2012年7月8日日曜日

アレクサンダー大王  テオ・アンゲロプロス

観たい映画が見つからないとブログに書いたら「ルアーブルの靴磨きは面白かった」というメールを貰った。昨日も夜更かし、起床が遅く朝食も取らず出かけたのだが、エレベーターを降りたのが12時30分近く。チケットを買おうとしたら、「ユーロスペースは三階、ここはオーディトリウム渋谷です」と言われた。エッと思って壁面を見ると「テオ・アンゲロプロス追悼週間」(http://a-shibuya.jp/archives/3300)の張り紙、そして、この二階では「アレグサンダー大王」がすぐにも始まることが判った。(http://leporello.exblog.jp/17961354/)観たいと思ってはいたが、叶わなかった映画が突然始まる、さぁどうしよう。結局「ルアーブルの靴磨き」は明日以降とし、チケットを買い二階の客席へ。 「アレグサンダー大王」は予告編もなく、すぐに始まった。なんか、何も準備もないままアンゲロプロスの世界に飛び込んでしまったようだ。何となく落ち着かない、空腹でもあったが、直ぐに気がつく、間違いなくアンゲロプロスだ。彼はこの1月交通事故で他界。しかし、1980年ヴェネツィア映画祭グランプリの作品は生きている。映像は変質し、音響は歪んではいるが、いつも通り完璧な構図の静止画のような長回しに環境音が響く。始まりは20世紀の始まりのシーン、アテネのイギリス大使館での年越しパーティーから。パーティーから抜け出した若き貴族たちはスニオン岬のポセイドン神殿へ馬車を連ねる。ボクも知るこの岬の朝日夕日は絶景だ。貴族たちがやってくるのは、この神殿の柱間から登る初日を愛でるバイロンの詩を吟じるため。(http://sadohara.blogspot.jp/2012/01/blog-post.html)一方、アテネの監獄を脱走するアレクサンダーを名乗る囚人とその仲間、そう異民族の侵略から古代ギリシャを救った伝説の大王の登場だ。ドラマはポセイドン神殿でアレクサンダー一味がイギリス貴族を誘拐し、いよいよ佳境となる。一味は誘拐した貴族を連れて彼の娘と孫が住む村へ、そこはイギリス利権の有力鉱山開発地。村は一人のリーダーの指導でのどかに生きる共産村(アルカディア)。しかし、今イギリスの利権の元破壊されようとしている。この場所、この村がこの映画の舞台。渓流となる川が流れるが荒涼とした岩ばかりの寒村。石組の家々は朝日、夕日の輝き、雨と雪に埋まりどこまでも美しい。スニオン岬のあるアッティカ半島ではなさそうだ、どこだろう、アテネからも遠い北ギリシャのどこかだろう。アンゲロプロスのロケ地はみな美しく印象的。調べてみたが判らない。映画はギリシャ悲劇。いやこのアルカディアで展開されるから喜劇。悲劇・喜劇と言うよりむしろ神話劇。「権力」と「財産」という20世紀の神々に翻弄されるギリシャの人々、グローバリズム・ユーロに翻弄される20世紀ギリシャ。いや、「空腹」という神に4時過ぎまで釘付けにされたボク自身の悲劇だ。
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