2017年2月10日金曜日

ブルックリン・フォリーズ ポール・オースター

「ブルックリン愚行(フォリーズ)」をタイトルとする、この小説のオースターの真意は「アメリカの愚行の書」ではないだろうか、そんな印象を持った読後感。ガンを煩い退職し小康を得てブルックリンに移住、マンハッタンの損害生命保険会社の社員であったネイサン・グラスは「人間の愚行の書」を書こうと思い立つ。60歳近くなり、犯してきた失態、ヘマ、恥、愚挙、粗相、ドジをシンプルな言葉で綴ろうとする、なんとも悲劇的な決意。そんな始まりを持つこの物語はどうやら2001年9月11日のWTCの崩落が大きな背景と読めてくる。アメリカでのこの書の出版は2006年、事件から5年後のことだ。オースターは幻影の書、オラクル・ナイトに引き続いてこの書を執筆している。

ここまで、書き進んで思い出した、病み上がり、ブルックリンに住み、散歩の途中、文房具店で青いノートを購入、ノートにオラクル・ナイト(神託の夜)を書き始めるのが前作の「オラクル・ナイト」。今回もまた同じようにブルックリン散歩から始まるが、違うのは立ち寄ったのは屋根裏部屋と称する古本屋なのだ。そこで出くわすのが、ネイサンの甥のトム。物語はこのトムを中心に展開されるが、ブルックリン・フォリーズはあくまでもブルックリンの街とそこに住まう人々が主役だろう。この物語の街の人々は、この物語が終わった直後、イーストリバー対岸のロワーマンハッタンでのビルの崩落をどんな思いで眺めたのであろうか。そして読後、勝手に得心した。オースターの書く愚行のブルックリンはアメリカそのもののことなのだと。

ブッシュがゴアに勝ったのは2000年の大統領選。彼の当選でアメリカが失ったものはすこぶる大きい。その40年前のケネディ暗殺から始まるアメリカの愚行、それは戦後のアメリカを支配してきたニューディール連合の亀裂による南部白人層の衰退。その後、ニクソン、カーターと左右に揺れるが、レーガンの80年代以降の社会問題への対処はすべて新自由主義による市場ベースが常識となる。その後の民主党の大統領クリントンは、天安門の不問を続ける中国を最恵国対偶から外し牽制するが、そこからの人とモノの流れを妨げるものはなにもなくアメリカの沈滞は進行する。そして、ブッシュだ。彼の責任とは言わないが、生まれたのはテロと難民、グローバリズムは新たな生き甲斐を生み出すことなく、ポピュリズムの波を高めていくのみとなる。2016年はトランプが勝ったのではない、クリントンが負けだのだ。そんな話しをよくネットで読む。オバマは様々に健闘したが、北部白人層の衰退に見舞われ、アメリカ経済の現状維持にのみ汲々となりチェンジが叶わず退陣した。そしてトランプ、クリントンにはメッセージらしいメッセージがどこにも無く、彼女は敗れるべくして敗れた。この先、アメリカは世界はどこへ向かうか、オースターの書くフォリーズは、今後も留まるところは無いのかもしれない。

歴史的なブルックリンの建築であるブラウンストーン造りのアパートメントを住処としたネイサン・グラス、彼はプロスペクト公園に近いファーストストリートに住むことになる。かってネイサンが住んだ60年代後半のブルックリンのこの界隈はまだ生き延びるに必死の移民やブルーカラーの家族が住む、むさ苦しいくたびれた町だった。しかし、今は、「ブルックリンに落ち着くという選択に完全に満足しているのだ。長年郊外で暮らしたものの、都会暮らしが性に合っていることを感じるし、近所にも愛着が湧いてきた。白、茶、黒のまざりあいが刻々変化し、外国訛りが何層ものコーラスを奏で、子供たちがいて、木々があって、懸命に働く中流階級の家庭があって、レズビアンのカップルがいて、韓国系の食料品店があって、白い衣に身を包んだ長いあごひげのインド人聖者が道ですれ違うたび一礼してくれて、小人がいて障害者がいて、老いた年金受給者がゆっくり歩いていて、教会の鐘が鳴って犬が一万匹いて、孤独で家のないくず拾い人たちがショッピングカートを押して並木道を歩き空壜を探してゴミ箱を漁っている街。」(p190)

7番街の古本屋で偶然出くわしたトム。トムの雇い主である本屋の店主は同性愛者のハリー、同じ通りの馴染みの昼食の店はコズミック・ダイナー、そこにはネイサンのお気に入り、素敵なプエルトリコ系の娘マリーナがいる。トムはネイサンの妹の息子、コーネル大学で博士論文までチャレンジしたが、挫折し行方知らずとなり、タクシードライバーとなり糊口しのいでいた。トムを拾った同性愛者ハリーは様々な幸運と不運に見舞われるが、審美眼も商才もある優しい人間。キャロル・ストリートのブラッド・ストーン造りの家に住まうナンシー・マズッケリー。彼女はトム同世代であり、彼の憧れのブルックリンの女王、しかし、彼は北部バーモントに住まう教師のハニーと結婚する。変わりにうまくやるのがネイサン・グラス。彼はハニーの母と老いらくの恋を実らせ、ファースト・ストリートとキャロル・ストリートのブラッド・ストーン造りの家を行ったり来たりする事になる。
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ちょっと、書きすぎだ、切りがない。次のポール・オースターを楽しみに、おやすみなさい。
20170208 at Ichigaya

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