2011年3月13日日曜日

神話のなかの音楽

カオスを調伏するミノス迷宮が建築の原神話であるとするならば、野卑な獣たちをおとなしくさせ、無生物である雲や小川をも音楽に巻き込む竪琴名手オルフェウスは、音楽の創生神話を物語っている。
音楽的調和は社会的調和を導くもの、音楽と建築は共に「数と幾何学の子供」。
動物とともにある自然世界をカオスとするならば、「数と幾何学」によって秩序だったコスモス、
そこが「人間が人間として生きるべき世界」、これが古代ギリシャがイメージした音楽と建築の役割です。
「オルフェウスの物語」は16世紀末のオペラの誕生の契機となるばかりか、近世のヨーロッパ音楽の中心的テーマとして広く展開されることはよく知られている。
その経緯はすでに「オルフェオの世界=http://sadohara.blogspot.com/2010/02/blog-post_21.html」で触れている。

麗しい歌声が疲れも知らず
ムーサたちの口から流れ
彼女たちの百合にも似た歌声が
広がりゆくとき
雷 轟かす父神ゼウスの館は笑いにさんざめき
雪を戴くオリュンポスの高嶺と不死の神々の館は木霊を返す
(ヘシオドス「神統記」廣川洋一訳)

ゼウスとムシュモネの9人の娘がムーサ(ミューズ)。
紀元前7世紀、ヘシオドスは宇宙はムーサたちの歌声に満ちているところと考えた。
長女のムーサ、カリオペは叙事詩、次女のクレイオは歴史、メルポメネは悲劇、エウテルペは抒情詩、エラトは恋愛詩、テルプシコラは舞踏、ウラニアは天文と占星、タレイアは喜劇、ポリヒュムニアは音楽と幾何学を担当する。
つまり、宇宙は今で言う学芸をあるいは教養を象徴する9人のムーサの歌声が響くところ。
そしてまた、英語のコスモスは宇宙、秩序をも意味する。
紀元前6世紀、ピタゴラスは協和音程と「数の比例」との間には密接な関係があることに気がついた。
神々が住まう宇宙は音楽による「数の比例」、美しい秩序に満たされた場所と看做されていた。

オルフェウスの父はアポロン。
彼は神の使い手ヘルメスから亀の甲羅に弦を張った竪琴をもらう。
アポロンが祭られているのはギリシャの北、パルナソスの山ふところのデルフィです。
パルナソスはまたムーサたちが集うところ、彼女たちはこの山の頂上が好き、
天から降り、ヘルメスの作った竪琴に合わせ歌を歌い、舞を舞った。
パルナソスに住むマルシャスは、ある日アテネが作った縦笛を拾う。
マルシャスはサチュロス(パン)。
彼は笛を吹くのにほっぺたを膨らまし、醜くなるのもかまわず熱心に練習する。
あまりのも上手になったマルシャスの笛の音に嫉妬したのがアポロン。
彼はマルシャスに竪琴と笛の競い合い(コンクールの始まり)を押し付ける。
そして勝ったのはアポロン。
それは楽器を逆さにもち、演奏するという、アポロンの奸計が功を奏した結果だが。
竪琴には可能でも笛を逆さまに持って吹くことは不可能だからだ。
それでも審判の一人のミダス王はマルシャスを庇いつづける。
ミダス王は哀調を帯びた笛の音を忘れることが出来なかったから。
そして、次に登場するのがオルフェウスだ。
彼の竪琴が地獄の大王ハデスの心をとらえる。
とまあ、神話の中の音楽の話はまだまだ続く。

