2016年1月22日金曜日

ヴィオレット

40年代のフランスの実在の女性作家の話し。私生児として生まれたヴィオレットは混乱の大戦の時代、作家である夫、モーリス・サックスと闇商売で生き抜く。戦後、夫と別れパリに出るが、なにもない彼女にとって、ただモノを書くことだけが、生きて行く全て。 初めての作品「窒息」は作品というより、たった一人、生きなければならない、若い女性の赤裸々な生活を綴ったもの。幸い、その作品はボーヴォワールに認められる。「第二の性」を執筆中のボーヴォワール、彼女のことは何も知らなかったヴィオレットだが、偶々、ブックショップで立ち読みし、書き上がったばかりの「窒息」を抱え、彼女のアパルトメントを押しかける。 若い女性が都市に生きること、いや、パリしか彼女には生きていく場所がなかったのだ。ジャン・ジュネやカミュ、コクトーやサルトル、更に有数なフランス文学の出版社であるガリマールや香水会社ゲランの社長ジャックが登場し一見、華やかな生活。しかし、彼女にあるのは大都会の片隅の粗末な部屋のベッドと机とランプと小さな窓。 映画ではこの小さな窓が象徴的。ヴィオレットの「窒息」を開くのはプロバンスの陽光溢れる大きな窓。パリの厚い石の壁の世界から、一気に抜け出すヴィオレットの世界。それは「あるがままの世界」しか生きる術を知らない我々現代人が、唯一見つけることが出来る「あるはずの世界」、芸術を知る赤裸々な体験なのだ。それこそ、ボーヴォワールが言う「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という瞬間なのかもしれない。

2016年1月17日日曜日

ブリッジ・オブ・スパイ

スパイ映画には違いないが、アクションはない。
サスペンスはあるが、それは地味な政治的交渉。
ベルリンの壁はもはや歴史の一編になりつつあるが、その壁の中には埋れさせたくない2人の人間の良心が潜んでいた。
フィクションではなく実話であったことで鑑賞は益々意義深いものになった。

2016年1月16日土曜日

もしも建物が話せたら

映画を観ながら学生時代の「建築を愛しなさい」を思い出していた。 イタリアの建築家ジオ・ポンティが書いた名著だ。 建築は決して視覚的遊戯の産物ではない。 それは風景や歴史、ライフスタイルやパフォーマンスとともにある多彩なアートであるということ。 今日の映画はそんな建築の世界を6人の映画監督がそれぞれ一つずつ、20世紀の建築をリポートしている。 特に面白かったのは「オスロ・オペラハウス」。 建築は単にオペラの為の場ではなく、歌手に、ダンサー、観客や劇場支配人、掃除人等々、オペラハウスに関わる様々な人々のパフォーマンスの舞台となっている。 映画を観る我々は街中の対岸から、湾岸に建つオペラハウスを真っ白な雪の中、夜空に輝く夢のような世界として体験する。 つまり映画監督マルグレート・オリンは、建築家スノベッタは「オスロの都市全体」を一つのオペラ劇場(世界劇場)としてデザインした、と語っているのだ。