2014年9月15日月曜日

伊豆の旅 島崎藤村 

百年前の下田街道の旅は馬車と汽船、石廊崎沖には帆船が浮かんでいた。
三十路の坂を大きく越えた四人の男たちが大仁から修善寺、湯が島、湯が野へと早春の天城峠を三日がかりで超えて行く。
今なら、一時間余りのドライブだろうが、彼らは椿が咲き、蜜柑が黄色く、黒い山毛欅と白い欅の山道を馬車に揺られ揺られていく。

「此処には山芋はありませんかね。」と私は内儀さんに尋ねて見た。
「ハイ、見にやりませう。生憎只今は何物もございません時でしてーー野菜も御座いませんし、河魚も穫れませんし。」内儀さんは気の毒そうに言ふ。「芋汁(とろろ)が出来るならご馳走して呉れませんか。」斯う頼んで置いて、それから山を一廻りした。我儕のために酒を買ひに行った子供は、丁度我儕が散歩しての帰った頃、谷の上の方から降りて来た。
夕方から村の人は温泉に集まった。この人たちはタダで入りに来ると言ふ。夕飯まえに我儕が温まりに行くと、湯層の周囲には大人や子供が居て、多少我儕に遠慮をする気味だった。我儕は寧ろ山家の人達と一緒に入浴するのを楽しんだ。不相変、湯は温かった。容易に出ることが出来なかった。我儕の眼には種々なものが映った。ーー激しく労働する手、荒い茶色の髪、僅かにふくらんだばかりの處女らしい乳房。腫物の出来た痛そうな男の口唇ーー
夕飯には我儕の所望した芋汁は出来なかった。

僅か一時間足らずの別世界のような休日の午後の旅。
藤村の伊豆の旅は一人ニ圓余りだったようだが、
ボクの旅はKindlepaperwhite利用で零圓だった。



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