2014年12月5日金曜日

いつも手遅れ アントニオ・タブッキ

書簡体小説として書かれているのはすべて記憶の世界の物語だからであろう。作者はクレタ、プロバンス、パリ、ロンドン、ポルト、テッサロニキというかっての訪れた町の記憶を頼りに別れた女性に手紙を書く。語り手は全て男性、相手は同一人物ではないが全て女性。返事は一度もない、読まれているかも定かではない。書き手も相手もバラバラ、書かれているのは町の記憶につながる思い出ばかりと言って良い。

恋文ではない、何の為の手紙。この短編集の面白さは、すでに書いたが、物語と言うより、「記憶」を形として残しておこうと言う、建築デザインのような内容にある。

旅をテーマとし、その記憶を物語にする小説は少なくない、どれもボクの好みの小説ばかり。 (オウィデウス、アラベールとエロイーズ、ルソー、カフカ)ゲーテのイタリア紀行から始まり、ユルスナール、辻邦生、須賀敦子、堀江敏幸、・・・きりがない。タブッキの小説はすべて紀行文ではないが、いつも訪れた街とその街の人々が克明に描かれる。

本書の解説にタブッキはこの小説を契機に「記憶」から「時間」に転じたという。なるほど、空間を語るあるいは発見すると言うことは、時間を見ることなのだろう。

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