だ。建築と都市は文明が実体化したカタチに他ならない。つまり、自然空間であるあるがままの世界にカタチとして実体化された想像的世界。それは箱でもモノでもなく、情報あるいは言葉のような世界。建築と都市は「人間が人間として生きる世界」というメッセージの形象化にほかならない。

rif:「都市の文化」ルイス・マンフォード・鹿島出版会
都市を村落から分別させるものは何か、あるいは村落の消極的な農業体制を、都市の積極的な制度に変えた原因は何か。
人口規模や経済資源の拡大ばかりでなく、もっと動的な原因は人間どうしのコミュニケションや交歓拡大への要求である狩りから農業への変化による人口増加が都市化を促し、通商路の拡大と職業の多様化がそれを助長した。しかしその要因は経済的視点にのみ求めるべきではない。都市は何よりも集団的人間の生活の現れであり、合目的的な社会的複合体なのだから。

2017年7月28日金曜日

建築は「特別の空間」

人間の歴史は段階的ではあるが、自然から人間をいかに開放するかの闘いであったと考えられる。
人間は自然の脅威から身を守るだけでなく、動物とは異なる「人間としての生き方」も意識していたからだ。
自然と共にある人間が、自然そして動物との訣別を決意し、人間が人間として生きる「特別の空間」を必要とした。
そしてそのとき建築は始まった。

建築とは自然空間のなかに作り出された「特別の空間」を意味している。
その空間を人々が体験するとき、空間は想像力によって読み取られる、メタフジカルな空間だ。
「特別の空間」は個々人のものではなく共同体が必要とする集団的なもの。
建築とは共同体の誰もが体験する、現実世界に作られた虚構的、想像的世界なのだ。

建築の始まりはいつだろうか。「特別の空間」の必要が文明の始まり。
人々は生きるべき現実の世界とは別種に、人間として生きられる安定したコスモス、「あるはずの世界」を想像した。
建築によって生み出されたコスモスのなかで、人間は自然を神に置き換え、自らの生き方を模索した。

やがて人間は神による支配がなくても「人間が人間として生きるべき世界」を「あるべき世界」として構築している。
人間中心主義といわれるルネサンス期、人々はキリスト教とは距離を取り、新たなコスモスを建築化し、「特別の空間」を生み出してきた。

18世紀、人間は新しい哲学に支えられた科学文明により、自然が持つ現実的な脅威だけでなく、そこにある神的な力をも排除し、自然との分離を完成させた。
しかし、この段階になるともはや、人間は「特別な空間」としての建築を必要とすることなく、建築は想像的世界という役割を失っていく。

現在の我々は、人間は自然と一体であったことを痛烈に意識させられている。
自然との分離に成功はしたが「人間が人間として生きるべき世界」を見失い、その機械的環境の殺伐さに圧倒させられているからだ。

建築はもはや「あるはずの世界」でも「あるべき世界」でもない。
我々の建築的世界はメタフジカルな想像的世界とは決別し、現実的世界と一体化した「あるがままの世界」として立ち現われている。

rif:「感性の覚醒」中村雄二郎・岩波書店p108

現在われわれ人間は、自分たちが自然の一部であったことを、あらためて痛切に感じさせられてきている。この痛切さは一度自然から離れてしまったことによるものである。・・・・
すべてが自然であり人間がそのなかに包まれていたとき、人間が人間として明確に自覚されなかったように、自然は自然として人間から区別してとらえられることも、対象化してとらえられることもなかったのであった。・・・・
文明の発達は人間を自然の脅威から次第に解き放って行くとともに、人間を自然から引き離すことになった。そのような自然からの人間の解放は多くの段階を経て行われたが、もっとも決定的な段階を劃したのはやはり近代科学文明の成立であろう。

2017年7月26日水曜日

モダン・デザインの展開 ニコラウス・ペヴスナー

ヘーゲルの歴史主義あるいは弁証法的発展主義を下支えとしてきたモダニズムはミレニアルの建築をみる限り完全に破綻してしまったようだ。

そして、今、19世紀の建築家、著述家が再び注目されている。

記憶、出来事にオブセッションするロッシの建築からベンヤミンのパサージュ論が広く読まれているが、ベンヤミンはフロイトの精神分析やその後のシュールレアリスムとの関わりが強く、近代の理解には欠かせないのだろうが、ここからは前へは進めない。

