2014年6月21日土曜日

東京藝大チェンバーオーケストラ第23回定期演奏会

チェンバーオーケストラはしばらくぶりだった。
ボッセ先生が亡くなられて2年、
しかし、このオーケストラは全く変わってはいない。
今日もまた、質の高い演奏を楽しんだ。
ハイドン好きのボクにとってはボッセ先生は欠かせない。
彼の死の悲しみは学生たちだけではない、
愛好者にとってもはかりしれないものだった。
ハイドンの面白さを教えてくれたのはボッセ先生であり、
彼のチェンバーオーケストラなのだから。
しかし、今日の演奏はなんと尾高忠明氏。
藝大もボッセ先生を引き継ぐ人として、
彼を拝み倒したに違いない。
曲目はエルガーの序奏とアレグロ。
オネゲルの交響曲第2番。
ヴァーグナーのジークフリート牧歌。
そしてラストはモーツアルトのジュピター。
当然、今日は尾高氏の世界。
古典派ハイドンではないが、曲種の異なる難曲を、
色とりどり、びっしり揃えた興味深い演奏会となっている。
その演奏は、当然ながら愛好者を裏切らない、
端正な調和と一体感ある躍動がチェンバーの大きな魅力なのだ。
とくにオネゲルのその曲想のきめ細かい演奏は、
聞く人をしっかりと抱きとめる。
ナチに占領されていた当時のパリの雰囲気がビシビシ伝わる曲想。
なんか、心踊ると言うより、涙ぐまされてしまったようだ。
演奏後、尾高氏は話された。
近々、彼はアメリカ、ジュリアード音楽院に赴任するが、
かの地の学生より、今日の学生の方がレベルはずっと上なのだそうだ。

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2014年6月19日木曜日

グランド・ブダペスト・ホテル

この3月の開場早々に「アイーダ」を観て気に入ったTOHOシネマズ日本橋。 今日、おなじシネマズで「グランド・ブダペスト・ホテル」を上演していると知り、早速、行ってきた。 常連が多いウェブ・アンダーソン監督。 平日のまだ陽のある午後なのに、シネマズ・スクリーン6は一杯だった。 ダージリン急行やムーンライズ・キングダムを引継ぐアンダーソン・ワールド。 「グランド・ブダペスト・ホテル 」は前回を超えている。 カレの映画の世界はもう、ヒッチコックを超えている。 アンダーソン・ワールドはミュージカルではないが、音楽は軽快。 舞台ではないが、シェーナ・グラフィカルでカラフルだ。 そして、今回は架空の国ズブロッカ(酒ではない国の名)が舞台となるドラメディ(ドラマ・コメディのこと)。 「グランド・ブダペスト・ホテル」はハンガリーの首都のホテルではない。 ドイツアルプスのまっただ中に建つ超高級リゾートホテル。 そのホテルを仕切る執事とベルボーイが殺人犯に仕立てられ、国中を逃げ回るロードムービー。 いや、例によって場所よりも乗物が面白い、プレイスよりヴィークルだ。 ドラメディであるからコミカルではあるが、今回は一段とシリアスでもある。 そのシリアスさはネタバレしたくないので説明できないが、超高級と名の付くものは、いつでもどこでもアンエクスプロアードなのだ。 注:この記事のカタカナ語の多用はボクのせいではない、許せ、アンダーソン・ワールドだ。

2014年6月16日月曜日

バーレスク

9時からBSプレミアムのバーレスクにくぎ付けにされていた。 まったく知らなかった、こんな素晴らしいミュージカル。 アリはルクスもダンスも歌もいいが、性格がいい、なんとも可愛い。 テスもまた同じ、彼女の歌はじっくりと聞かされた。 ジャックの女装とヌード 、その演技と感性にも魅せられた。 この映画の登場人物、男いや女?、女いや男?、 どうでもいいんだ皆んな良かった。

2014年6月10日火曜日

永遠の旅行者 橘玲

若くして弁護士事務所を退職し、国を出て世界中のどこをも居住地とすることのない、「永遠の旅行者」真鍋恭一が語る物語。これはハードボイルドと言って良いのだろうか。サスペンスでもありディテクティブでもあるがチョット違うな。ジャンルなどどうでも良い、キンドルで初めて知ったとても面白い作家だ。
橘玲はツィッターでもすでに12千人ものフォロワーを抱える人気者、最近作「タックス・ヘイブン」もネット上では大人気、いまさらボクが書くことは何もないのだが、チョットメモっておきたいと思っている。

小説としては決して巧くはない、面白いが、話しと思いが入れ込みすぎていて、シッチャカメッチャカだ。しかし、描かれる世界に対する周到な調査と知識にはビックリさせられた。最近のネットでは、これだけ分かりやすく、入念に克明に書かれたコンテンツを読んだことがない。考えてみれば、そのはずだ、ブログ読者は次から次と沢山のコメントを読みあさっていく。周到すぎる記事など読み飛ばされてしまい、気がつかない。かく言うボクがその一人、恥ずかしいことに、「永遠の旅行者」を読むまで何も知らなかった。

メモっておこうと思ったのは、国際金融やテロでもなければ、伊豆の南端やハワイや香港、ニューヨークのホームレスの末路やシベリアの抑留者のことではない。国に利用される人々ではなく、国を捨て、機械的な国を利用しようとする人々の話し。「永遠の旅行者」とは歌を詠まなければならない、生きとし生けるものの歌のような気がしたからだ。

物語の前半に時々ニーチェの「ツァラストゥラはかく語れり」が引用される。19世紀、ニーチェの生存中は全く売れなかった本だ。「神の死」を確信したツァラストゥラはひとり山に登り、孤独の中で思索する。やがて、山を下り「超人」を語るが、聞いてくれる人は一人もいない。

そんなツゥラストラを真鍋恭一はサンフランシスコのアダルトショップで英語版を二ドル四九セントで手に入れる。その時、アダルトショップの店主は恭一に「君の孤独に幸いあれ」と呼びかける。そしてまた、天使のまゆと恭一のワルプルギスの夜のような出会いのシーン。実際は水族館の夜だが。作者は「舞踏する星を産むためには、ひとは心に混沌(カオス)を持っていなければならない。君のこころのなかにもいまだ混沌はある。」とニーチェの言葉を引用する。

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