2014年10月2日木曜日

猟人日記 ツルゲーネフ

4月以来、漱石や荷風、吉川英治の私本太平記など、多くの無料電子版を読んできたが、グーテンベルグ版「猟人日記」を読み終えたところなので感想をまとめておこう。
kindle paperwhiteの画面は野外や車中での直射光に煩わされないので、いつでもどこでも読書が可能だ。

いつでもどこでも読書が可能ということは、遠からず電子ツールが我々の思考空間を変えてしまうだろう。
天気の良い日、読書と思考と連絡だけなら固定事務所は全く不要。
事務所の椅子より、ホテルや庭園の椅子の方がズゥーッとズゥーッと居心地が良く快適なのだ。

しかし、読みたい本の大半はまだまだ紙媒体というのが実情。
いまの時代、それはどこの分野にも見られることだが、時代が時代に追いついていないと言って良いようだ。
情報時代はあいも変わらず、無味乾燥でフラットなコンビニエンスストア止まり、それが今のボクの実感です。

歴史的名著と言われる「猟人日記」、やはり素晴らしい本だった。
なんと言っても文章が美しい。リリカルな自然描写と士族や農民たち、さらにジプシー女やいかがわしい商人や役人、宗教人たちが描く人間模様。
どこから読んでも、数行読めばすぐに広がって来る、生き生きとしたロシアの風景。
どの風景も人の営みと決して離れることはない。
文学であるなら当然のことだと思うのだが、最近の日本の小説はどうも時間も空間も不明というのが流行りのようだ。

ツルゲーネフは近代日本文学の最初のモデルだそうだが、彼の描く世界はボクにはすべてビビッで新鮮だった。
すでに「父と子」、「初恋」で知ってはいるツルゲーネフの世界だが、「猟人日記」の二十編余りの短編の各々は決して繰り返されることなく、様々に異なる多様な世界を次々と興味深く展開していく。

農奴解放はプーシキンが有名だが、1861年アレクサンドル二世に農奴解放令を決意させたのはこの「猟人日記」という説がある。
ツルゲーネフはロシアの多くの作家たちとも距離を置き、生涯の大半をロシアではなくドイツやフランスで生活したそうだ。
オペラ歌手のボリーナ・ヴィアルドーに恋をし、結婚する事はなかったが、その愛は生涯に渡ったといわれている。

どうみてもロシア人作家らしくないツルゲーネフ。
だからこそ、ロシアの自然と人間を自由に美しく、率直で優しく包み込むように描けたのではないだろうか。
彼の視線はどこまでも深入りはせず、光を当てるだけ。
農奴の悲惨さがテーマなのではない、人と自然を他者とする、人間そのものの孤独がテーマなのだ。







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