しかし、建築もまた想像力が生み出す世界なら、今一度、世紀末に立ち戻ることは意味があろうと思い、ここのところ古い本の書棚を漁っている。

そして、引っ張り出したのは、ギーディオンでもバーンハムでもなくペヴスナーだった。

彼の二冊を読みながら実感したことは、建築は思想史にも美術史にも関わらない、建築の有り様にある、ということだ。

そして、彼が感情の魔術師と呼んだラスキンの言葉を載せていた。

建築の質は人間の質を示すもの、「おろかな者はおろかに、かしこい者は感受性豊かに、高潔な者は美しく、そして罪ぶかい者はいやしく、建てる。」

建築とは建物のうえに刻み込まれた「それ以外には何の必要もない、ある種の尊厳あるいは美の性格なのだ」

「われわれが建築とよぶものは、高貴なかたちをしたそれらを伴い、それらを適切な場所に配したものだけなのだ。高貴な芸術の力をもたないすべての建築は・・・単なる建物にすぎない。」

ペヴスナーは「ラスキンとヴィオレ・ル・デュク」の締めのページに書いている。
「19世紀絵画においては、進歩派と伝統派、受け入れらざる者と受け入れられた者との間に断絶があったことはよく知られている。けれど建築においては進歩派や新派はなかった。というのも、受け入れらざる建築というのは、存在しようがないからだ。・・・・・建築家は依頼主を持たなかったら、建築は存在しない。」
当然の事柄だが、ここに関わるペヴスナーもまた、建築は、美術とは全く別事とは考えられなかった。つまり、近代建築は決して、貴族的なルネサンス建築から離れることはなかったのだ。
やはり再び、アルベルティに戻る必要がある。
彼は同時代のマキャベリに似て、全く別種の建築を模索していたのだから。

2017年7月25日火曜日

プラハの墓地 ウンベルト・エーコ


偽文書づくりのシモニーニ(ユダヤ人嫌いの偽造遺言書公証人)とダッラ・ピッコラ神父(イエズス会)は同一人物なのか別人なのか。 
偽書と陰謀は歴史的事実の中に周到に紛れ混み、物語全体は巧みに重層化・多層化された19世紀を舞台にした壮大なサスペンス。
 かってル・カレのエスピオナージに膨大な読書時間を占領されたが、エーコはそれを凌駕する、画期的な知的エンターテイメントを描いてくれた。 
著者であるウンベルト・エーコはこの物語を2010年に発表している。  

ヴィクトル・ユーゴもジュリエット・ラメッシーヌ(後のアダン夫人)のサロンに登場する。
 もう高齢の彼は古代ローマ風の白衣を身にまとい、今や自分自身の記念碑と化している。 
19世紀末が現代の始まりとするならば、それはユダヤ人・フリーメイスン・イエズス会のおぞまし陰謀合戦により生み出されたと言えるようだ。 

本書でエーコが挑んだのは、いかにフィクションが危険なものとして在ったのかをフィクションの形式で書くという試みでもあった。 
それはあるはずのものだから、もしこの世に存在しないのであれば、あるようにしなければならない。 
そうした理念によって修正される歴史、そして成立してしまった偽の歴史を否定することの困難さを、まざまざと読者に見せつけてくれる。 

プラハのラビたちは、人文主義、フランス革命、アメリカ独立戦争が、キリスト教原理と諸国王の尊厳を損ない、ユダヤ人の世界征服を準備したことを指摘した。 
もちろんその計画実現のために、ユダヤ人は立派な看板すなわちフリーメイソンを作り上げなければならなかった。しかし!

あるがままの世界にあって、あるはずの世界を視覚化しなければならない近現代の建築家、その苦難は歴史的発展主義の中に消滅していく。

2017年7月23日日曜日

ユーパリノス=建築はだまり、語り、歌う



「建築はだまり、語り、歌う」はヴァレリーの「ユーパリノス」に書かれている言葉です。冥府にいるソクラテスはパイドロスとの対話の中で建築家ユーパリノスのつぎの言葉を聞き、「再び生きるなら建築家として生きたかった」と語っている。
「私の神殿は愛する対象が人を動かすように人を動かさねばならない」。
「町のむらがる建物の中で、あるものは黙し、あるものは語り、あるものは歌うということに気づきはしなかったか?」
「精神と肉体が見事に調和したときには、単に作品が出来上がるだけではなく私自身の建築が出来上がる」。
感覚的世界、形や外界という物質的世界、あるいは地上的美の世界を必要としなかったソクラテスにとってユーパリノスの言葉は大いなる驚きだった。
そこにはソクラテス自身が果たせなかった「観念と行為の応答」を成し得た人がいたからである。
「歌う建築」はヴァレリーが冥府にいる哲学者ソクラテスに生前成すべきことを、「ユーパリノス」を通じて伝えた。
そして、ソクラテスは言う「アンチ・ソクラテス、私の中には、周囲の事情からとうものにならなかった一人の建築家がいたのだ」と。

