2014年10月14日火曜日

鍵のかかった部屋 ポール・オースター

オースターはこの小説の中で「ガラスの街」、「幽霊たち」、そしてこの本、三つの物語は究極的にはみな同じ物語なのだ、と書いている。(p182)
小説の中に他の小説がそのまま出てくるのには驚いたが、この小説は作り物を作り物で壊すかのような周到な戦略を持った小説といって良いのかもしれない。

さらに気がつくことは「ガラスの街」と「幽霊たち」が幻影を追いかける小説であり、この小説はその幻影に取り付かれた小説なのだ。
オースターが作家になる以前の、彼の実際の体験そのものがベースとなっている小説でもあり、このニューヨーク三部作の最後の一作は三作の中では最もリアリティが高い小説。
が故に、ボクにはまさに「実在」が「幻影」に翻弄されるという巧みな戦略がイメージされてくるのだ。

小説内にも書かれているが、人と場所、場所と時、時と人をつなぐ作業は大変であったようで、取り付く幻影はニューヨークのみならずアメリカ中、さらにタンカーに乗り太西洋、太平洋上へ、そして幻影のキーとなるパリ、南フランスと動き回り、最後はアメリカ発見に因むボストンのコロンブス・スクエア9の荒れ果てた、しかし19世紀の優雅な4階建の煉瓦建築の鍵のかかった部屋に行きついていく。
いや「鍵のかかった部屋」とは部屋ではない、取り付かれた心象全体のことだ。

例によってオースターの小説には「隠し味」のような謎と逸話が沢山散りばめられている。
小説をつくるオースターが人、場所、時のリストに取り組んだように、この小説の「隠し味」をリスト化しておこう。
ロビンソン・クルーソー、サンチョ・パンサ、どこでもない国、白鯨、スピノザからの一節、死せる魂的詐欺のアメリカ版、ラ・シェールの物語、ロレンツォ・ダ・ポンテ、ミセス・ウィンチェスター、ソロンの言葉、M・M・バフチン、ペーター・プロイフェン、四分音ピアノ、ローリーの世界史、カベサ・デ・ヴァカの探検記、タイピーを棄てた流浪な娘とハーマン・メルビル、鯨、赤いノート、列車がいままさに出発しようという瞬間、僕は最後のページにたどり着いた。


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