2011年5月14日土曜日

尾高氏の「コジ・ファン・トッテ」とシャーの「オリー伯爵」

コジ・ファン・トッテとオリー伯爵 オペラ研修所
多難な時、自粛しろと言われそうだが、フシダラな題材の喜劇を二つ観た。 ロッシーニのオリー伯爵とモーツアルトのコジ・ファン・トッテ。 共に中世十字軍遠征時の女人館の艶色譚。
前回のこのホール、研修所公演プッチーニの三部作「外套」を観ている最中に地震が発生、 客席係員の誘導で2時間待避し、6時過ぎ歩いてようやっと自宅に戻ることができた。
今日の初台、新国立劇場はボクにとってもそれ以来の鑑賞だ。 と、ここまでが昨日の「コジ・ファン・トッテ」の幕間でのツィート。

スマフォ利用の不十分なポスト、モーツアルト・ファンに怒られそうな内容だ。 「コジ・ファン・トッテ」は十字軍にも関係がなければ、女人館の艶色譚でもない。
モーツアルト得意の「愛と寛恕」をテーマとしたアンサンブル・オペラと言うべきだろう。 恋人たちの遊び心を真実の愛に変えて行く音楽の力こそ、このオペラの魅力なのだから。

今日の公演はそのことをまじまじと実感させる素晴らしい内容だった。 オープニングの舞台挨拶で尾高氏は語っている。
「演奏会形式という異例な形ですが、急遽企画した今日の公演に、沢山の方々にお出でいただきありがとうございます。 今回の地震により、外国人をメインとしていた新国立オペラの本公演は悉く中止となりました。 毎回、本公演を支えるべく沢山の日本人歌手がメインキャストのカバー役として練習に練習を重ねております。 しかし、今回はそういう彼らの努力もまた一切報われることなく埋もれてしまいました。 カバー役として練習を重ねている歌手たちの努力にむくいたい、そして彼らの成果を聞いていただきたいと考え、 演奏会形式ですが、新たな本公演を間近に控えた今日、このような演奏会を開かせていただきました。 彼らの素晴らしい演奏をごゆっくりお楽しみください。」

メモしていた訳ではないので正確ではないがそんな内容。
この公演を知ったのは一昨日の「オリー伯爵」を東劇で見た後だった。 会員であることから早速オフィスに連絡すると、まだティケットはあるという。
席は一階最奥、右手には録画機材がならんでいたが、突然出くわした音楽シーンには大満足した。 特に、多彩なアンサンブルのみならず、6人の歌手たちのアリアもふんだんに取り入れられた後半部分、 14人の弦とピアノそしてチェンバロにのる彼らの歌声は大きな感動をともない中劇場一杯に響き渡った。
聴き終わった後、これはありだ。 中劇場でチケット代も安価ならボクにとっては大歓迎、毎回でも実施してもらいたい思ってしまった。 確かに、オペラの魅力は大劇場で展開されるプロセニアム内(舞台と客席を区切る額縁)の多彩で豪華は音楽的虚構にある。

しかし、カバーはカバーだから本公演を差し置いての今回のような公演は新国立では運営上不可能だろうが、 若い歌手が中心となる、小さな楽器編成の演奏会形式のオペラは、もっとあってもいいのではないかと思っている。 オペラをあるいは声楽を生で聴ける楽しみはもっともっとあっていい。 生のオペラを聴くことは多くの人々にとってCDやDVDに比べれば画期的な体験でありからだ。

今日のコジの歌手たちは30台前後であろうか、彼らは皆、原発建設以後生まれた人たちということになる。 ボクの知る30年前、しかし、こんな演奏は不可能だったように思う。 今日の演奏は明らかにこの最近の30年余の成果。 原発の恐怖も知らない若い世代はスクスク育ち、劇場を圧倒するこんな素晴らしいオペラを生み出している。
一方、原発を許容し、建設し続けてきた旧世代、こんな苦難を招いたボクたちのの30年はどんな成果、何を生み出したと言えるだろうか。
若い人々による演奏の内容が素晴らしかっただけに、我が身を思い暗然としたものを残してしまったのも今日の体験。 話は変わるが、ロッシーニの「オリー伯爵」にも一言、触れておこう。
すでに書いたことだが、このオペラを聴きたかったのは演出家バートレット・シャーにある。 彼は前回ユニークなホフマン物語を演出し、ボクは大きな関心を持った。
そして今回はメト初演の「オリー伯爵」、彼は何をやらかすか興味津々だった。 「オリー伯爵」はロッシーニの最後の名作、内容は間違いなく中世十字軍遠征時の女人館の艶色譚だ。 しかし、シャーはそれを18世紀の劇中劇として展開した。 つまり、演じられているのは中世の物語。 観客のボクたちは、舞台を眺める18世紀の観客の一人ということだ。 プロセニアム・アーチという大きな額縁の中にはもう一つ18世紀という額縁がつき、その中の12世紀の物語を21世紀がボクたちが劇場ではなく映画館で眺めている。

シャーは「オリー伯爵」が映画になり、TV放送され、DVDになり、額縁の額縁の額縁の中で展開されることを意識してこのオペラを演出している。 それはまさに、シュルレアリストたちが作り手としての意識を韜晦に韜晦を重ねる手法と全く同じではないか。 メトの「オリー伯爵」は遠からずNHKで放送されるだろう。 その時は、シュルレアリス得意の補助線がどう引かれているかを見破りつつ、このオペラをまた楽しみたいと思っている。