2012年3月30日金曜日

第九軍団のワシ 

「第九軍団のワシ」を観る。すでに聞いていたことだが、やはり映画はお勧めできない。これでは古くさい西部劇、余りにも単調平板な筋立て、サトクリフは浮かばれない。 まぁ、しかし、映画はエンターテイメント。大昔のイギリスそれも北方の谷また谷のハイランド(ロケ地はハンガリーとスコットランド)、その風景風俗は大画面で観る限り、ローマ時代の辺境を十分にイメージさせ大いに楽しませる。
 
「ワシ」はローズマリー・サトクリフのローマン・ブリテン三部作の最初の物語だ。60年余り前の戦後早々、イギリスで書かれ、本国のみならず世界中で重版を重ねた名作。 といってもサトクリフは児童文学作家。この物語の面白さは登場人物各々に人としての生き方の様々な選択肢を具体的に示し、やがて主人公たちがどんな困難に出くわしても、自己が選択した運命を逃げることなく受け入れて行く、その生き様にある。

2時間の映画では人間像もディテールも十分に描けないのは当然なのかもしれない。とは言っても余りにも安易に自由や名誉あるいは格好良さを押しつける制作姿勢には全く納得できない。 原作では結果ではなくプロセスがポイントなのだ。
今風のハウトゥもので終わらせないところが名作の所以。だからこそ、ボク自身もかって息子たちに読ませたいと思い買いそろえた。自分自身が反対はともかく勇気を持って選択し、その決断から生まれる困難に対し、怯むことなく友情を育み知恵を持って対処する。

映画はこのあたりが全く書けていない。原作では父の名誉は結局は回復されることはない。ローマ人グァーンは決して名誉の死など選択しない、彼は恥を抱えたまま家族とともに辺境で生き抜く勇気を示している。 
こんな感想を書きながらフッと考えた。息子たちはサトクリフを一度も手に取らなかったようだ。その証拠にボクの書棚の全五冊は20年余の間、位置も汚れも全く変わっていない。どうやら、生き様など押し付けるダサイ親父に対し息子たちは断固拒否を選択し、巣立って行ったようだ。(笑)

2012年3月24日土曜日

顔のないスパイ

ここのところ仕事と予定に邪魔されない限り、金曜日は映画を観ることにしている。 それも場末ではなく、椅子もよく音響も優れた映画館でゆっくりと。 昨晩は飲み会だが、今週で終わりそうなので帰り道、深夜だが一人バルトに行った、「顔のないスパイ」。 この手のサスペンスアクションは大好きだ。 DVDでせせこましくストーリーを追うだけの思考の空間ではなく、エンターテイメント、映画館では映画をただただ楽しんでいたい。 しかし、最近この手の映画になかなかお目にかかれない、たぶん人任せで探しかたが悪いのだろう。 冷戦を舞台にした小説や映画は題材も内容も一時代前だ。 今やル・カレやケン・フォレットが描く頭脳戦は見あたらないし、はやらない。 しかし、ハードボイルドやサスペンスの楽しみは知的で粋で哀しい、そしてなによりも納得がいくアクションが醍醐味だ。 加えれば主人公が好むかわった「酒」が隠し味。 元諜報員と若きCIA(今回はFBIではない)エージェント、彼ら二人の世代差が今回のドラマの伏線。 そして知的に絡まる二重スパイのからくり。 英語の会話のみで展開される真実の解明、おっととだが知的遊戯には欠かせない。 緊張する状況の連続だが、エンディングは何となく納得させられてしまう変わることのないアメリカ映画のスタイルだ。 リチャード・ギアは演技は相変わらずだが、年をとり男っぷりはますます良くなった。 深夜、市ヶ谷まで歩いた。 そう、こんな時間と空間も久しぶり、たまのヘッドライト、人影もなく小雨降るなかコートの襟を立て、ハードボイルド気分を楽しんだ。

