2013年2月20日水曜日

父と子 ツルゲーネフ

父と子 ツルゲーネフ
「父と子」ってこんな小説だったかなぁ、と不思議な思いを感じながら、確かに昔もこの小説は一気に夢中になって読んだなぁ、と思い出した。
タブレットを手にし、電子ブックを試してみようと思ったのが昨年10月。
丁度その頃、横浜で藤村展を見学した。
これがきっかけとなり、無料でもあったので、結局、新生、破戒、夜明け前と電子ブックで島崎藤村を読み続けることになった。
やはり、電子ブック体験って新鮮なのだろうか。
古びた書棚のかっての本はそのままだが、忘れていたことを思い出すと同時に新たな部分の発見もある。
ボクにとってタブレット体験は再読には最適なようだ。
幾つになっても、好きな作家というのは変わらない。
「父と子」の持つリリシズムは昔と全くかわらない。
変わったのは、かっては子の齢で読んでいたが、今はバザーロフやアルカジーの父親以上の立場。
しかし、やはりツルゲーネフは偉大だった、この小説は決して世代対立がテーマではない。
藤村同様、時代の狭間を生きる人々、しかし、画かれている世界は流れの中に垣間見える「変わらぬもの」。
それは賢人の持つ「愛ということば」ではなく、誰もが持つ「気まぐれな恋」なのだ。

2013年2月20日
by Quovadis

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2013年2月3日日曜日

豪華な演奏会、藝大室内楽定期39回

2日と3日は芸大室内楽定期。 今日のプログラムは弦楽四重奏ベートーベン作品74とシェスタコビッチ作品73、カーターとニールセンの木管五重奏とアレンスキーのピアノ三重奏作品32。 ベートーベンはともかく、ボクはシェスタコビッチもカーターもニールセンもアレンスキーも一度も聴いた事がない。 卒業あるいは進学を間近に控えた学生たちによる爽やかな演奏会。

3曲目、アメリカ生まれのE・カーターの木管五重奏は面白かった。 100才を超え現役、名実共に現代の世界的作曲家だった彼だが、昨年11月103才で亡くなった。 それは今日の演奏の為、この曲を選んだ直後のこと。 心を込め演奏したいとプログラムにはあった。

ホルンを中心にフルート、クラリネット、オーボエ、ファゴットが自由気ままに音を弾けさせていく。 メロディーもあるが5つの音響が波のように重なり合っていく。 そしてクラリネットの呟きで第一楽章が終わる。 第二楽章はまるでジャズ、いや違うな、まるでパッカーションのように5つの音響が砕ける。 リズムは追えない、拍子感がなく調性もない。 目の前を形のない様々なものが飛び跳ね転げ回り消えていく。 えっ、どうしたのと思ったら曲は終わっていた。

もっとも気にいった曲は、最終曲のアレンスキーのピアノ三重奏。 楽章ごとにそのイメージは様々に変容するが、終始、精細で大胆なメロディーがピアノ、ヴァイオリン、チェロの絡まりの中、変奏され、転調され流れていく。 色調の異なる柔らかな楽想を絶え間なく繰り返していく3人は、ちょっと意外、3人が3人とも黒のスーツの男子学生だった。