2015年11月15日日曜日

わたしの名前は


ドラマとして何かがあるというわけではないが、 この映画には言葉ではなく、映画でしか表現できない世界がある。  
フランス中西部の港町からノルマンディーの北の港町へ、 巨大なコンテナを輸送する孤独なトラック運転手と、 失業中の父親に虐待され家出した少女の物語。 物語と言っても意味深い言葉はない。 
名前もない。 あるのは、 冷たい雨に輝く夜間街灯の眩しさや雨上がりの夜明けの暖かい日差し、 小鳥の声に包まれた草の上の昼食。  

均質で形のなくなった日常生活の中に、あらたな物語を生み出そうとするかのような演出。 
この映画の監督アニエス・トゥルブルはファッション・デザイナーのアニエスベー。 
彼女の映像から生まれるその想像世界は言葉のない物語。
 現代美術家ダグラス・ゴードンがトラックの運転手、イタリアのアントニオ・ネグリが真夜中の旅人を演じるこの映画は別種のコメントを内包するエッセー集と言えるのかもしれない。

2015年11月10日火曜日

ネトレプコの「イル・トロヴァトーレ」

 

 ベリーニ、プッチーニなどオペラの大半は悲劇。ヴェルディ好きにはオテロ、アイーダ、トラヴィアータ、リゴレット、シモン・ボッカネグラ等々切りがないが、今日は珍しくイル・トロヴァトーレを聴いた。メトのライビューイング東劇だ。 

吟遊詩人とルーナ伯爵に愛される15世紀はじめのスペインアラゴン王家の宮廷女官レオノーラの物語。
彼女は愛する詩人の命を救うべく身を捧げるが、その死も報われず詩人と共にこの世を去る。
 身も蓋もないあらすじだが、このオペラの楽しみは全編につらなる悲劇的でドラマチックな歌とオーケストラにある。
どの場面も気が抜けないアリアの連続。歌手の力量が劣っていたらとても聴いていられるものではない。 

アンナ・ネトレプコのレオノーラ、吟遊詩人であるマンリーコはヨンフン・リー。ネトレプコは今や最高のディーバ、幕間に息子と戯れる映像もファンサービスとしては楽しめた。
しかし、リーはくるしい、悪くはないが、堅いし声量も音高も一杯一杯だ。中国の美男子テナー、女性ファンには受けたかもしれない。 
圧巻はやはりドローラ・ザジックのアズチェーナ。メゾフェチは毎度のことだが、彼女のアムネリスとエーボリー公女役は既に何回かブログに書いた。そして今日のジプシーの老婆、彼女の息子への愛と苦しみ、こんな悲しみはオペラだけで沢山だ。