2014年9月27日土曜日

幽霊たち ポール・オースター 

ブルーはマンハッタンに行く、東26丁目。
誰あろう、「かっての未来のミセス・ブルー」が目の前に飛び込んで来る。
突然亡霊でも現われたかのように、「かっての未来のミセス・ブルー」は、その亡霊が誰なのかも気づかぬまま、はっと息を呑む。
ブルーは彼女の名を呼ぶ。
人でなし!と彼女はブルーにいう。
人でなし!

ニューヨークは幽霊たちの住処。
人は自分自身が書いた物語を生きている。
いつも物語りを書いている作家には人生がない、作家は幽霊だ。
そこにいるときはそこにいない、デスクに向かって物語を書いているのだから。

探偵であるブルーはホワイトにブラックを終始見張り、彼の行動を毎日報告するという仕事を依頼される。
ブルーは毎日、ブラックの行動を見張り、デスクに向かい報告書を書く。
奇妙なことに見張られているブラックもまたいつもデスクに向かって何かモノをかいている。
ブラックはブルーを見張り、報告書を書いているのだろうか。
お互いにデスクに向かい何かを書いているだとしたら、ブルーにとっての本当の人生はどこにあるのか。
ブルーは自分自身の人生(物語)を書こうとして街に出た。

春のうららかな陽気のなか、オレンジ・ストリートを往復しながらブルーは生きていることをつくづく嬉しく思う。
通りの一方の端からは川が見え、波止場が見える。
マンハッタンの摩天楼が見え、橋がいくつも見える。
ブルーの目にはその何もかもが美しい。

ブルーはマンハッタン、東26丁目を歩く。
最初に書いたように、そこで「かっての未来のミセス・ブルー」に出くわし、「 人でなし!」と叫ばれる。
探偵(作家?)であるブルーは自分自身が幽霊であることを自覚する。

1947年生まれのポール・オースターが1947年のオレンジ・ストリートを小説にしている、それが「幽霊たち」。
この小説はオースターのニューヨーク三部作の一つ。
ガラスの街、鍵のかかった部屋、そしてこの幽霊たち。
往年のエスピオナージやハード・ボイルドではいつも都市が舞台となり、スパイやディテクティブが活躍する。
ボクはそんな物語が大好き。
しかし、オースターには暴力は似合わない。
どこまでもエレガントでクール、映画・文学好みの我々を魅了する。

オースターが自分自身が生まれた年、1947年にこだわるのは何故だろうか。
野球好きのオースターは「その年に史上初の黒人大リーガー、ジャッキー・ロビンソンがドジャースに入団している。五月のある天気の良い火曜日、ブルーはエベッツ・フィールドまで出かけ、7回にロビンソンが左翼フェンスに届く二塁打を打つのを見る。」と書いている。

映画好き、いやプロでもあるオースター自身がこの時代の映画を書き落とすこともない。
それは都市に生きる作家であるポースター自身の物語でもあるからだ。
「幽霊たち」の探偵であるブルーはビールを一杯やりに酒場に行くこともあるが、たいていは何ブロックか離れた映画館まで足を運ぶ。
「湖中の女」「堕ちた天使」「ピンクの馬に乗れ」、とくにお気に入りは「過去からの脱出」。
「その映画はありふれた人生に戻ろうとするが戻れなかった男の話。一方、ありふれた人生から逃げ出そうとする男もいる。どちらにしろ自分の人生を決めるのは自分なのだ。物語はいつまでも立ちどまってはくれない。」
全くオースタらしい洒落た語り口だ。

大都市は幽霊たちの住処。
オースターがなぜ、1947年の「幽霊たち」を書いたのか少し判るような気もする。
オースターの描いた「幽霊たち」はどこまでもエレガントでクールでスマートだ。
現代都市のニューヨーク、そして東京。
そこはもはや「幽霊たち」ではなく、「ゾンビたち」の住処になってしまったのかもしれない。

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