2014年10月31日金曜日

イラク チグリスに浮かぶ平和

2003年3月20日、アメリカ軍によるバグダッド空爆。 映画はその3日前、その後訪れる大きな悲劇がまるで嘘のようなのどかな市民の生活風景から始まる。 カメラは空爆から10年にわたるアリ・サクバン家族を中心にこの都市の人々を写し撮っていく。 時は変わるが場所は代わらない。 周到に設置され、決してブレることなく、同一のカメラアングルに納められた10年間の映像は言葉を超え、強烈なメッセージとなった。 イラク紛争をリアルにドキュメントした映画には違いないが、この映画では銃撃の現場ではなく終始家族そして一般の人々が描かれている。 アリのおじいちゃん、おばあちゃん、政府に駆り出され亡くなった兄貴ふたり、軍から逃げ出したアリとアリの奥さん。 そして、アリの5人の子どもたち。 終わりのない悲劇に次々と巻き込まれるバグダッド市民、特に老人と子どもたちには逃げる場はどこにもない。 この映画のテーマはなんだろう。 「悲劇は終わらない、悲劇を生みだすものがある限り。ならばこの悲劇を生み出すものは何なのか」といろいろ考えさせられる。 大量殺戮兵器の有る無しをめぐって、思いつきのように始まった悲劇の空爆。 始めたのはアメリカのブッシュだが、ブッシュに追従した日本人もまた結果としてその悲劇に加担している。 悲劇の予兆に無関心であった市民たちもまた、問われるものがなにもないわけではない。 そして、今日もまたハンナ・アーレントの「思考を停止した非人間、凡庸であることの悪」が思い出されてしまった。 しかし、思い出されるだけでは悲劇は永遠に終わらない。 家族そして老人のまぶたから消えていく子どもたちの姿、 残されたものは空っぽになった心と子どもたちの部屋。 大家族が消えた白い土壁だけの部屋はどこまでも虚しい。 言葉を失い、無関心でありつづけるなら、それは悪の凡庸、 平和と言う言葉がチグリスに浮かぶだけでは、 悲劇は決して永遠に終わることはない。 ps. この映画は現在、東中野ポレポレ座で上映中、11月から全国主要都市でも放映される。

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