2014年7月15日火曜日

永遠の一瞬 ドナルド・マグリーズ

舞台劇を観ることはほとんどなかった。
週末の図書館で「悲劇喜劇」の新刊(8月号)を手に取った。
めったにないコトだが、 巻末の戯曲が気になったからだ。
「永遠の一瞬」の公演は毎月送られて来るTheAtreで知っていた。
シナリオを読むという経験はほとんど無かったが、読み始めてみると引き込まれていた。
1時間ほど読んだだろうか、舞台を観たいという衝動が疼き始めた。
携帯でボックスオフィスに連絡すると、明日の(月曜日)のバルコニーならまだチケットはあるという。
今日の午後、新国立劇場の小劇場に出かけた。

ドラマは舞台奥のTVモニターがスイッチオンされ、シャシャー音が鳴り響いた時、始まった。
幕のない舞台が明るくなると、そこはロフト風のアパートの一室。
その部屋に爆弾テロで九死に一生を得、松葉杖をついたサラが恋人ジェームズに助けられ戻ってくる。
サラは戦場カメラマン、ジェームズはライター。
ほどなく、雑誌社のフォトエディターであるリチャードと、彼の新しいガールフレンド、マンディが見舞いにやって来る。
戦地、難民キャンプで命を賭ける恋人同士と、結婚を決めた年の離れたカップルの四人、彼ら彼女らの趣味と仕事と人生観、生き方の違いがドラマの内容だ。

見慣れていない舞台劇では印象としてのフィクション性が先に立ち、リアルティを見つけるのが難しいのだが、このドラマではシナリオを走り読みしていたせいか、すんなり入り込めたようだ。
いや、演出だろう、個々人の極めて奥底に触れるシリアスな会話劇であるため、ドラマからはことごとくフィクション性を排除し、4人各々の胸のうちを切々と言葉にしていく。

戦争、飢餓、大量殺戮はイベントなのか?
死に行く子どもを助ける事なく、何故、シャッターを切るのか?
一枚の写真によって、始めて知らされる不幸と残虐、しかし、戦争は決して、永遠に終わることはない。
世界は永遠に続く飢餓と戦争、しかし、人はネガティブな記事ばかりを好んではいない。

アドレナリンを放出してカタルシスの体験を喜ぶ虚構、それは、撮る人なのか観る人なのか。
極めて虚構性を排除した舞台は暗転となり消えるが、サラのカメラの閃光が虚構の客席に鋭く一瞬の意味を問い、ドラマは終わる。

翻訳・常田景子
演出・宮田慶子
出演・中越典子・瀬川亮・森田彩華・大内浩
美術・土岐研一





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