2014年8月30日土曜日

水の眠り灰の夢 桐野夏生&火刑都市 島田荘司

東京に生まれ、東京に育ったボクにとって、隅田川の水辺と皇居周辺の内濠・外濠はいつも共にある絵画であり、音楽だった。
そしてまた東京オリンピックの開催が決まり、今度は霞ヶ丘と神宮の森が侵される。そう、記憶の中の都市破壊がまた始まったのだ。
東京オリンピック開催を喜ぶのは決して東京人ではないだろう、安倍さんも猪瀬さんも・・・・。

そんなことから、かっての東京を描いた都市小説を読んでいた。
それは前回のオリンピックに起因する都市の解体と都市不安。

島田荘司の「火刑都市」。
外濠を遮断し、なんと飯田橋濠の上に高層建築を造ってしまった当時の役人の非。
現在のラムラの建設は神楽坂商店街を含め我々外濠の住人にとっては悔恨の出来事だった。
そんな水辺を奪われた外濠周辺に建つビルが次々と火刑に処されていく。
物語は推理小説というより、水辺都市東京へのオマージュだ。

伏線となって描かれるのが、まだ貧しかった東北、東京より東から東京に出てきた若い女性たちのもつ都市体験。
それは水を失った都市での水を求めての必死な生活。
彼女たちはまずは上野駅に到着、そしてその周辺や浅草さらに東に住まうが、やがて、夢を追い西へ西へと流れて行き、火刑事件に巻き込まれる。

浅草から新宿そしてさらに西へ、貧しい水辺から逃げるように遠のくのが女性たち、いや戦後の成長に合わせ、新たに東京に集まる人々の夢だったのかもしれない。
この夢は今も変わらない、人々の想いは下町から山手へ。
ダサい古い街ではなく、コジャレた珈琲ショップとコンビニエンス。
今ではそこは東京の郊外都市、かっての緑地田園を浸食して生まれた、フラットなハイパーヴィレッジ。

新しく作られた建築に決して罪がある訳ではない。
しかし、物語は女性たちを巻き込み、外濠に建つ建築を次々と火刑に処していく。
水を失った都市を顕在化させようとする強烈なメッセージをもった犯罪なのだ。

昨晩は「水の眠り 灰の夢:桐野夏生」を読んだ。
1963年9月、東京オリンピック前年の地下鉄銀座線爆発事件、いわゆる「草加次郎事件」だが、この小説もまた華やかさとは異なる、スカイツリー以前の東京の下町が描かれている。

「せっかく戦災にも遭わずに残った建物や道が、オリンピックのために、高度経済成長のために、と惜しげもなく壊されていくのだ。この銀座の商店街も例外ではなかった。松屋百貨店も松坂屋百貨店もこまつストアーも皆、大改装工事中だ」。(水の眠り 灰の夢 から)

おしなべて20世紀の都市建設は、確かに便利さは提供してくれた。しかし、その様はまさに無印都市の建設だった。そして今は21世紀の都市建設。それは再開発という名の高エネルギー集約による高層液状化都市建設。東京はもはや都市のミエもカタチもない、フラットな郊外都市、高密度集落へと変わりつつあるのです。

2013年11月21日 by Quovadis

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