2012年7月7日土曜日

ヴィラ・ロトンダとアテネの学堂

(ヴィッラ・ロトンダとアテネの学堂)

「パラーディオはラファエロが古代ギリシャを描いた絵に表明した理想に相通じるものを現実に作り出そうとした」(都市と建築:東京大学出版)と北欧の現代建築家ラスムッセンは書いている。パラーディオのヴィラ・ロトンダとラファエロの描く「アテネの学堂」はドーム広場を中心とし、その前後に同型の広間を配置している。大きさと構造、その空間構成は全く同相にあると指摘しているのだ。

「アテネの学堂」と「ヴィラ・ロトンダ」の違いは、絵画にあっては全体が一目で見渡せるが、建築においてはその歩みによってしか体験できないことの違いだけ。ブルネレスキのサン・ロレンツォ聖堂は建築体験は絵画を眺めることと同質であると示していたが、ラスムッセンは逆に絵画を眺めることは建築体験と同質と言っている。つまり、「アテネの学堂」という絵画の中に「ヴィラ・ロトンダ」の建築体験が描かれているのだ。

前述したが、絵画と建築の違いは種類の違いではなく手段の違いだ。一見、当たり前の話のようだが、重要な指摘。このことは、ルネサンスの透視画法は等質・等方な空間の中にシンボルを配置することから生まれる、全く新たなイマージナルな空間、ということに立ち戻らなければ理解出来ない。

手段は異なるが、建築も絵画も透視画法の空間にシンボルを配置することから生まれる虚構の空間に他ならない。

立ち戻れば、ルネサンスの画家や彫刻家を夢中にさせた透視画法の空間は神の絶対的支配を逃れた人間中心の空間。その空間の発見によって、絵画はシンボルを配置することで、実際の建築以前に空間を体験させることが可能となった。絵画は建築同様空間を生み出す。あるいは絵画は建築することなく建築を生み出す。

ラスムッセンはラファエロの絵画空間からパラーディオの建築空間が読み取れると書き、ブルネレスキは建築空間を透視画法の絵画として作った。理解を複雑にしているのは、我々はルネサンスの透視画法の空間を理解せず、ルネサンス以降の舞台背景を含め、絵画的なイリュージュナル(幻想的)な空間のみを透視画法の空間あるいは絵画空間とみなしていることにあるのだ。

(想像的空間と幻想的空間)

イマージナルな空間とイリュージュナルな空間、どちらも虚構の空間であることは変わらない。しかし、前者は想像的自由な空間、後者は人為的に生み出された幻想的な空間だ。後者だけを絵画空間とする現代人はルネサンスの絵画と建築は表現手段が違うだけで、全く同相にあることを理解しない。

透視画法の空間はブルネレスキからベルニーニに至る二百年の間に大きく変わる。それはルネサンスとバロック、美術史を理解する主要テーマだが、ここでは前述したイマージナルな空間がイリュージュナルな空間へと変容していく。つまり、ルネサンス絵画とバロック絵画、その二つの空間は全く違うもの、と考えれば容易にラスムッセンの説明が理解できるだろう。

中世における絶対的神の世界の揉縛から逃れ、人間中心の世界を標榜したルネッサンス人の賛歌である「アテネの学堂」がヴィラ・ロトンダの直接のモデルであったかどうかは「建築四書」からはうかがえない。しかし、署名の間を飾る「アテネの学堂」が円形に縁取られたプロセニアム・アーチ(舞台に設置された額縁)の中の演劇的構成を持っているように、ヴィラ・ロトンダもまた劇場のような敷地環境の中にあって、舞台背景となるように設計されたことだけは間違いない。

(アルカディアとしてのヴィッラ)

当時の建築家の仕事は音楽家同様大半は教会にあった。しかし、パラーディオには教会の仕事は少なく、ヴィッラとパラッツォという住宅ばかりだ。パラーディオが世俗の建築家、最初の住宅建築家といわれる所以はこのあたりにある。

ではパラーディオは田園に建つ住宅をどのように「建築」にしたのか。パラーディオのヴィッラはあるがままの自然、民家や農家の持つ田園的風景をメタフィジカルな理念の世界に、現実の背後にある秩序だった理性的な世界に変容している。そのために用いられたテーマは「アルカディア」。

「アルカディア」は貴族たちの社交には欠くことの出来ない文化装置でもあった。パラーディオは建築だけではなく田園環境も一体化し、全体をウェルギリウスやサッフォーが描いた古典主義的な田園風景、「建築」をアルカディアとして描くことで、現実の風景をメタフィジカルな理念の世界に変容している。だからこそ、彼のヴィッラは「建築」であって、単なる自然あるいは田園に建つ民家や住居ではないのだ。


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