2011年9月6日火曜日

石柱の歌 立原道造

私は石の柱……崩れた家の 台座を踏んで 自らの重みを ささへるきりの 私は一本の石の柱だ──乾いた…… 風とも 鳥とも 花とも かかはりなく 私は 立ってゐる 自らのかげが地に 投げる時間に見入りながら 歴史もなく 悔いも 愛もなく 灰色のくらい景色のなかにひとりぼつちに 立つてゐるとき おもひはもう言葉にならない 花模様のついた会話と 幼い傷みと よく笑つた歌ひ手と……それを ときどき おもひ出す 風のやうに 過ぎて行つた あれは 私の記憶だらうか また日々だらうか 私は おきわすれた ただ一本の柱だ さうして 何の 廃墟に 名前なく かうして 立つてゐる 私は 柱なのか 答へもなしに あらはに 外の光に? 嘗ての日よりも 踏みしめて 強く立たうとする私には ささへようとするなにがあるのか── 知らない……甘い夢の誘ひと潤沢な眠りに縁取られた薄明のほかは── 廃墟にまでなって、このように歌われる建築。 ボクは高校時代、 建築にあこがれ、詩人になりたいと思った。 立原道造は日本橋生まれ、1914年。 東大の建築科を卒業し24歳で人生を閉じた。 昨年の9月20日、立原道造の記念館を訪れた。 その日、記念館は閉鎖された。 今日久しぶりに、立原道造全集を全巻を広げてみた。 それはボクの高校時代、 道造記念館が無くなる一週間前に他界した母が昔、 毎月毎月、買いたしてくれた本。 いつもは書棚の最上段で背表紙のみ。
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