カステロベッキオ美術館

ご存じヴェローナのカステロヴェッキオ、スカルパが改装した美術館だ。ヴェネツィアに生まれ、ヴェネト一円で仕事をし、松島で客死した彼は想像としての「水と東洋」を快楽的とも言えるデザインで空間とディテールに置き換えた、まさに20世紀の巨匠。フランスでコルに学んだ丹下・前川の機能的でモラリティ高い建築が手本であったボクの学生時代、建築雑誌の中のスカルパのデザインは禁断の貴族的世界に踏み込むような感覚だった。 やがて、個人的な建築修行に見切りをつけ、独立という名の失業を得た20代後半、持つ物は金ではなく時間、片言の英語のみで一人、イタリアのヴェローナとヴィチェンツァを目指した。 Youtubeにアップされていたこの映像は、その時の印象そのものだ。制作はElena Mariottiとあるが、これは「建築紹介」ではなく文字通り写真家の「見る快楽」。ボクも体験したカステロヴェッキオが、ものの見事に音と映像となって表現されている。そう、「建築は詩」と実感したのもこの体験。詩人スカルパがボクにまったく新しい建築を開示したその瞬間だ。

2012年3月23日金曜日

ポルト大学建築学部校舎


建築の仕事をされている方は理解されると思う。 長い仕事の経過の中で、最も緊張し、最も喜びとする時。 それは建築の完成時ではなく、コンクリートの打設が終わり、型枠が取り払われた時。 そう、図面で構想していた空間あるいはイメージが一気に開示されるからだ。 脱型されたばかりのコンクリート躯体はまるで赤子のよう、しかし、すべての想いと可能性を秘めている。 この映像が素晴らしいのは、そんな喜びをバッハの平均率に載せてアップしている。 さらに、この建築デザイン(ポルトの建築学校設計はアルバロ・シザ)の重要な観点、周辺環境であるポルトの住宅地における環境イメージとの関係が的確に表現されている。 結果、この映像はボクにとって完成後のビデオ以上に貴重。

2012年3月18日日曜日

音と光の建築 メキシコシティーの視覚障害者センター

メキシコシティーの視覚障害者センター。 床面だけを平らにすれば良いと考える安易なユニバーサルではなく、 ここでは空間における音のリズム、その変化をどう感知させるかが考えられている。 建築計画にあって、健常者のみならず視覚障害者にとって最も大事なことは音と光。 http://www.archdaily.com/158301/center-for-the-blind-and-visually-impaired-taller-de-arquitectura-mauricio-rocha/?utm_source

ブルース・ガフのプライス邸

たしか、ライトの弟子であったブルース・ガフ。 オクラホマにあるプライス邸。 「雨は漏るものだ、漏っても支障のない住まいを造れば良い」 作品集にはそんなガフの言葉が記されていたと思います。 そう、ボクが知る世界最初のエコロジー(グリーン)・ハウスです。 http://www.archdaily.com/171574/ad-classics-bavinger-house-bruce-goff/?utm_source

2012年3月17日土曜日

アインシュタインの想像力

3月14日が誕生日であったからだろうか、アインシュタインをネットで良く読む。今朝のトップニュースは名古屋大学の実験結果は検証され、やはり「ニュートリノは高速を超えなかった」ということだが、ボクは今再び関心を持つべきはE=mc^2だと思っている。そうなんだよ、どんな小さな質量でもそれが消失すれば大変なエネルギーを発するんだ。 「どのみちを進むべきか神は教えてくれない」とアインシュタインは語り、1939年以降全ての原爆開発を拒否した。 しかし、原発の事故を起こした我々は彼の想像力を本当に理解していたのだろうか、E=mc^2を。 平和利用という名の元のへ理屈ばかりの原子力村に振り回されることなく、理論にたいしてはもっと謙虚に、アインシュタインの持つ本当の想像力を今、学ぶべきではないか。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120317/k10013789521000.html

2012年3月13日火曜日

マイ・アーキテクト

1974年、インドのアーメダバードからの帰途、ニューヨークのペンシルベニア駅の男性用トイレで心臓発作のため亡くなり、数日後発見された。73歳だった。 建築家であった父親の仕事を映像作家である息子さんがドキュメントした作品。 カーンの建築がこんなカタチで表現されたことは何とも素晴らしい。 毎年、不思議なことだが、春になるとカーンの建築が気になってならない。 そう20世紀最後の巨匠、と言うことなんでしょうね、この建築的感動は。

