2012年6月7日木曜日

サロメ 


初台の中劇場で「サロメ」を観る。
世紀末オスカー・ワイルドの戯曲はリヒャルト・シュトラウスのオペラで度々観るが、現代演劇は全く初めてだ。
だからここでは形容詞だけの感想は書きたくない。
ただ、とても良かったと言っておこう。

最近のボクの関心は18世紀だが、ここのところまた19世紀末が気になってしょうがない。
オスカー・ワイルドとクリムトはどちらにしても外せない。
やはり、いいよねあの時代、こんな戯曲、こんな音楽が作られた時代だ。
ミッドナイト・イン・パリのアドリアナにウディ・アレンが「20年代よりベル・エポックが好き」と言わせたのもとても良くわかる。
サガンが書いた「ブラームスはお好き」の中身とも共通している。

カノンが壊れ全てが抽象的・平面的にしか捉えられなくなった近代、そのつかの間のアールヌーボ。
まさに市民の文化、オネスティ(真正さ)を探していた時代。
貴族サロンの文化から市民の都市の文化を模索した時代。
しかし、それもつかの間1914年の世界大戦で全てが消えた。
市民もオペラも戯曲も建築も。
今日の舞台で感心したのは天井に隠された鏡面(虚像)だ。

そこに写り込む「赤い海に正方形の白いテーブル、そこに横たわる官能的サロメ」は演出家亜門氏が「やった」と言いたいアイディアではないか。
赤・白・黒も判りやすいがボクにはもう一つ白いミースのバルセロナ・チェァにはやられたと思った。
ネタバレではなく勝手な妄想だが、白いテーブルとチェアはグローバリズム(帝国)の赤い海に浮かぶアーキペラゴ(群島)に思えてならない。