2017年3月9日木曜日

ありふれた現実に魔法をかける

路上パフォーマンスはギリシャ以来、人間の表現活動の一端だろう、しかし、評価されるか否かには、作品の仕上がり状況、様々な議論、時代感覚が介入してくる。
マネが物議をかもしたフランス第三共和時代のパリにもグラフィティは登場した。美がモラルと一体であったモダニズム初期、物議は美術館内では起こっても路上では許されなかった。しかし、そんな時代であっても、パリにはストリート・アートは登場した。1930年代のシュールレアリストからアメリカのポップ・アートへ。その30年後の五月革命、70年代はポンピドー・センターやルーブル美術館工事中の囲い壁、そして1989年の崩壊までのベルリンの壁は全て重要な場所となっていた。

60年代後半、ポスト・モダニズムと言われる時代になると、ストリートという政治空間は誰にとってもアクセス可能なメディア媒体となって行く。しかし、美術館のような、見る見られる関係が定かでない都市空間において、アートと市民の関係はいかなる方法によって築かれるのであろうか。芸術表現の役割が社会批評から離れ、所有者や権力者のプロパガンダで終わるなら、現代芸術は広告の中にしかその居場所を見つけることができない。さらに、美術館における作品が「フレームは絵画を支配する”淫売宿の主人」(エドガー・ドガ)と見なされたり、単なるキューレションの道具として片づけられてしまうなら、作品化される状況すべてを作品として支配したい画家の心情は当然のことと理解できるのではないだろうか。

フィリップ・パト・セレリエ「その場にふさわしい作品を作るのではなく、状況そのものを作る。・・・ストリート・アートは肌の上にじかに着る服のように、街がアートを身にまとう。」と言っている。さらに、グラフィティが現在、一定の評価を得られるようになったと報告し、「パリにおけるグラフィティが一定の評価を与えられたことから、セーヌ=サン=ドニでガイド付きツアーも企画された。ストリート・アーティストは認知されたことから、抗議意志を放棄することもあったという。しかし、作品が商品に回収されることだけは拒み続けている。」と記している。

現代の都市空間は建築物を含め今やアドバタイジング空間、仮にストリート・アーティストがフラットな広告都市を超えるパフォーマンスを発揮するのであれば、大いに期待して良いのではないだろうか。


抵抗と服従のストリート・アート


「ありふれた現実に魔法をかける」

フィリップ・パト・セレリエ(Philippe Pataud Célérier)


http://www.diplo.jp/articles16/1609-1lartderue.html

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