2014年4月13日日曜日

ワレサ

週末になると映画を観たくなる。 ヨーロッパの重厚なサスペンス・アクションかシットリとした恋愛もの、と思って探したが見つからなかった。 岩波ホールの「ワレサ・連帯の男」を観る。 戦後の社会主義下のポーランドを撮り続けてきたアンジェロ・ワイダ監督の集大成とみなされている映画だ。 70年代から90年代、日本のバブル時代のポーランドは崩壊しつつあるソ連の体制下。 ワイダは民主化を求める市民の姿を、その渦中にあって、ドキュメンタリータッチでリアルに描き続けてきたのだが、その時の連帯委員長ワレサはまさに彼の映画のモデルでありシンボルだった。 この映画はそのワレサを民主化の現場、かってのレーニン造船所グダンスクに立ち戻らせて描いている。 ワレサは決して勇士でも英雄でもない。 子沢山の愛妻家、楽天的だがコマ目で気が利く電気工。 理屈優先の学者ではなく、目の前の諸問題をなんら難しく考えることなく、極めて現実的に決断していく。 例えば逮捕される時でさえ、警察官を待たせても、妻に頼まれた乳母車の車輪の修理こそ今なすべきこととし用具を持つ。 暗い時代だがワレサは楽天家、民主化が成功した(?)今の時代の制作ゆえだろうか、間もなく90歳を迎える監督のワイダも撮影を楽しみ、全体を明るく描いている。 しかし、この明るさの源は実際の歴史上にあった小さな幸運だ。 策が見えなくなった時の外国人メディアの滞在。 危機一発の時のブレジネスの逝去。 小国の市民の声とワレサの運命は他国のメディアと他国の権力の変容に委ねられていた。 特に前者は意味深い、結果はともかく、情報社会の有り様はメディアではなくコンテンツにあると改めて気付かせる。 Google Keepから共有
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