2016年5月3日火曜日

都市とインテリア

最近の都市と建築、そのデザインはどこかイタリア・バロックに似て、外部空間の内部化、いや、内部空間の外部化ではないだろうか。

チェーン店が連続する商店街は最近ますますショッピングセンターのモールのような様相を呈ししつつある。その外部空間は色とりどりではあるが、どこの商店街もどことなく画一的な街路。その印象は駅のコンコースや大きなショッピングセンターのモールと変わらずインテリアデザイン化された街路なのだ。

都市を構成する新たな高層建築のデザインもまたしかり。様々なかたちで構成される建築は、デザインコンセプトが不明のまま、薄い石やガラスやパネルで被覆されるばかりでどことなく画一的。一方、単調なショッピングモールに時に、目立ちたがり屋のショップが奇抜なデザインで自己主張するように、新しさなどはどこにもなく、これが建築かと驚かされる奇抜な形態で一体感ある街路の雰囲気を乱している。

外部空間の内部化、内部空間の外部化は本来は手法の良し悪しではなく、方法の問題だ。キリスト教聖堂の内部空間である身廊はミケランジェロによりカンピドリオ広場のデザインコンセプトとなっている。この広場は内部空間が外部化され造られたもの。ベルニーニのサンビエトロ広場もまた屋根のない大聖堂の内陣として作られた。さらに、白と黒で塗り分けられた18世紀のノッリのローマ地図を見ると都市広場も街路も聖堂の内部空間もすべて白抜きで示される。バロック都市ローマは、建築を構成する壁や柱やアーチは内部と外部どちらも同じ形状でデザインされ、すべてが公共空間であることが示される。

最近の都市と建築のデザインは商業主義を勝ち抜くための差別化の手段。そこにはデザインの基盤となるテーマもコンセプトもあるのだろうが、商業主義と人間主義では方法が異なる。巨大モールや都市広場のインテリア化、あるいはインテリア空間の都市化・広場化の評価はまず、享受する我々がそのデザインのコンセプトが何であるかを読み取ることから始まる。デザイナーが何をかたり、何をメッセージしているか、そのコンセプトが示されないデザインは、仮に個人的には好みであったとしても評価の対象とはならない。

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