2012年8月18日土曜日

バーン・ジョーンズ展 


日本で初めての個展と聞いて驚いた。彼はロセッティの友人、単にラファエル前派の画家と思っていたが些か間違っていたようだ。
突然、出かけた真夏の展覧会、驟雨に見舞われての午前中早々の入場だが、小さな会場はすでに満員、しかし、良かった。
明日が最終日、そのことだけが混んでる理由では無さそう、観客は皆、いつになく楽しんでいる。
連れ立った人々はひそひそ語らう、やはり、物語のある絵画の魅力だろう、感覚だけではなく、絵画から読み取る物語が多くの人々の会話を誘う。

ラファエロ前派は「主題としては中世の伝説や文学、さらに同時代の文学を題材とする」とあるが、バーン・ジョーンズはそれを超えている。
彼はオックスフォードに学び、ラスキンの指導を受け、モリスと親しかった。
ラスキンの指導はもとよりモリスと親しかったことが重要だろう。
彼は単に中世主義の画家ではなく、近代の画家。
モリスのクラフト運動と呼応する近代のライフスタイル提案に深く関わっている。
それを知ったのは今日の展覧会、圧倒的に多かったケルムスコット叢書。
展示ではジョンーズの挿絵はもとよりその叢書の美しさに驚いた。

ロンドン西郊ハムスミスに設立した私家版印刷工房は次世代を生きる人々に格好のライフスタイルの手引書。
いち早く産業革命に成功した最初の近代市民。
しかし、市民は旧態の貴族とは異なり、あるいは貴族以上に叢書を手引きとして新たな「人間としての生き方」を模索したに違いない。
ちょうど15世紀に誕生した都市市民がキリスト教中世から離れて人間主義を模索し、透視画法の中の理想都市やアルカディアを必要としたように。

今日の展示でもっとも関心を持ったのは「眠り姫」のコーナー。
静かな永遠の眠りの世界。
それは近代の始まりの情景とは大いに異なるもの。
真夏の休日、三菱1号館をさまようボクには、近代の終わりを感じさせる現代社会そのものの姿のように思えてならなかった。
バーンズの絵の表現するある種の憂鬱さは100年先を見据えていたのだろうか。