2012年3月11日日曜日

フィレンツェの悲劇 スペインの時 オペラ研修所

オペラ座研修所公演はここのところほぼ毎回足を運んでいる。昨年も同じ日、そう2011年3月11日、演目はプッチーニの外套。その内容は素晴らしく、大いに満足している途端の大地震、当然、公演は中止になった。幸い、この日の演目は中劇場だけ、係員の周到な配慮で2時間館内に退避し、6時過ぎ歩いてだが無事自宅に戻った。 http://leporello.exblog.jp/15557533/ だからという訳ではないが、今年もまた可能なら同じ日と思い、「スペインの時、フィレンツェの悲劇」のチケットを手に入れた。幸い会員である特権を利用し、発売早々手に入れる。今日、出かけてみると11列の40番。なんと一階中央の特等席ではないか。 演目はチョットユニーク、ラヴェルの「スペインの時」とツェムリンスキーの「フィレンツェの悲劇」。二つのオペラを一つの舞台で、それもあたかも一つのオペラの「悲劇/喜劇」のような構成で演出されていた。 個人的な趣味の問題だろうが、正直なところ先に演じられた「フィレンツェの時」は全くいただけない。原作はオスカー・ワイルドということだが、ボクの印象は「不条理なやすっぽい性愛劇」。いくらクピドの悪戯とはいえ、描かれる人物はイメージするのもお粗末、音楽もつまらない。舞台はフィレンツェの広場だが歌はドイツ語。音楽の印象は全く苦手なバルトークの「青ひげ公の城」のイメージだ。しかし、演じていた3人の歌手が不満足であった訳ではない。オーケストラが勝ち過ぎ、特等席にいても聴きにくい歌唱だが、美しい歌声であることはたしかだった。 後半の「スペインの時」は面白かった。こちらはフランス語。イタリア・ファンであるボクにはやや違和感あるが、もともとラヴェルの音楽は大好きだ。そしてこちらは喜劇。舞台はイタリア、中味はフランス風艶笑譚。ボクの好みのラベルのリズムに4人の主役のコケティッシュな歌唱と演技。 かわいいコンセプシオン、本当は上田さんで観たかったが今日は吉田さん。しかし、彼女も高音が響き、オケに載り最後まで観ていて、いや聴いていて楽しかった。

2012年3月10日土曜日

サド侯爵夫人  世田谷パブリックシアター

昨晩、世田谷パブリックシアターで「サド侯爵夫人」を観る。なみなみならぬ一人の男を円の中心に据え、惑星の運行のように取り巻く6人の女性(貞淑・道徳・神・肉欲・無節操・民衆)が、この男を徹底的にレヴューしまくる台詞劇。しかし、男は一度も舞台には現れない。いや、いたんだなぁこの男、終止、舞台の中心に。ボクには読めたこのドラマが描く幾何学。話しはここまでにしよう,あとはお互い観てからということにして。 楽しみは6人の女性のロココ風衣装、そして下劣・卑猥・残酷・不道徳という汚らわしいことを最も優雅な言葉で女性だけに語らせるというドラマのおもしろさ。思っていた通りこのフィクションは本では判らない。三島だけでなく、たぶん谷口も吉行も北も、小説を読み、美しい言葉だなと感じさせる作家は全て戯曲家を目指していたに違いない。

