2015年1月5日月曜日

自然権を「強い者」が侵す社会

年末年始のメディアは「イスラム国」で賑わっていた。 31日に読んだ竹下節子氏のブログでは「悪の慣性はフラクタルのように再生する」とある。 21世紀前半の最も厄介な問題はこのあたりだろうか。 年末にkindle版「ピルグリム」を読んでいて、彼女のブログに書かれた懸念との符合に驚いている。 この小説は9.11以降のテロリズム、イスラム国とは無関係。しかし、その恐怖とテーマはものの見事に重なってくる。 「イスラム国」はグローバル/ネットワークが基盤となるシステム。 もはや、かってのアルカイダ・モデルによる上意下脱や組織による組織追跡のノウハウは全く通用しない。 一方、テリー・ヘイズの「ピルグリム」もまた組織もシステムも無関係(国家や国連、秘密保護法も役に立たない)な巡礼者によるテロリズム。 「善く生きることは悪く生きることよりも難しい。」世界における、共により良く生きようとする人間、いや個人(放浪者=ピルグリム)どうしの攻防が続く。

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