2012年4月17日火曜日

鉄川与助の教会堂建築ー五島列島を訪ねてー展

銀座LIXILギャラリー、鉄川与助の教会堂建築ー五島列島を訪ねてー展を観る。 福江島、久賀島、奈留島、中通島、野崎島と続く長崎の西海に位置するの五島列島はキリスト禁教の時代からの教会堂建築が今なお健在、ボクも5年前この列島を訪れた。 展覧会は上五島の中通島に生まれ、20代から教会堂建築に関わり、天寿を全うする97歳までの頭領としての仕事を紹介するもの。 今日まず驚いたのは写真家白石ちえこ氏が紹介された展示作品の全てをボクもたまたま訪れていたことだ。 五島列島にはたくさんの教会堂建築がある。 しかし、与助への関心、彼女と一致しているようだ。 それを感じたのは彼女の展示作品の最初は久賀島の旧五輪教会堂であったこと。 ボクの見学旅行でも、もっとも印象的だったのは初期のこの建築、そして、いまや無人島となったが野崎島の煉瓦造、中世の城のような外観を持つ旧野首天主堂だった。 白石氏の展示はその流れを明解に示していた。
与助自身は仏教徒だがまずは外国人神父の下で働き、彼としては全く見たこともないヨーロッパの形態を木造建築として作り上げた(明治10年代から30年代)。 その典型が旧五輪、さらに与助自身が全てを設計し施工した最初の仕事、その建築は生誕地に近い奈摩湾の南に建つ冷水教会堂。 二つの教会堂に示される初期の外観は全て典型的な日本の木造民家の形態。 しかし、切り妻本体に玄関とアプス部分を切り妻屋根の妻面に下家だししている。 教会をイメージさせる外観のデザインで最も重要なのは入り口部分をアーチで強調すること。 さらに後部の妻面の下家だしによる二つの切り妻の段差部分に窓を設け、巧みにアプス部分に光を導入している。 つまり、西洋の教会堂はまずは入り口と光とどう取り組む化だ。 そして次になるポイントはインテリア、内部空間とその天井をどう設えるか。 その後の煉瓦造になればますます洗練されてくるのだが、教会堂と言えばコーモリ天井で知られる、与助がもっとも苦心したリブボールトの天井。 本来の石造教会には技術上不可欠ちなるリブボールトだが、彼は終始様々な工夫を重ね、木造ハリボテコーモリ天井を作り続ける。
30年代にはいるとやがて外国人神父に変わり日本人神父の時代、また、初期の木造教会堂の建て替えの時期。 教会堂は与助自身すべて一人でそのデザインに取り組まなければならない。 すでに日本でも知られ始めた煉瓦を用い、独自の教会堂を見よう見まね建てていく。 しかしここで重要なことは煉瓦造といっても構造体はまだ木造だったことにある。 煉瓦はその外側に外壁材として積まれていたに過ぎない。 野首天主堂はそんな煉瓦造。 だからこそ、与助にとって必要なことは煉瓦造に見合う外観をどうデザインするか。 結果として野首では中世の城がモデルだが、彼が得ようとしたヨーロッパ建築のイメージ、それはその後の本格煉瓦造さらにコンクリート造の時代に入っても、彼は新技術もを駆使し賢明に追い続ける。 それを学術的に疑似洋風と笑う人もいるようだが、ボクには、彼のその生涯の建築デザインは既存の技術をいかに未知の形態に適合させるか、あるいは新しい技術をいかに伝統的デザインに落とし込むか、その葛藤の結果として見えてくる。 そんな、5年前のボクの実感を明解に思い出させてくれた今日の展覧会。 一つだけ付け加えさせていただくと、展示スペースの問題だったかもしれないが、五島独自の椿をアレンジしたステンドグラスの数々の展示写真がなかったことがいささか残念。 ヨーロッパ教会のインテリアをイメージさせるには欠かせないもの、その疑似ステンドグラスが五島列島どこの教会堂でもなんとも美しく、涙ぐましく、ほほえましかったから。
コメントを投稿