2012年3月8日木曜日

ピナ・バウシュ踊り続けるいのち

20世紀末から21世紀、パフォーマンス・アートの分野ではダンスが一番人材豊富と聞いている。そうかも知れないと感じさせる今日の映画、「ピナ・バウシュ踊り続けるいのち」を観る。「言葉では不可能なこともダンスは表現できる」とピナは言う。彼女の踊るシーンは数分だが、充分に満足のいく映画だ。言語以上に表現力のある身体、全編見終わればその力に圧倒される。赤外線用のメガネをかけての3D映像は初めて。確かに立体的だが、どれほどの効果があったかはボクには判定できない。しかし、立ち居も定かでない水面、騒音にさらされた都市の街路、風と砂塵が舞うが山の尾根、動き回るニュートラムの内と外、映像上の表現の場は当然スクリーンの中だが、そこは決して平滑な舞台ではなく、プロセニアムに仕切られた虚構でもない。そんなリアルな環境でのパフォマンスを実感させる為の装置と言うなら3D映像はわからないでもない。しかし、本当の関心はそんな所にはない。言葉が時と所を選ばす、いつでも何処でも表現可能であるとするならば、身体は制度や習慣にさえとらわれなければ、いつでも何処でもどころか、何でも可能な表現媒体ということではないだろうか。 この映画は前回見たフラメンコ・フラメンコとは大きく異なる。うまくは説明できないが、フラメンコをアノニマスな民家に例えればピナのダンスは建築だ。それも今風の似非建築ではなく、かなり本格的、古典的でさえある本物の建築。そう、感情だけでは想像力を喚起しない、ピナはダンスの詩人。その表現は決して衝動的感情ではなく、しっかりとした作為に満ちている。単なる衝動か作品か、ボクは音楽のパフォーマンスを含めいつもこの辺が気になるところだが、ピナのダンスは改めてアートとはなにかを教えてくれた。来週は「ピナ・バウシュ夢の教室」を見に行きたい。

2012年3月1日木曜日

イタリア的カテゴリー、言語の夢


15世紀イタリアの奇書「ヒュプネロトマキア」については数年前、このQuovadisで取り上げたことがある。当時、「ダヴィンチ・コード」がブームだったが、ボクは小説なら同時期出版された「フランチェスコの暗号」のほうがはるかに面白いと言いたかったから。 しかし「ヒュプネロトマキア」は「暗号」の一部であって、「フランチェスコの暗号」でもその周辺情報しか触れていない。ボク自身は奇書そのものにも興味が惹かれ、その後調べても見たのだが、全く情報もなくお手上げ、すべて????で終わっていた。 ヴェネツィア建築大学ジョルジョ・アガンベン教授の「イタリア的カテゴリー」の中に「言語の夢」という章がある。偶々見つけたことだが、ここになんと「ヒュプネロトマキア」について30ページに渡って論述がなされていた。 「イタリア的カテゴリー」とは何かと言えば、「詩は何故必要か」という問いかけ、ポイエーシス(制作すること)とプラクシス(実践すること)の関係を問うことで「人間」の中味に言及しようとしている。「人間」についてそれほど自覚的ではない日本人にとっては「中味のない人間」を問うことは意味のないことかもしれないが、「イタリア的カテゴリー」はイタリアをテーマとしたのではなく古代から現代にいたる「人間の中味」「詩学に於ける言語と言葉」が問題となっている。 どうやら「ヒュプネロトマキア」はラテン語の幹に生きた俗語(母語としてのイタリア語)を接木した二重言語主義がテーマのようだ。この寄書はルネサンス・イタリアの知的遊戯と言ってしまえばそれまでだが、アガンベン教授は「言語の夢」の中でこんな解説をしている。 この物語のポリフィロとポリアはダンテとベアトリーチェ、あるいはポリアはラテン語、ポリフィロは俗語に置き換えられる。15世紀イタリアは都市や家族どころか人間にとって最も基本的な言語そのものの危機、知識人にとっては俗語も絶え間ない死にさらされていた。そして「ヒュプネロトマキア」は14世紀のダンテの詩における諸テーマに類似させ作られている。詩における愛の経験は生の出来事に対する言葉の根源的絶対性、生きられたものに対する詩作されたものの絶対性に支えられている。しかし、今やその関係は転倒。そんな詩作上の危機感から「ヒュプネロトマキア」がつくられた。 考えてみればボクの知るダンテ、ペトラルカ、アルベルティ、後年はラテン語だが初作はみな俗語だった。「神曲」はイタリア語で書かれているからこそ、現代イタリアで小中高校と勉学中の全員が学ばなければならない教科書となっている。 しかし、ボクはラテン語は古代からのヨーロッパ公用語であるから、普遍的な論を立てる時の必要上の言語とかってに思い込んでいたのだが、それは余りにも浅はか、まさに人間の中味が全く理解できていないようだ。ダンテが組み立てた清新体派の抒情詩の意味を理解しなければ、ボクは永遠に転倒に転倒を繰り返さざるを得ないのかもしれない。