講義録をまとめるに当たっては「ユーパリノス」のこの言葉を表題にしたいと考えていた。誇大妄想、アナクロニックな試みではあるが、「建築の中の意味の世界」の散策、「建築を科学や芸術とは異なる視点からの面白さ」として講義してみたいと考えていたからだ。
優れた建築は、見る人に感覚的喜びだけではなく、想像的な楽しみを与えてくれる。
建築家の生み出す形態は動的役割や美しさを表現するばかりか、形態に付された表象は建築の体験者に、物語の世界に入り込むような楽しさを与えてくれる。

建築に物語のような意味を与えることはヨーロッパでは当たり前のことだった。
しかし、現在では建築は黙して語らない。
ヴァレリーが「ユーパリノス」を書いたのは1921年、第一次世界大戦直後のこと。
それはまさに西欧の精神の崩壊の時、建築は歌うどころか、科学と芸術の乖離のなか、建築はその集団的意味を失い、一言も発することがなくなった。
ヴァレリーは「ユーパリノス」を大図録「建築」の序文として書いている。
彼は「建築的調和は音楽的調和、建築は精神と肉体の調和から生み出されるもの」とみなし「建築はだまり、語り、歌う」と書いたのだ。

2017年7月21日金曜日

ロマン主義時代の音楽と建築


「ドラマとしてのオペラ」の中でカーマンは重要な指摘をしている。
 「オペラブッファが持つ音楽の連続性が劇的音楽の道を開いた。」
 18世紀の器楽曲が展開したソナタ形式を支えたのは調性だ。 
バロックの説明的展開に対し調性は機能的な展開を切り開き、葛藤・経過・興奮、絶え間ない変化を可能にしている。
 結果、器楽音楽はブッファを発展させ劇的連続性を生み出していく、とカーマンは考えている。 

18世紀まで、形式性の展開においては似たような方法をとってきた音楽と建築がその後、決定的に異なるのはこの連続性にあると考えられる。 
宗教曲からルネサンスそしてバロックへ、音楽は歌曲であり、オペラ誕生以降、その世界は音による絵画世界(視覚世界)だ。
従って、音楽と建築はその表現方法には大きな違いがない。
ロマン派以降、音楽はソナタ形式で調えられた、時間的に連続する器楽世界。
視覚的形式のみで展開せざるを得ない建築は不連続な行間をどう繋ぐかが問題となる。 
しかし、その方法が仮に機能主義・有用主義という倫理だけであったとするなら、近代建築は「失敗したロマン主義」ということになる。

 近代建築を批判し言語論を応用した建築もこの行間を繋ぐ方法とはならずポストモダニズム以降姿を消した。 しかし、まだ方法はあるはずだ。
ロースはラウムプラン、ロッシは記憶・連想をその糸口とし、シザは?スティーブンホールは? 建築のロマン主義を検討する意味 がここにある。 hiroyuki kato/iPhone

2017年7月14日金曜日

日生劇場の「オペラ・ノルマ」

日生劇場のオープニング(1963年10月)はベルリンオペラ・フィデリオだった。
客席から見上げると、天井は深い海の底から仰ぎ見る水面のよう。
太陽のひかりが差し込み、さざなみに揺れ、キラキラと輝いている。
初めて聴くベルリンの音楽と歌はどこまでも力強く、美しく、そこは水底か天上界での響き。
想像したこともない、架空いや虚構の世界に入り込んでしまった、という遠い思い出。
オペラと劇場はその日初めて知る、全くの異種の世界。
高校時代の日生劇場とフィデリオは、そんな劇場体験を残していた。
そして50年、その日からボクのオペラと建築がはじまり、今がある。

久し振りの日生劇場はオペラ・ノルマ。
まさか、東京でノルマの上演?
この3月、偶々、通りかかった日生劇場のピロティで見たボードはデヴイーアが歌うノルマ。
驚き、半信半疑、窓口で確かめると、マリエッラ・デヴイーアが7月の始め、この劇場でノルマを歌う。
東京でノルマを聴くなんて有り得ない。
ノルマを歌えるのは、いま世界で何人だろう。
YouTubeにはカラスのCasta divaはあるが、さすがに映像はない。
1974年、オランジュの古代ローマ劇場での伝説的公演はモンセラート・カバリエ。
その後、カラスやカバリエに並ぶ、「清らかな女神」のクリップは残念ながら見当たらない。
そしてこの日、あのデヴイーアがここ日比谷でノルマを歌う。

