2012年2月1日水曜日

リソルジメントから150年

昨年、東京では沢山のイベントがあった。 特に建築・美術系のイベントはほぼ皆勤したかの感がある。 ボクにとってはバロック以降のイタリアは、 オペラ作品以外は全くの不案内。 あらためてイタリアを考える良い機会だったから。  

15世紀以来、諸外国に翻弄され続けたイタリアの諸都市、 19世紀になりようやっと統一に向かう若者たち。 それはマッツィーニのGiovine Italliaの思想に象徴されるのであろうが、 あれだけの犠牲を払ってまでのイタリアの統一とは、 かれら、若者にとって一体なんだたんだろうか。  
日本の神風特攻隊の話し、それはかって、 「わだつみの声」として沢山読んだ。 しかし、いまいち判らないのが、 それがやはり「人間の生き方なのか」。  時代を生きるとはどういうことなのか。  

15世紀以降の混乱の中、 イタリアでは文学・建築・絵画・音楽・オペラ、 全ての文化分野が一斉に花開いていく。  
19世紀の混乱の中、 あるいは、はっきり言ってあれだけの犠牲の中、 多くのオペラ、音楽が生まれ世界中を魅了する。 そして、残されたのは建築と美術。  

21世紀の端っこに立ち、 相変わらず何も判らないまま、 ロマン主義について考えている。  
真に自由に生きるとはどういうことか? カタチを失った、あるいは共有世界を見失った我々は、 
 どんなカタチを探していたのか、
 どんなカタチを探しているのか?  

photoは去年のヴェネツィア映画祭で上映された、 マリオ・マットーネの作品から。 3時間半の超大作。 しかし、ミラノでは一日だけの試写だっというニュースを読んだ。 日本ではDVD以外に見るチャンスは無いだろう。  
イタリアを知るチャンスなのだが。 いや今の自分自身を考える、 チャンスかもしれないのだが。
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