2015年1月12日月曜日

思い出ある建築の有効利用と再生

昨年の4月、建築基準法第3条第1項の規定の運用について、国土省住宅局から助言があった。
専門的事柄は避けたいところだが、このブログの書き出しには重要なので触れてみる。
内容は文化財保護法に限定されていた歴史的建造物のみに許されていた建築基準法からの規定除外が文化財以外の建造物でも一定の手続きをとれば運用されるということだ。
この運用助言で、建築基準法でがんじがらめ、阻害されていた一般の古い建築物等の修復再生や有効利用が許された。
規定除外の拡大により、日本全国の文化財以外の歴史的建造物の保存再生利用、あるい既存建築を容易に壊すことなく、良い建築、思い出ある建築を使い続けることが可能となったのだ。
すでに、横浜市や神戸市は建築基準法の規定除外を活用し、積極的に歴史的建造物の有効利用を図ってきたが、昨年末の建築家協会での研究会はこの制度の運用についての討論。
使い続けるための諸制度、ストック社会におけるステークホルダーのありかた等、若手弁護士と建築家による研究会。
小さな会場をいっぱいにしての熱心な意見交換が時間を延長し積極的に行われた。
昭和は、東京あるいは日本の建設時代。
しかし、その時代はまたオリンピック時の首都高建設等の環境破壊や超高層、無謀なマンション建設という再開発が実施された都市破壊の時代でもあった。
東京に生まれ、東京に育ったボクにとっては、小中高大学という思い出ある学び舎をことごとく壊されたのもこの時代。
建築設計を生涯の仕事としながら、いつも不甲斐ない弁明と不満に終始ししてきたのが実情だった。
今日の話のポイントは今後の理念と人材育成、構造リスクと法的賠償責任にかかわる安全性をどう確保するか。
まずは同世代、次世代共々使い続けることの意味と価値その役割の確認が最重要だ。

昨日は東大で「街並み制度成立史研究会2014年活動報告会」。
またまた小さい会場は満席、歴史的景観や建造物に関し、現在、いかに関心が高いか、とてもよくわかる研究会。
会の趣旨は昭和50年代の文化財保護法の改正によって発足した伝統的建造物保存地区の制度と制度策定の経緯、用語の定義と理念に関わるその後の問題意識による討論。
この会もまた参加者は研究者、専門家が中心。
話は反省と理念構築に偏るが、共通して言えることはモノ(文化財)からコト(生活)、コミュニティと環境保全に専門家としてどう関わるか。
一般世論への情宣とマスコミ等媒体による情報の活性化にいかに関わるかが課題。
どちらも議論は研究者中心、終始抽象的だが参加者の半数は平成のジュネレーションでもあり頼もしい。
個人としては、可能な限り様々な街や建築を訪れ、今後もリポートし続けようと意を決し、会場を後にした。

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