2011年3月3日木曜日

神話のなかの建築

クレタ島はエーゲ海の南、アフリカにも近く、ギリシャと小アジアを結び東西に長い島。
古代から様々な文化が交差し、多くの魅力と謎に包まれている。
紀元前6000年、穀物栽培と土器焼成の技術が当時の先進地小アジアからギリシャ本土とこの島にもたらされた。
紀元前3000年以来の青銅器文化の導入により野生オリーブの栽培果樹化が進み、島全体は農業の生産性が急激に高まる。
この生産性の向上がもたらした経済発展は政治的・社会的変化を生み出し、紀元前2000年以降、クレタはギリシャ本土の低迷を尻目にクノッソスを始めいくつかの壮大な宮殿が造営された。
しかし紀元前1400年を頂点として、これらの宮殿は徐々倒壊する。
クレタ島に花咲いたミノス文化、その文化の終焉はサントリーニ島の火山噴火を含め度々の大噴火と地震が原因なのか、あるいはギリシャ本土に台頭したミケネ文化との悲劇的な関わりの結果なのか、どちらにしろ倒壊後3000年余り後、1900年から始まったアーサー・エヴァンス郷の発掘によりその全体は徐々に解明されることになった。
クレタ島の中央部北側の大都市イラクリオンはいつの時代もこの島の中心。
この都市から南へ5キロあまり、カイラトス川に近い丘の斜面を利用してクノッソスの宮殿が建設された。
後に迷宮(ラビリュントス)と呼ばれるこの宮殿は、その後のギリシャの建築とは全く異なり、複雑な構成と、形や大きさが不揃いの何百という部屋を持ち、あるいは上に太く下に細い柱や縦横に張り巡らされた通路と階段によって構成されている。
しかもその部屋の壁面は色彩豊かに描かれた草花や海豚や魚、沢山の牛に人間たちが描かれていて、その全体は多くの人々の様々なの想像力を掻きたてずにはおかない。
クノッソスは当時のクレタ全体を支配したミノス王の宮殿です。
その遺跡全体は150メートル四方、南北に長い50メートル×30メートル程の中庭を囲んだ3層から4層の複合建築です。
代々のミノス王とその重臣たちはここを拠点に政治を動かし、経済活動を行った。
宮殿内には大量物資の為の倉庫と数々の美術品のための工房がある。
中庭では凄惨な宗教行事まで行われ、そこは宮殿と呼ぶより政治・宗教・経済が一体となった都市のような様相を持っていたと考えられている。
この宮殿は多くの人がよく知る神話を持っている。
クレタ王ミノスの妻パーシパエーはその持て余す性的能力から牡牛との性行為のすえ、半人半獣のミノタウロスを産み落した。
ミノス王はミノタウロスを世間の眼から隠すために、迷宮・ラビュリントスを建築家ダイダロスにつくらせ、その奥にこの怪物を幽閉する。
ミノタウロスの食欲を満たしたのは、クレタの占領地アテネから生け贄として送られてくる美しい少年少女たち。
生け贄を救うべく派遺されたアテネの勇士テーセウスはやがて、ダイダロスとミノス王の娘アリアドネの糸玉に助けられ、この迷宮に忍び込み、みごとミノタウロスを討ち果たし脱出に成功した。
迷宮の秘密をもらしたダイダロスはミノス王の怒りを買い、今度はダイダロス自身が息子イカロスと共にここに閉じ込められてしまう。
しかし彼は鳥の羽を蝋で張り付けた翼を作っておき、イカロスと共に逃げ出すことに成功する。
イカロスは太陽に近付き過ぎたため蝋が溶けだし、イカリア島の近くに墜落してしうが、ダイダロスはシチリア王コーカロスの元に逃げおおせる。
ミノス王はシチリアに行き、コーカロス王にはダイダロスの引き渡しを求める。
しかしシチリア王は彼の娘たちにミノス王を殺させてしまった。
死して冥界に降りたミノス王は冥界を治めるハーデス神のもとの死者を裁く裁判官となり、黄泉の世界の支配者の一人となる。
様々な神話を持つ古典ギリシャ、しかし建築物が中心となる物語はこのミノスの宮殿の他にはない。

