2015年9月15日火曜日

バビロンの流れのほとりにて 森有正


「閉鎖した建物の中に自己を開いていくことで共同体を深く発達させたヨーロッパの人々の建築体験。
その体験はいまや光に向かい外界に向かって開かれてはいるが、しかし自己閉鎖している。
自己をめぐりまつわる閉鎖と開放とが、ある秩序を持って関連しているところに不変のヨーロッパがある。」 
有正は「バビロンの流れのほとりにて」にこんなことを書いていた。

 建築批評を見いだせない苛立ち中の学生時代のノートだが、いま読んでみて、自己閉鎖した状況はいまだ変わらず、新たな秩序を見出すこともない建築は、もはや再発見は不可能かもしれない。

 「自己を開くには思想を支える感覚と経験そして生活が必要であり、充実した壁に硬く護られた厳しい生活の観念と結合しての思想が発達したヨーロッパにおいては、自己を本質的動点に維持することは花を愛玩することとは対蹠的である。」 

ロマネスクの教会の中に一輪の花を見つけたところで、彼らの建築が理解できるわけではない。
その壁の中の感覚、経験、生活を体験しなければ、建築(=思想)を見出すことは不可能なのだ。
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