2016年8月27日土曜日

ミケランジェロ展

ミケランジェロ建築を中心とした展覧会。
サン・ロレンツォ聖堂のファサードや新聖具室、ラウレンツィアーナ図書館、ファルネーゼ宮殿とサン・ピエトロ大聖堂、さらにサン・ジョヴァンニ・ディ・フィオレンティーナ聖堂案、ポルタ・ピア等々。ミケランジェロの時代の多くの建築家たちを支えていたのはローマ時代のヴィトルヴィウス建築十書。しかし、絵画・彫刻の制作で忙しいミケランジェロには、この書を読む時間はほとんどなかったと言われている。そのことがかえって良かったのではないだろうか、彼のテーマはギリシャの人文主義による観念ではなく、感情に訴える聖母マリアによる救済。結果から見ると、建築作品は当時の枠組みには捕らわれない自由なロマン主義的な構成と言って良い。

美術家であるミケランジェロの関心は建築ではなく、装飾にあった。数多く残された建築の為のスケッチはそのその悉くが建築装飾としてのかたちの模索かそのディテール図集。絵画や彫刻と同じ様に、ミケランジェロのスケッチでは建築というより、その柱や窓、ペディメントや持ち送りのかたちが入念に素描されている。つまり、彼の関心は現在の建築に似て、建築がどんな世界を生み出すかではなく、その建築はどう見えるかにあった。

建築はいつの時代でも、土台、柱、壁、屋根、開口部という構造的エレメントが生み出す世界、それは物語でもあるのだが、彼の建築は本来の力学にも関わらない、見掛けの柱、装飾の為の壁、視覚に驚きと変化を生み出す特徴を持った窓や持ち送りを生み出している。16世紀半ばのローマ拷略以来、絵画も建築も最早、秩序やメッセージを重んじるルネサンスではなく、個人の感情に関わるマニエリスムの時代へと向かっている。そこでの作品は理念に支えられる人間世界とは異なり、現代に近い、個人的感情世界に関わっている。
従って、ミケランジェロの建築は彼の絵画・彫刻と同様に時代を先取りしていたといえるようだ。しかし、黄昏のルネサンスと言われるこの時代、多くの建築家はまだ柱、壁、屋根という構築的要素を言語として、いかなる世界を生み出すかに拘っていたことにも留意しなければならない。その 一人は遅れて登場したヴィチェンツァのルネサンス人、パッラーディオだ。

ミケランジェロの建築に、当初日本では白樺派の芸術家たちが多くの関心を払っていたことはとても興味深い。何故なら戦前戦後、日本では建築は建設技術と美術建築、二様に分離され取り入れられ研究されてきたからだ。ミケランジェロの建築は西洋のロマン主義、その美術、文学、音楽とともに称揚されてきたのであって、技術としての建築ではない。

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