ながながと神話を引用したのは、この神話とそれを育んだクノッソス宮殿には現代の私たちの想像を刺激する重要なテーマが仕込まれている。
そもそも何故この建築が迷宮(ラブリュントス)なのか。
ギリシャ先住民の言葉では双斧をラブリュスと呼んでいる。
クノッソスの宮殿には双刃の斧を祭った部屋があり、この部屋もラヴリュントスト呼んでいる。
このことから、一望のみでは決して全体を把握することが不可能な、複雑な大宮殿全体を迷宮(ラブリュントス)と呼ぶようになるのは予測されることだ。
さらに双斧すなわちラブリュスが権力の象徴以前に石工の持つ平鎚をも意味するものであるならば、それは石を削り組み合わせ石造の建築物を生み出すものとなる。
つまり双斧で象徴されたラビリュントスとは長い年月をかけ人間がもくもくと作り上げた人工的世界そのものを表している。
さらに、ここからが直接神話に結びつく、重要な事柄。
この宮殿はシュリーマンの発掘したギリシャ本土のミュケナイ宮殿とは似ていなくもない、しかし、この宮殿の豪奢で美しい造りと巨大さに比べればミュケナイは植民地の前進基地にしか見えない。
神話が示すアテネのテーセウスやダイダロスとクレタのミノス王との確執はエーゲ海の覇権をめぐるアテネとクレタの争いと読み取れる。
そしてこの神話が後世に覇権を握ったアテネ側に生まれたものであることを考えあわせれば、この迷宮神話はギリシャ人が抱いたミュケナイ以前の建築あるいは都市の文化への憧れとして読み取ることが可能だろう。
大規模の建築ならすでにエジプトやメソポタミヤでは存在していた。
2ヘクタール余りのこの建築を迷宮(ラビリュントス)として神話化させたもの、それはまぎれもなくこの宮殿は、ギリシャの人々にとって、野蛮世界とは隔絶した古代における大都市としてイメージされていたのだ。
ミノア文化を支えたのはクノッソスばかりではなく、クレタ島にはいくつかの都市が存在していた。
ホーメロスはイーリアスでクレタのことを「民が群がい集う諸都市」と歌っているが、クレタはギリシャ人にとって想像を絶する怪物的な文化を持つ都市であり、その人間的集合もカオス的なものではなく、迷宮的なものとして理解していたと考えられる。
さらにヤン・ピーパーはその著書「迷宮」で重要な問題に触れている。
周期的に都市空間内で行われる祝祭的巡行は、ヨーロッパにおいては絶対主義下の都市建設の時代まで、都市文化の本質的な特徴であるが、ここクノッソスにその古代的具体例がイーリアスに記されていると指摘している。
また湾脚神は綸舞の団を中にちりばめんだ
それはさながら、昔のクノーソスノ広い巷で
ダイダロスが、巻き毛も美ごとなアリアドネーのために用意したよう
(岩波文庫「イーリアス」呉茂一訳)
ここでいう綸舞は祝祭行列を意味し、広き巷と描写しているのは迷宮的な舞踏場ではなくクノーソス全市を意味する。
そして、綸舞はクノーソス市全域を巡る舞踏に似た行列巡行であるとヤン・ピーパーは読み取っているのだ。
ミノスの迷宮が都市であり、その神話が古代における都市のイメージを直接的に表わしているとするならば、ここで立ち戻らなければならないのはミノタウロスは何を意味するか。
都市には魔物が棲むという想像は現代社会でも通用する事柄だが、ミノタウロスはもっと深読みする必要があるようだ。
建築家ダイダロスによって作られた迷宮の奥処に幽閉された半人半獣のミノタウロス、彼は建築によって調伏されるべく不定形なもの、無秩序なもの、カオス(混沌)としてイメージされている。
つまりこの神話は建築の有様を示す原神話であり、ダイダロスは半人半獣のミノタウロスという両義的なカオス(混沌)を幽閉する迷宮を「数と幾何学」によって作ったのです。
「数と幾何学」で作られた建築はカオスを綴じ込めることがその役割、その観念はプラトンのティマイオスが支えている。
不可視な世界にあるイデアと私たちの目に見える世界のモノとの媒介者の役割を担ったのがデミウルゴスとティマイオスに書かれている
デミウルゴスは決して無やみやたらにモノを生成するのではなく、「宇宙は混沌を秩序づけることによって生成される」という原理に基づいて、不可視のイデアをモデルとし様々なモノを生み出している。
つまりプラトンのデミウルゴスと神話のダイダロスは全く同相と理解できる。