客席は2階の4列、全舞台が見渡せ、グラスも要らない。
1300席余りの日生劇場は日本で最も贅沢、最高のオペラ劇場と言って良い。
(オペラ・パレス=1800、サントリーホール=2000、東京文化会館=3000)
オペラは定時の午後2時、東京フィルを指揮するフランチェスコ・ランツィッロッタがオーケストラ・ピットに登場、真っ暗の場内に序曲が響き始まった。

舞台は粟国淳の演出によるドルイドの聖なる森の中のイルミンスルの大樹、そこはまるで円形の木造壁に囲まれた古代神殿の趣。
物語はこの地に駐屯するローマの将軍ポリオーネとイルミンスルの神託を聴く巫女、神官の娘であるノルマとの恋。
いやすでに、ポリオーネの恋人は若き見習い巫女、アダルジーザに移っていた。
ノルマはポリオーネとの間に二人の子どもまでもうけていたが、まだ何も知らない。
そして、駐屯するローマ軍の悪行に復讐しようとする父神官とガリア人の合唱。
やがて、ノルマが登場。
彼女はお猛る合唱を押さえ、イルミンスルの神託は、「戦ってはいけない、やがてローマは自ら滅ぶから」と歌い、「清らかな女神=Casta Dive」のアリアへと続く。

筋書きはもういいだろう。
デヴィーアは決して大柄なソプラノではないが、美しく力のある歌声を聖なる森に響かせる。
ポリオーネを歌う笛田博昭は素晴らしかった。
彼の力強いバリトンはオランジュのヴィッカーズに劣らず、終始朗々と響き渡る。
そして、このオペラの聴かせどころは二幕と三幕のアダルジーザとの二重唱。
メゾ・ソプラノを歌うラウラ・ポルヴェレッリは初めてだが、彼女もまたシエナ出身のイタリア人。
その声の柔らかさと大らかさは、インペリア出身のデヴィーアとすっかり馴染み、イタリア・ベルカントの素晴らしさを存分に響かせていた。

ベリーニのこのオペラ、やはりテーマは女性。
神託の巫女であり、母であり、禁断の恋をも辞さない、そして掟の定めに身を捧ぐノルマ。
女性の持つ、清らかさ、美しさ、母性愛、友情、そして恋。
オペラ大流行の19世紀に、ベリーニは何処までも美しい女性を追い続けたのではなかろうか。
それは男にとっては、憧れであれ、未触の世界、この劇場が表現する虚構世界に通底している。

PS.

『フィデリオ』
カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
クリスタ・ルートヴィヒ
ジェームズ・キング、ヨゼフ・グラインドル
グスタフ・ナイトリンガー

2017年7月6日木曜日

フーコーの振り子 ウンベルト・エーコ

陰謀(猟奇魔)に捕らわれることなく、カバラ(神秘主義)世界の歴史書を完成させようとするのはミラノ・ガラモン社の三人、ベルボ、ディオレッタレーヴィ、ガゾボン。
テンプル騎士団の研究者ガゾボンが語る物語は、編集部長ベルボがワードプロセッサ、アブラフィアに記録した多時間・多空間的世界と交錯し、多彩な想像的世界として展開される。

物語の始まりと終わりは、パリの国立工芸院(サン・マルタン・デ・シャン修道院)のフーコーの振り子にあるのだが、その全体は虚構を真実とし、真実を虚構化する壮大なミステリーと言って良いだろう。
テンプル騎士団、薔薇十字、フリーメーソン、聖杯伝説、ドルイド教、ケルト神話、さらに旧約聖書からキリスト教、ユダヤ教、イスラム教とヨーロッパのすべての精神世界が舞台となりミステリーは謎に謎が重なり迷宮へと入り込む。

唯心論が否定され、全ての思考あるいは想像を理性的唯物論にのみ帰結させなければならない近代にあっては、神話やオカルトはもはや感情の表出、ファンタジックなエンターテイメントとしてしか見なされていない。
しかし、近代社会の脆弱性、歴史認識の薄氷性が気になり始めたポストモダンの現代にあって、ヨーロッパの知性はかっての、あるいは別角度からの人間の思考・想像世界に大きく目を開こうとしている。

日常、全く触れることのないカバラ世界、前回は読み通す事が出来なかったが、今回はヨーロッパ最大の知性と言われるエーコが残してくれた、近現代への貴重な批評の書として読み続けせていただいた。